第50話

 デパートとスーパーマーケットでの買い物を済ませ、俺たちは家に戻った。


 帰り道、周囲から飛んでくる刺さるような視線が痛い。

 一方は典型的な日本人で三十六歳なおじさん。その手にはどう見ても小学校高学年――十一歳の銀髪で色白な可愛い女の子。

 親子と言われてもおかしくない年齢差で、これだけ見た目の違いがあれば勘違いする人たちも出るだろう。それに、「実はこの子、百二十八歳なんですよ」と俺が言っても誰も信じてくれない。


 それに、ミミルは容姿が整っていて、とにかく可愛く、実に綺麗だ。

 客観的に見てミミルの髪と可愛らしさ、美貌はとても目立つ。変に歩いているだけで観光客の中に紛れたアマチュアカメラマンなどからレンズを向けられたり、信号待ちをしているだけで女子高生や女子大生にスマホを向けられる。

 ある程度の衆目がある中では、身体の大きな俺が盾になってやるしかない。


 まぁ、店にダンジョンの出口が繋がってしまって、ミミルと暮らすと決めたのは俺だ。

 他人に変態と勘違いされるのも、ミミルを守るというのも、彼女と共に暮らすと決めたことに起因するのだから、受け入れるしかない。


   ◇◆◇


 そして、家にもどったミミルは二階の部屋に戻り、平仮名と片仮名の勉強をしている。

 俺の方は、買ってきた食材を二階から運んできて、仕込み中だ。

 隣でタイル張りをしている職人たちがいるが、気にしない。


 最初に冷蔵庫に入っているツノウサギの肉を取り出す。

 一メートル以上の大きさになるジャイアントウサギというのがいるが、それより少し小さい。六〇センチといったところだろう。

 とても不思議だが綺麗に毛皮が剥がれた状態で、内臓もなく、完璧に血抜きがされている。

 きれいなピンク色の肉は鮮度が良いことを意味し、漂う匂いにも臭みがまったくない。ただ、このまま焼いても味気がないので、やはりマリネしてから焼くことにしよう。

 といっても、難しいことはない。

 表面にしっかりと塩胡椒を振って、摩り下ろしたニンニクを摺り込む。それをボウルに入れてタポタポとオリーブオイルをふりかけ、ラップして二時間以上寝かせるだけだ。

 あとはオーブンに入れて焼くのだが……やっぱりデカイ。残念だが、焼くときは切って半身にしないと無理だろう。


 その他の食材も、洗ったり、茹でたりといった下ごしらえを済ませてから冷蔵庫へと仕舞っておいた。


 その最中に、ベランダの工事業者から連絡があった。メールで見積書を送ったので見てほしいとのことだったが、金額を確認したところ想定内の価格だったので、そのまま進めて欲しいと伝えておいた。

 電話を寄越した担当者の声が嬉しそうだったのが印象的だ。工事は五日後になるそうだ。


 仕込みがひと通り終わる頃には一七時を過ぎていて、ピザ窯職人たちも戻っていった。

 明日が最後の仕上げになるらしい。


 俺もひと通り準備が終わった感じなので、いったん部屋に引き返すことにした。

 ついでに事務所部屋のパソコンに届いているメールを開き、ベランダ工事の追加注文書を送っておいた。たいした金額ではないが、とても嬉しそうな声を聞くと、また頼みたくなるから不思議だ。

 とはいえ、もうベランダ周りでお願いすることなどないと思うが……。

 そういえば、ベランダに植えてあるバジル、ミントなどのハーブ類もいくつかは収穫できるので、ソース類に使う分だけでも近いうちに収穫しよう。



   ◇◆◇



 ミミルとふたりで食べる夕食はこれで五回目だ。

 料理は大きめの皿に、まとめて盛り付けることにした。アンティパストだ、プリモピアットだと別々に出していたら何度も階下へと往復する羽目になるからだ。

 料理は、イタリア料理の定番……カプレーゼ、ペンネゴルゴンゾーラにツノウサギ肉のディアヴォラだ。


 身体の小さなミミルには量が多いと思ってしまうのだが、いつもこのくらいならペロリと食べてしまうので大丈夫だろう。


 一階から料理を運んで二階へと持って上がる。

 ミミルはディスプレイの前に座って、練習をしているようだが、既に平仮名は終わって片仮名の画面に変わっている。


「晩めし、できたぞ」

『ごはん、たべる』


 語尾に音符マークが付いているのではないかと思うほど上機嫌な返事だ。

 少しずつだが、言葉も覚えてくれているし、普通に会話できる日が楽しみだ。


 センターテーブルの上に大きめの皿を置いてソファーに座ると、ミミルもすぐに俺の横に座った。

 少しテーブルが遠いので食べにくいと思うが、ラグの上に直接座られるというのもソファーに対して申し訳ない。


「これ、なに?」

「これは、モツァレラチーズ。水牛の乳を使って作ったフレッシュタイプのチーズで、もちもちとした食感に仄かなミルクの香り、甘みがある。湯の中に入れて固めて作るんだが、加熱するとトロリと溶けて美味い」


 いかん、つい料理のことになると自分でも驚くほど饒舌になってしまう。

 まぁ、明日のピザにも使うつもりだし、加熱したものはそれまで待ってもらうことにしよう。

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