ミミル視点 第39話(下)
厨房へ入ると、そこには見たこともない器具がたくさん並んでいる。
この管が伸びたものは恐らく風呂場にあるものと似たような用途なのだろう。お湯がでたり、水がでる魔道具――いや、しょーへいの話だとこれも機械なのだろうか。
さて、しょーへいはこの銀色の扉を開いて取り出していたはず――なかなか重い扉だ。
身体強化を掛けなければ開かないとは驚きだ。
おおっ……冷たい風が中からでてくる。これも機械なのだろう。
たしか、昨日もらった冷たい茶はこの容器――たしかペットボトルとかいう名前のはず。
他にも何か入っているが、得体の知れないものを取り出して飲むのも怖い。やはり、冷たい茶をいただくことにしよう。
「うーん」
手を伸ばしても届かない。どうしてこんなに奥の方に入れてあるのだ?
しようがない……。
――ヴィンニ。
魔力をつかい、ふわりと浮かび上がる。この冷たい箱の奥にある茶を取り出すくらいなら魔素がなくても余裕だ。
開いた扉の奥まで手を伸ばし、なんとか冷たい茶の入ったペットボトルを取る。思わずそのひんやりとしたその冷たい容器を頬に押し当てる。
「きもちいい……」
誰もいない安心感から、つい気持ちが緩んだのか声がでた。
どうしてこんなに熱くなったのだろう……。
肺の奥に溜まった淀んだ空気を吐き出すように、溜息を吐く。
生まれて一二八年、恋をしたこともある。これがその時の感情とは違う事もよくわかっている。
つまり……ただ恥ずかしいのだ。
完全に自分を子どものように扱うしょーへいの態度があまりにも自然で、それでいて紳士的で、赤の他人である私に対しても優しさに溢れる……幼い頃、父親と接しているときのようなとても温かいなにか。
ペットボトルに入った冷たい茶の蓋を捻って……固い。
少し身体に魔力を纏わせ、身体強化すると実に簡単に蓋は開いた。
冷たい茶が喉を潤し、内側から熱くなった身体を冷やす。
その感覚にすこしホッとしてまた溜息が出た。
◇◆◇
しょーへいの言うとおり、浴室には充分な湯が溜まり、白い湯気が部屋の中を埋め尽くしていた。
髪と身体を洗って湯船に浸かる。
今日もダンジョンではよく歩いた。足が結構疲れているのがわかる。少し揉んでおいた方が良さそうだ。こんなとき、この少しぬるめの温度になっているのがありがたい。それに、浸かっている間に湯が冷めてくると、足元の穴から熱い湯が出てきてまた適温に戻してくれる。いつ入っても最適な温度になっていて、実に素晴らしい。魔道具は湯を沸かすが、一定温度を維持するのは難しい。
しょーへいが好きな温度になるよう調整されているのだろうか?
それとも、私の好みを推測して――考えすぎだな。
しょーへい自身が好きな温度なのだろう。
どうも、今日の私はどこかおかしい。
チキュウという世界に来て、出会った女はすべてゆさゆさ――いや同志もいるのだが、そういう女に影響を受けたのだろうか。
確かに繁殖能力を示すというのは、生物としての本能に関わるところで非常に重要なものだ。
だが、こうも余分な脂肪を胸に蓄え、ゆさゆさしたり、たぶんたぶんとしたり――チキュウの「おとなの女」に囲まれていると、「自分も立派なおとななのに」という劣等感に似た意識が芽生えてしまう。
ダンジョンにはスライムやオカクラゲ……他にも単細胞生物がいるが、すべてある程度の大きさがある。そして、すべてが表面を膜で覆われた生き物だ。小さな単細胞生物では魔素を取り込むときに細胞が耐えられず、伸縮性のある細胞膜がなければ破裂してしまうからだ。
そして、人の卵子や精子はとても小さな細胞。
月経を迎えた女性がダンジョンに入れば、子ができなくなってしまう。これは男性も同じだ。
そのためエルムヘイムでは、女子が月経を迎える前の年齢でダンジョンに入り成長を止めることになっている。
一時は狭い陸地を人が覆い尽くすのではないかと危惧されたエルムヘイムも、ダンジョンを活用することで食料や各種資源を得るだけでなく、人口の自然なコントロールができるようになったのだ。とはいえ、最初の数十年は子どもがまったく生まれなくなったので逆に騒ぎになってしまったようだが……。
こんな理由からエルムヘイム人は、子を成したい相手を見つけ、百年単位で育てられるほどの資産を蓄える。そして、ダンジョンに入るのをやめて、愛し合い、子を作る。
当然、その間に女性はこのチキュウの女どもと同様、余分な脂肪を胸に蓄え、腹で子を育てられるだけの骨盤を持つように変化するし、男性も逞しい姿に変化していく。
なお、女性の排卵数は生涯で一定とされており、およそ五〇〇回の排卵があるらしい。
だが、「おとなの女」を定義するのに、大きな胸がなければならないわけではない。月経がなくても精神は歳を重ねることで充分に成長するのだ。
――ッ!
わ、私はなぜ自分の胸を揉んでいるのだ。
こんなことをしても胸は大きくならん。だがなぜ?
やはり、私はしょーへいに――。
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