第三章 ダンジョンと生活

第21話

 見た目は朝の情報番組のキャラクターになっているような形をした目覚まし時計が電子音を鳴らして起きる時間を教えてくれる。デジタル表示が指し示す時間は指し示す時間は朝の八時だ。

 目を瞑ったまま、左手でヘッドボードのみやの辺りをバシバシと叩き、目覚まし時計の本体を捕獲すると、右手でアラームを解除した。

 本音をいえば、スマホを持っているのだからアラームをセットして使いたいところだが、いままでに何度も放り投げて悲惨なことになってきたので専用の目覚まし時計を置くことにしている。やはり古いものほど頑丈だ。


 窓から差し込む光はポカポカとしていて、ベッドの中にいなくても二度寝してしまいそうだ。

 だが、この時間に起きる理由は別にある。

 今日はこれからコンロやオーブン、作業台、流し台などの厨房機器が搬入されるのだ。午前九時くらいからの作業予定なので、それまでに朝食などは済ませておかないといけない。


 ベッドの中には、ミミルが一緒に眠っている。

 眠れないというので、同衾どうきんすることになってしまったのだ。

 俺が風呂に入っている間しか独りにしていないというのに、世界の終わりでも迎えたかのかと尋ねたくなるほど悲しく、寂しそうな顔をしてみせた。

 見た目は子ども、中身は……なので、やましい気持ちになることなど一切ない。

 これだけは断言しておく。


「おい、朝だ、起きろ」


 ミミルの肩を揺すりながら、声を掛ける。

 最初は全然寝付けなかったようだが、俺の布団の中に入ってからはすぐに寝息を立てていた。

 ダンジョン攻略で疲れていたのに、心は寂しくて、不安でいっぱいだったのだろう。同衾どうきんする程度で、ぐっすりと眠れたのならひと安心だ。


「――ゥェッ!」


 まだ完全には覚醒していないようだが、ミミルは目を開けると驚いたような声を上げた。

 昨夜は自分から布団に入ってきたというのに、この反応はとても傷つくな……。


「おはよう。起きて、朝食にしようか」

『ん――』


 同衾どうきんしていた理由はちゃんと思い出してくれたようで、今度は念話で返事をしてきた。


 俺が先にベッドからおりると、ミミルはくありと欠伸あくびをする。そして、背筋を伸ばして両手を上に突き上げて背伸びをし、ようやくベッドからおりてきた。


 これまでは一人暮らしで、朝食といえば近所の喫茶店。モーニングセットを注文することが多かったのだが、今日からはそうもいかない。だが、俺のTシャツを着ただけのミミルを連れて歩くことはできないよな。

 仕方がないので、デリバリーサービスを使ってモーニングセットでも注文しよう。


『すごい。なに、すごい……』


 食べるものくらいは自分で選びたいだろうとスマホの画面をミミルに見せたところ、驚きの言葉ばかりが脳内に連呼される。

 まずはスマホ自体に驚き、そこに表示されるものに驚く。

 画面の動きや、動画に驚き、そこに並ぶ美味そうな料理の数々に驚いた。


 かなり興奮していたので選ばせるのに苦労したが、結局は大手ハンバーガーチェーンのモーニングセットに決まった。

 このあと暫くしたらここに配達されることを伝えると、また驚いていた。


『べんり……』


 ここは日本。少なくとも、食べるものに関しては至れり尽くせりな国だ。

 そう考えると、ミミルがいた世界は魔石や魔法なんかは俺たちより発展しているけど、他は全然なのだろう。

 昨日はペットボトルに入った紅茶を見て興奮していたことを考えると、外出などしようものなら自動車や電車などを見ただけで興奮して倒れるのではないかと心配になってくる。


「これはどうしたものかなぁ……」


 思わず独り漏らした言葉に、ミミルが反応する。


『なに、なやみ?』

「ん? いや、なんでもない……」


 それよりも、料理が届くまでの間に顔を洗ってしまいたい。


「さあ、顔を洗いに行くか」

『ん――』


 確か、クローゼットの中に俺のサンダルがある。

 昨日までミミルはブーツを持って歩いてもらったが、さすがに不便だろう。


「大きいが、ダンジョン以外ではこのサンダルを履いて欲しい。

 あとで、ちょうどいいサイズのサンダルを買ってくるから、それまでは我慢してくれ」


 俺の渡したサンダルはミミルにはかなり大きい。

 ほとんど、足びれのようになっている。早めに買ってきてやらないと、つまづいてけるだろうな……。


 それに、ブーツはダンジョンの入口あたりに置いておくことにしよう。

 あ、ダンジョンの入口もなんとかしないといけないな。



    ◇◆◇



 洗面を終わらせて部屋に戻ってしばらくすると、壁面のインターフォンが鳴った。


「なに?」


 突然の音にミミルが驚いた。


「インターフォン。呼び鈴……ドアノッカーみたいなものだな」


 俺はミミルに向かって軽く返事をすると、すぐに液晶画面に表示された玄関の様子を確認した。

 緑色の線が入った鞄を持った人が店の前で立っているので「返事」ボタンを押し、返答する。


「いま、行きます」


 相手が名乗る時間も与えずに「停止」ボタンを押したが、既にミミルが目を丸くしてこちらを見ている。


 やっぱりたいへんだわ――。

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