ミミル視点 第22話(上)
届いた料理は、四角い紙の箱に入っていた。とても贅沢なことだ。紙は貴重品なのだ。
しかし、この紙は何からできているのだろう。亜麻を使った紙はもっとザラザラ、ゴワゴワとしていて色もここまで白くない。
それに、この赤や緑、黄色で書かれた文字は、どのような製法でつくったインクを使っているのだろう。気になる……。
さて、ショーヘイが先に何かに齧りついているが……私も同じものから食べるとしよう。
これは――油で揚げたものか?
なんて贅沢なんだ。手で持つことができるように、ここにも紙が使われているぞ。しかも、同じように色のついたインクで模様や文字が書いてある……。
この紙のところを持って……。
「熱っ!」
指先がジンジンする……。
時間をかけて配達してきたというのに、まだこんなにも熱いのか。
冷めないように何かの魔法でもかけて運んできたと?
まさかな……そんなことに魔力を使うなど、ありえん。
もっと、有意義なことに使っているはずだ。
さて、気を取り直して同じところを持って噛りつくっ!
――なんとっ!
からりと揚がった表面はサクサクとしている。
だが、ホロホロと崩れる中身――この中身と一緒に奥歯で噛むとサクサクというより、ザクザクとした食感に変わる。
ああ、塩加減がちょうどいい。材料は芋のようだが、その甘さが引き出されてとてもうまい。なんて贅沢な味なんだ。
「朝から揚げ物など、なんて贅沢なんだ……でも美味いっ!」
『おいしい?』
「ああ、とても美味しいぞ! とってもだ!」
『こっち、あまい、おいしい』
私がさっきまで眺めていた箱をショーヘイが指さして、言う。
こちらが甘いものなんだな。楽しみではないか。
『てつだう』
お、親切にもショーヘイが紙の箱を開けてくれた。
中には手のひらほどの大きさで、表面が茶色く焼き上がった丸いものが三枚入っている。
『これ、ぬる、とかす。つぎ、これ、かける』
丸い器のようなものの蓋を開けると、中身をその丸いものに塗って溶かしていく。これは……。
「バターか?」
『そのとおり、つぎ、しろっぷ』
これまたいろんな色で文字が書かれた袋を破り、バターを塗ったところにその中身をトロリと垂らしかける。
とても甘い匂いがする。
どうやって食べればいいんだ?
『これ、さす。これ、きる。たべる』
ギザギザの刃のようなものがついているものと、獣の爪のような形をしたものを渡された。
しょーへいの説明どおり、左手の爪の方を刺して、刃のついたものでちょうどいいサイズに切ると……それを口に入れて……。
ふわっ!
柔らかく焼き上がった丸いものは小麦に卵などを入れて焼いたもの。だが、どうしてこんなに柔らかいのだ?
普通はパリパリのカチカチに焼き上がってしまうだろうに……。
いや、ふわっと焼けているとは言え、小麦を使っているのでパサパサとした感じ残っている。だが、このバターがしっとりと食べやすくしてくれているのだ。
何よりもこの琥珀色をした液体だ……甘いのだが、甘すぎることがない。どこか砂糖を焦がしたような香りがして、実に美味い。三枚食べきるのにちょうどいいように、甘さ控えめになっているのだろう。だが、その控えめな甘さに、バターの塩気がいい仕事をしている。
料理人はそのあたりの匙加減をわきまえた、なかなかの腕の持ち主ということだろうな。
よし、また一口……。
いかん、久々に甘味を口にするのでつい恍惚としてしまった。
これはまた名前を覚えておくべきだろう。
『なに?』
昨日覚えた言葉でしょーへいに尋ねてみる。
『それ、なまえ〝ホットケーキ〟」
「〝ホットケーキ〟……おいしい」
覚えておこう。〝ホットケーキ〟だな。
おっと、飲み物まで用意されているのか。紙でできた杯とはまたすごい。
エルムヘイムの紙なら水を吸ってふやけてしまうだろうが、この紙はまったくふやける様子がない。
それにこれは、見たこともない素材でできた筒……これで吸って飲むというのか。
中身は……柑橘の実を絞った汁。
酸味と甘味、渋みや苦味も絶妙のバランスではないか。
この世界の料理はこんなにも洗練されたものなのか?
「この世界はどうなってるんだ?
まず、このとても軽い爪のようなものと、刃物――これはなんだ?」
『これ、フォーク、それ、ナイフ』
いや、エルムヘイムではフォークというのはこんな形をしていない。それに、ナイフとは短剣よりも更に短い刃物のこと。こんな軽くて薄っぺらいものはナイフとは呼べん。
「フォークは農民が畑仕事を摺るときに使うもので、二本爪が基本だ。三本爪のものもあるが、実際は二本爪のフォークに木の枝を括り付けたものだ。
そしてナイフはもっと鋭利な刃物だ。普段から持ち歩き、その場で切って手掴みで食べるのだ」
『……』
おや、ショーヘイが黙ってしまった。
これはもしかして、ここもエルムヘイムは遅れてるのか?
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