ミミル視点 第21話
朝、肩を揺すられて目を覚ました。
薄らと瞼を開くと、既に部屋には明かりの魔道具が使用されているようで、とてもまぶしい。部屋の明るさにはまだ慣れないが、目の前にあるのは大きな男の顔だ。それくらいはわかる。
「――ゥェッ!!」
思わす驚いて声を出してしまった。
だが、よく考えると昨日はダンジョンの封印に失敗し、異世界に出口が繋がってしまったのだった。この男はダンジョンの出口ができてしまった家の持ち主で、名前は確かしょーへいだったはず。
『おはよう。あさ、ごはん』
これは朝食のお誘いだ。昨夜はこの世界の料理を食べたが、実に美味かった。特に〝カラアゲ〟とかいう鳥の肉を揚げたものは最高だ。ぜひ、また食べてみたいものだ……。
昨夜の食事のことを考えると、この世界の料理は期待できそうだ。
「ああ、そうしよう」
私がそう返事をすると、しょーへいは手のひらに乗るくらいの薄い板のようなものを取り出した。何やら指で撫でたり、突いたりしている。
何だあれは?
やがて、しょーへいは何かに納得したような顔つきで、その板のようなものを私に見せる。
『どれ、たべる?』
見るからに食べ物だということがわかる絵がそこにたくさん描かれている。実に精巧にできた絵で、見るだけで腹が減りそうだ。
更に文字らしきものや数字らしきものも書かれているではないか。この世界の文字は複雑なものから単純なものまでいろいろと並んでいてとても興味深い。
だが、何よりもしょーへいが手に持つ板の方が気になる。何かの魔道具か?
「す、すごいなこれは……なんだこれは? 何かわからんがすごいものだな!」
あまりに技術的に先に進んだものを目の前に興奮し、語彙力が完全崩壊してしまった。
だが、どんな味がするものなのか想像しようにも初めて見るものばかり並んでいるのだからどうにもならん。
「どれがどんな料理かもわからん。おまえに任せる」
『これ、あまい。どう?』
表面が絶妙な焼き加減で焼き上げられた円形状の物体が三枚。そこに、恐らくバターらしきものが乗せられていてトロリと溶け出しているのだが、更に蜂蜜のようなドロリとした液体が掛かっている。蜂蜜は黄金色だが、この液体は茶色いので違うものかも知れないが、とにかく見るからに美味そうだ。
「ああ、任せると言っただろう。ま、まぁ……これでいい」
『これ、する』
他の料理はゴツゴツと肉や卵が乗っていて滋養がありそうだ。肉の類を腹に収める方が腹持ちもいい。それに卵は高級品だ。食べられる時に食べておかないと次に口にできるのはいつになるかわからない。だから、普段であれば間違いなく卵と肉の入ったものを頼む。
しかし、砂糖や蜂蜜など、甘いものは更に高級だ。卵以上に貴重で、下級貴族なら滅多に口にすることなどないモノである。
だから、甘いと言われるとつい反応してしまう。これは甘味が好きな女に生まれた以上、しようがない。
『しばらく、まつ。もつ、くる』
なんと! その手に持つもので注文することができ、それから配達までしてくれるというのか!?
「そんなに早く届くのか? な、なんて便利なんだ!」
王都で百年以上暮らしているが、食べ物を配達してくれるような店など一軒もない。
まあ……王都の場合は、計算ができる人間が少ないから人を雇って配達させるのが難しいし、下手をすれば代金を持ち逃げされたりする可能性が高いのも原因ではあるが……。
それにしても、この世界はトイレやセンタクキ、ドライヤアなど、便利なものが多すぎる。
『どうしよう……』
突然、しょーへいが困ったような顔をして、何かを呟いた。
「なんだ? なにか困ったことや悩み事でもあるのか?」
『なやみ、ない』
なにかに困ったような言葉を言ったのを聞いて、少々心配してやったというのに悩みはないのか――気にかけてやったというのに、残念なことだ。
『かお、あらう』
「そうだな。朝食が届くまでに済ませておくのがいいだろう」
しょーへいは、今から顔を洗いに行くというのに、隣室に入ってしまった。
どういうつもりかなのと、待っているとすぐに大きな履物を手に戻ってきた。
『おおきい。ダンジョン、そと、はく。あたらしい、かう、まつ』
一応、受け取りはしたが、確かに大きい。もう魚のヒレのようになっているではないか。
まぁ、新しいものを買ってくるまでこれで
◇◆◇
何やら壁に埋め込まれた平たい箱から、甲高い音が聞こえる。
「この音はなんだ?」
『よびりん、にる、もの』
しょーへいが立ち上がって、何かを触ると、四角い枠の中にしょーへいの顔を覗き込んでいる。なんと、壁に埋め込まれた小さな箱の中に人がいるのだ。これはいったいなんなのだ!?
「――エモ、エケモス!」
しょーへいは箱の中にいる男に声をかけると、慌てて部屋を出て階段を下りていった――。
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