第15話
少し不満そうな顔をしていたミミルだが、次にやるべきことを思い出したのか、俺に向かって指示を出してきた。
『ツノウサギ、とる。もっと、とる』
「ツノウサギって、さっきのか?」
『そのとおり……しょーへい、さがす』
お、また名前で呼ばれた。
なんかむず痒いが、悪くないな。
「はいはい……」
俺はまた魔力をつかって、音波探知を発動した。
オカクラゲのいた方角に移動したからか、また五〇メートルほど先にツノウサギの姿がぼんやりと浮かんで見える。三羽ほどいるようだ。
「こっちに約五〇メートル。三羽いるぞ」
『りょうかい。たおす』
ミミルはまた俺の左手を強く握ると、一気に駆け出した。
小さい身体なのに、なかなか走るのが早い。
途中から音を消してゆっくりと進む。風下側に回り込んだのだ。
『しょーへい、さっき。わたし、まほう』
「ああ、そうだろうな――」
俺はさっきと同様、五〇メートル先にいる魔物を電磁波のターゲットに絞り込む。
スライムの場合は核を狙ったが、今回はツノウサギがターゲットだ。動物なんだから、脳を狙う。
だが、遠くてピンポイントに頭を狙うことができない。そこらじゅうに生えている草が邪魔だし、五〇メートルも離れていたら、頭部なんて点ほどにしか見えない。
これは無理だ。
俺も少し近づくことにしよう。
できるだけ音は立てず、ミミルの背後について静かに近づいていく。
先に動いたのはミミルの方だ。
背中を向けている魔物に向けて、指先から衝撃波が発生する。
「キュイッ!」
悲鳴を上げて一羽が倒れると、残りの二羽も察知したようで一斉に声がした方向を見て、逆方向に向いて逃げ出した。
だが、ミミルの指は次々と衝撃波を出して、残りの魔物を仕留めていく。
『とどめ……』
ほぼ決まり文句のようなミミルの声が頭に響く。
なんで自分で止めを刺さないんだろう。
まぁ、先に済ませてしまおう。あとで尋ねれば済むことだ。
倒れている魔物の近くまで行くと、電磁波で小さな脳を焼いて止めを刺す。
ほぼ一瞬で脳内の体液が沸騰し、細胞が焼けてしまうので即死だ。
だが、心臓は動いているようでなかなか消失しない。
脳死というやつだ。
まだ呼吸もしているようで、肋骨の間が開いたり閉じたりしているのが見ていてわかる。
ダンジョンでは心停止で死亡を判断するんだろうな。
それにしても、電磁波はとても有効な攻撃手段だ。
通常なら全方位に向けて放出するから距離が離れれば減衰してしまうが、俺は収束して放っているので離れていても減衰をあまり気にせず攻撃できるし、相手次第で瞬時に無力化できる。
ただ、人間のように脳の質量が大きいと厳しいだろう。体液を沸騰させる必要はないが、脳を破壊できる程度まで温度を上げるのに時間がかかりそうだ。
念のため、部屋に戻ったら電子レンジの原理をよく勉強しよう。
そんなことを考えながら、三〇秒ほどかけてこの魔物を看取った。
次は心臓を電磁波で焼く。
ウサギは哺乳類なので二心房二心室のはずだが、ここは異次元空間の中だ。
そこまで魔素が動物の身体を模して作られているか心配になってくるが、そうも言ってられない。
右手を掲げて心臓のあたりに向け、収束された高出力な電磁波を照射する。
一瞬でウサギの心臓が停止し、ピクリとも動かなくなると、魔石を残して霧散した。
ウサギは心拍数が高く、心臓も結構大きな生き物なんだが、意外と早い。
最後の一匹はミミルに借りているナイフで止めを刺した。
血が噴き出すが、傷をつける反対側から首を切り裂くので服に付着するなんてこともない。
すぐに魔物は息ができなくなり、心臓が止まる。
時間的には脳を破壊するよりは早いが、直接心臓を焼いてしまうよりは遅いという感じだ。
うさぎが霧散した後には、魔石と毛皮が残った。
料理修行の時に見学したのでなめし方は知っているが、残念ながら使い道がない。
たとえば、店のカーペットにとか、座席の座面にとか……客が逃げそうな気がする。
これはどうしたものか……ミミルに相談だな。
「そろそろ店に戻らないか?」
ミミルに向かって声をかける。
元はダンジョンの存在を確認するために入ってきたのだ。
すでにその目的は達成されている。
それに、彼女の言う「加護」も授かった。
できればスキル版の空間収納が欲しかったけど、波操作は他にも応用できそうで楽しみだ。
何よりも気になるのはレーザー光線だな。
考えただけでワクワクする。
『つち、ませき、ごこ?』
ポケットの中を探ると、琥珀色の魔石が五個、水色の魔石が一個ある。
「ああ、五個あるよ」
『わかった。かえる』
この魔石の個数に意味があるのだろう。
ミミルは俺の右手を掴むと、ダンジョンの入り口があった階段に向かって歩き出した。
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