76 どうしてしかめっ面するの?

 8月12日。

 13時発の新幹線に乗るために電車で東京駅に向かう。東京駅に来るのも初めてで構内の広さと人の多さに驚いた。案内板を見ながら新幹線乗り場へ行き駅弁を買ってから指定した席に着いた。


 外の景色を見ながら深川ふかがわめしを食べていると、ミシェルがスマホのカメラで亘を撮ろうとしてきた。

 笑ってと促すミシェルに、亘は眉間に皺を寄せて不満そうな表情の1枚が撮れてしまう。


「もう、どうしてしかめっ面するの?」


「写真、苦手なんだよ。てか撮るなよ」


「旅行なんだから、記念撮影は必要でしょ。京都でもいっぱい撮ろうよ」


 自分よりもはしゃいでいる112歳の同種を、亘は呆れた顔で見ながらご飯をかき込む。






 2時間の移動時間を終えて京都駅に到着する。新幹線乗り場から中央乗り換え口を通り広大な駅構内を通って、京都駅の中央改札口の広い階段を下りる。


 見上げた先には京都タワーがあり、目の前には細かく分岐されたバス停が広がっている。一先ず宿に向かおうと清水寺方面のバスに乗る。


 バスから見る京都の町はとにかく人が多かった。ほとんどが観光客で外国人もちらほら見かけた。五条坂ごじょうざかでバスを下りてそのまま清水寺に向かって坂を歩く。駅前は近代的なビルが多かったのだが、五条坂を上ると木造の家屋と瓦屋根が続き、おもむきある街並みが広がる。ほとんどがお土産屋や食べ物屋が多く、時々立ち止まっては店の中を見て回った。


 宿は清水小路しみずこうじにある宿泊施設でモダンな造りだが、街の情緒にマッチしている建物だった。自動ドアをくぐり受付の男性が挨拶する、ミシェルの容姿を見て慌てて彼はもう一度英語で挨拶をした。


 すると、何を思ったのかミシェルは英語で話しかけたのだ。それもかなり早口だったので、その男性はテンパってしまい、しどろもどろに英単語を返そうとした。亘が日本語でたしなめたので、ミシェルは一言謝ってから日本語で対応した。


 部屋のキーカードを受け取り1階の部屋へ向かう。部屋の中はツインベットとソファがあり、畳に布団の宿を想像していた亘は、洋式の部屋の造りに驚いていた。部屋の装飾やコーヒーなどのアメニティ類を見ているとミシェルが手招きしてきた。彼女はドア付近の扉を開けて中を覗かせる。


 トイレかと思ったが、手洗い場の奥にはますの形をしたお風呂があった。小さく一人ぐらいしか入れないが、個室に温泉が存在した。


「いいでしょ。この宿部屋に温泉があるんだよ。大浴場もあるけど、部屋でも湯で暖まれるよ」


「へーすごいな」


「これなら、人に裸を見られなくて済むよね」


 亘はミシェルを見上げた。

 そのために個室にお風呂がついてるホテルに泊まったのかという考えがよぎる。確かに自分は肌を見られるのが嫌なところがある。体全体がということではなく、右肩にある火傷を見られたくないのだった。


 虐待を受けていたころに何度もライターの火を押し当てられ、まだらただれた肌がすごく嫌だからだ。


「そうだな…」


 相変わらず恐ろしく気が回るひとだなと思いながら、亘は小さく相槌あいづちを返した。





 夕食までは時間があるので、清水寺まで散歩をしに行った。清水坂は更に人で溢れており、有名な観光地なので外国人の観光客も多く、日本語以外の言葉が飛び交う。


 坂を上がりきり朱色が鮮やかな仁王門におうもんへ辿り着く。拝観料はいかんりょうを払えば境内けいだいの中も参拝できるが、それは明日にして今日は三重塔さんじゅうのとうまで見て戻ることにした。


 戻るときに外国人の男性二人に話しかける日本人女性がいた。何語か判らないが門を指差し説明している所を見ると、外国人向けの観光ガイドなのかと思い視線を反らした。




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