第47話
リモコンを使って画面上で検索条件〝五十音表〟を入力する。
俺のスマホを使って画面を投影することもできるみたいだが、それだとミミルが使っているときに俺がスマホを触れない。
電話をかけたいとき、かかってきたときにもっとも困ることになる。
リモコンを使って検索結果から、音声での発音サンプルがついているページを開く。
平仮名、片仮名の表にスピーカーのアイコンがついているので、カーソルを移動してそれを選んで決定ボタンを押すと、実際に音声が流れる。
「ミミル、これは俺たちの国の文字を表にしたものだ。ここを押すと、矢印が動く。こっちを押すと……」
平仮名の「は行」のところで、決定ボタンを押すと読みあげてくれる。
「読み上げてくれるから、これで文字を覚えよう」
ミミルにリモコンを渡すと、いままでで一番の花が咲くような笑顔をみせ、キラキラと瞳を輝かせながら折れるんじゃないかと心配になるくらい首を縦に数回振る。そして、最後は飛びついてきた。
『ありがとう、ありがとう』
頭の中には繰り返しミミルの感謝の気持ちが流れ込んでくる。
俺も感じてはいるが、それ以上に言葉の壁というものを感じていたのだろう。
その小さな身体のどこにそんな力があるんだと不思議になるほどギュッと抱きしめられると、ついオドオドとしてしまう。だが、この状況は抱きしめ返す感じではない。
俺はできるだけ優しく、包み込むようにミミルの身体を引き寄せると、俺の胸のあたりに顔を押し当ててきているミミルの頭を撫でる。
「気にするな」
またダンジョンに入れば俺はただのお荷物だ。ミミルに守って貰う立場になる。
開業すれば時間がなくなるが、それでも毎日一時間程度はダンジョンに入れるようにしよう。ビールはその後の方が絶対に美味いはずだしな。
「――カダマジョノエ!!」
ふと我に返ったのか、ミミルは顔から耳まで真っ赤に染めて俺から飛び退くように離れる。何と言ったのかはわからないが、少し気になるな。
別に俺は悪いことなどしていないはずだ。でも、じとりとした目で見つめ返されると、何か悪いことをしているような気分になってしまう。これはたぶん、ミミルの見た目にも大きく影響されているんだろう。
『ごめんなさい』
ミミルの声が俺の頭に響いてくる。
抱きついたことに謝っているのか、それとも大声をだして飛び退いたことだろうか。やはり何と言ったのかは気になるが、問い詰める意味もない。
「まぁ、気にすんな。それよりも文字と発音を覚えたら、絵本はまず読めるようになる。図鑑もふりがなが振られているから、それである程度は読めるようになるはずだ」
俺の話を聞いて、キラキラと瞳を輝かせながらミミルはまた何度も頷いてみせる。
ただ、これは基本的なことだけだ。助詞、副詞、代名詞……これまで教えてきた名詞と動詞だけでは全然足りていない。国語辞典も買って渡しておくほうがいいかも知れない。
そう考えると日本語を教えるというのは本当に難しいことなのだと、改めて思う。
「それだけでは身につかないこともあるから、それは気がついたら教えるから。
早く話せるようになってくれると俺も嬉しい」
『ん――』
こくりとミミルが頷く。
話せるようにならなければ、この世界では生きていけないということくらいは理解しているようだ。
「とりあえず、平仮名、片仮名と発音からだな。頑張れよ」
『ん――』
千里の道も一歩からという言葉もあるからな。最初はそれくらいが丁度いいだろう。
ミミルはリモコンの操作方法をすぐに理解したようで、ぽちぽちとボタンを押しては発音を真似しはじめた。床にぺたんと座って、音に合わせて声を出している。
その姿はとても可愛いし、こちらまでほんわかとした気分になる。
実は、同じ画面を下に移動すれば片仮名ゾーンになっているので、その違いについても説明しておいた。だが、この先――ひらがな、片仮名の次には漢字が待っている。
特にこの街は歴史もあるので難しい読みをする地名もある……たとえば
まぁ、地名という意味では
今日はこのままダンジョンに入らずに日本語の勉強をする感じなのだろうか?
「ミミル、俺は買い物にいくけど、ついてくるか?」
『かいもの!』
どうやら行く気満々らしい。
ただ、今の格好のまま外につれていくのはよろしくない。ダンジョン用の衣装のままだからだ。
「じゃ、シャワーを浴びておいで。あとは普段着に着替えたら出かけよう」
『ん――』
パタパタと足音を立て、慌てて玄関から風呂場へと向かうミミルを見送り、俺は独りごちる。
「さて、俺はオレでやることやりましょうかね……」
夕飯の仕込みをすべく、俺は立ち上がって厨房へと向かった。
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