47 まったく、子供なんだから

 一通り経緯けいいを話し尽くしたところで、ふと亘が疑問を投げかける。


「そういえば、前から気になってたんですけど、皆さんってなんの仕事をしてるんです?」


 普段は人と同じように働いている同種達。だが一体どんな職場で働いたいるのか想像がつかない。真っ先にキャシーが答えた。


「私はホステスだよ。前は風俗店だったけど、今はこっちでも喰べていけるし」


「ああ、だから綺麗なドレス着てたんですね。レーナさんは看護師ですよね。病院で何度も会いましたし」


「ああ、普段は夜勤なんだがな。無理言って日勤にしてもらったんだ。君の世話をしたかったからな」


「あ、ありがとうございました」


「そんなこと言って、患者を喰いたかっただけじゃないの?まさか、亘に手を出してないよね?」


 二人の会話にミシェルが茶々を入れる。レーナが冷たい視線を向けた。


「弱っている人から吸うわけないだろ」


「あれ?病院ってレーナの漁り場なんじゃなかったっけ?」


「そんな訳あるか!この堕天使!」


「それって私のこと?」


「他に誰がいる!」


 最年長であるミシェルに噛み付くレナータ。彼女らの間では年上に敬意を払うという習慣はないらしい。


「シヴァさんは?」


 言い合う二人をよそに亘は話をシヴァに振る。ケリーを飛ばしたのは彼女の職場は知っているからだ。


「ジムのインストラクターだ」


「へぇ~似合ってますね」


「シヴァに指導してもらいたい女性客は多いんだよね~うちの店で働いてるも通ってるっていってたよ!」


「今、何人ぐらい受け持ってるんだっけ?」


「1週間で24人」


「うちの生徒数より多いですね」


白澤はくたくさん、教師なんですか?」


 眼鏡をかけた細身の同種に亘は質問する。彼は視力が劣っているわけではなく個性としてかけているだけだった。


「ええ、語学学校の教師です。外国人に日本語を教えています」


「はぁ~アンドレさんは?」


「花屋だ!」


「はなやってお花屋さん?」


「そうだ。"フラワーショップきやし"って所だ!今度来てくれ!」


 大柄で筋肉質な黒人男性のアンドレが花を売っている姿が想像できない亘。シヴァのようにジムで働いているといわれたほうがしっくりくる。


「店に置いてある花もアンドレの店で買ったものだよ。ほらレジの横にあるブーケはアンドレが作ったものだし」


 レジの側に置いてあるのは籠を持ったくまの人形だった。小さなかごの中に花のブーケが飾ってあり季節によっていろいろな花が飾られている。今は12月なのでポインセチアの花とくまの人形もサンタの帽子をかぶっていた。


「あれ、アンドレさんが作ったんですか!?」


「おう!くまの人形も俺が作ったんだ。かわいいだろ?」


「………き、器用ですね」


 顔に似合わず繊細せんさいでファンシーな仕事をしていることに驚愕きょがくする亘。


「みんな、客商売していることが多いんだよ。その方が出会いが多いし、お客さんの中から提供者を選べるしね」


「あ~なるほど」


 ミシェルをはじめ同種達は客と話し関係を深めてから提供者か恋仲にしていく。そうやって絶えず人との関係を築いてきたのだ。


「ケリーもそろそろ、そういう職場に就いたほうがいいんじゃない?」


 話の矛先はケリーに向く。今のところ接客業についていないのは彼女だけだったからだ。


「余計なお世話」


「でも工場なんて人間関係狭いし、ケリーは恋人もいないでしょ?そんなんじゃいつまでも一人立ちできないよ」


 お節介なことをいうミシェルにケリーはねて視線を反らす。呆れた顔でミシェルはため息を吐いた。


「まったく、子供なんだから」


 "子供"という言葉に亘は引っ掛かりを覚える。シヴァも以前同じように言っていたからだ。


「そういえば、シヴァさんもケリーさんのこと"子供"っていってましたけど、ケリーさんって実際は何歳なんですか?」


 亘の言葉にケリーはシヴァを睨み付ける。そっぽを向くシヴァだったが、口に出さないだけでケリーを児童だと思っていた。


「ケリーは存在してからまだ1年半しか経ってないよ」


「ええ!?」


 大きな声で驚く亘。

 見た目では年上なのに実際は亘よりも年下というわけだった。


「私達に生きた年齢なんか関係ないでしょ!」


「そうだよ~。私だってまだ8年しか生きてないし!」


「だが、人との付き合い方は経験しないと分からないぞ」


「そうだな、自力で提供者を作ってはじめて一人前だからな」


「慣れれば簡単ですよ。頑張ってください」


「早く大人になれよ!」


「子供はお酒飲んじゃだめだね。ジュース持ってこようか?」


「あんた馬鹿にしてるよね」


 口々に先輩の同種達から小言を言われるケリー。立つ瀬がなくなった彼女に亘が助け船を出す。


「大丈夫だよ、ケリーさん。また危なくなったら俺が血をあげるから、頼ってきてよ。」


「……う、うん」


 亘の暖かい言葉にほだされるケリー。今度はミシェルの機嫌が悪くなる。


「それはだめ!許可できない」


「別におまえの許可なんか必要ないだろ。大体、ケリーさんにもっと優しくしてやれよ。不慣れなら手を差しのべるべきだろう?」


「最低限の手助けはしてるよ。でも人との関係は自力で築かないといけないの」


「それでも、人とどう付き合ったらいいか悩んでるケリーさんのほうが、あいつよりはずっとましだ」


 "あいつ"という単語に場の空気が変わる。誰のことを言っているのかはすぐにわかった。


波夷羅はいらのこと?」


「あいつ言ったよ。人を殺してなんで罪になるのがわからないって、同種はみんな化け物なのに」


 あの廃墟はいきょでの会話を思い出す亘。結局のところ波夷羅はいらと言葉を交わしたのは亘だけだった。


「ミシェル達のこと、人のフリしてる馬鹿な連中だって。少しずつ命を吸って化け物の自分を誤魔化ごまかしてるんだって。それを言われたとき、腹が立った。ミシェルやみんなにはちゃんと人の心があるのに」


 皆、亘の言葉に注目した。

 人である亘に自分達はどう映っているのか。


「だから言ってやったんだ。化け物はお前だけだって。ミシェル達は人と同じなんだ」


 皆が一ヶ月間探し続けた犯人。人を二人殺しサミュエルも喰い殺した同種に亘は啖呵たんかを切った。自分達のために怒ってくれた亘に、感激したキャシーが抱きつく。


「わたるん~!嬉しい、そんなふうに言ってくれるなんて~!大好きだよ~!」


「ちょっ、ちょお、キャシーさん!」


 キャシーに抱き付かれて照れる亘。その様子に皆ほっこりする。


「お前案外度胸あんだな。見直したぜ」


 アンドレの発言に皆同じ気持ちだった。亘の勇気と真っ直ぐな心に敬意を感じた。ミシェルはグラスを持って立ち上がる。


「みんな、コップを持って。空のひとは注いでくれる?」


 カウンターまで歩き写真立ての前にグラスを置きスコッチを注ぐ。その写真にはサミュエルを含めた同種達が写っていた。何年か前に撮った集合写真だった。


「みんな、この一ヶ月ご苦労様。

みんなのお陰で奴を消し去ることに成功した。けど、波夷羅はいらを追い立てたことで亘を危険な目に遭わせてしまったのは、本当に申し訳なく思うし、サミュエルには謝っても許してもらえないでしょうね」


 ミシェルは写真を振り返る。満面の笑みを浮かべるサミュエル。だが、もう彼が笑顔を向けてくれることはない。


「私がもっと早く警察に協力していれば。こんなことにならなかったかもしれない。私の怠慢が招いた結果だ。本当に悔しいよ。

私達に魂があるのかどうか判らないけど、もし魂があってどこかへ逝くのだとしたら、彼の冥福めいふくを祈りましょう。


サミュエルに…」


 ミシェルはグラスを掲げて飲み干す。皆も献杯し酒を飲み干す。亘も皆に倣いコップを空にする。20時半にうたげはお開きにし片付けはミシェルに任せて亘は2階に上がり、入浴後に早めに就寝した。



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