居場所

46 俺の胸にも飛び込んでこい!

 病院の待合所でミシェルが手続きを済ませるのを待ち、一緒に駐車場へ向かって車に乗った。誘拐事件ゆうかいじけんに巻き込まれてから1週間過ぎ、今日で退院となった。

 傷は完治していないが気力や体力は戻ったので、家に戻り経過を見ることになった。季節は12月半ば。街はクリスマスモード一色でネオンに飾られた街路樹がいろじゅを車窓から眺めていた。


 20分ほどで家に着き玄関から入ろうとするとミシェルに呼び止められる。店の出入り口から入るように指示されて飴色あめいろのドアを開けるとクラッカーの音が鳴り響いた。


「退院おめでとう~亘!」


 カーテンの閉め切られた店内にいたのは同種のみんなだった。亘の退院祝いを計画しサプライズで驚かせようとしていたようだった。突然の事にほうけている亘にキャシーが真っ先に飛び付いた。


「わたる~ん!退院おめでと~!治って本当に良かったね~!」


 キャシーが亘を熱く抱擁ほうようする。彼女の豊胸ほうきょうに亘の顔が埋もれ柔らかい感触に包まれたのだが、なかなかキャシーが離そうとしないので息が苦しくなってきた。


「キャシー、そのままじゃ亘が息できないよ」


「え?わぁぁっ!ごめんね、わたるん!」


 ようやく胸の壁から離れられ呼吸を整える。危うく昇天しょうてんするところだった。


「なんだよ、キャシー。退院祝いに体を使ってサービスか?」


 褐色肌のアンドレがキャシーの行動を揶揄からかった。


「違うわよ~人は嬉しいとき抱擁ほうようするものでしょ!」


「なにっ、そうなのか!よし、亘!俺の胸にも飛び込んでこい!」


 両手を大きく広げてアンドレが亘を呼び寄せようとする。突き出されたたくましい胸筋きょうきんが近づいてくる。


「いいっ、いいです!遠慮えんりょします!」


「遠慮するなっ、ほれ!」


「ひぃっ!」


「やめてあげなさい、アンドレ君。貴方の胸板に押し潰されたら、亘君は圧死あっししますよ」


 困り顔をした白澤はくたくが止めに入る。彼の機転きてんのおかげでアンドレの筋肉に殺されずに済んだ。


 ミシェルが皆を席に促し用意された料理を食べ始める。ピザやパエリアなど、様々な料理が並べられておりキャシーが皿に取り分けて亘の前に置く。

 同種のみんなも同じ料理を食し語らう。そこには人と同種の垣根かきねなど存在しなかった。会食が始まってしばらくすると、遅れて店に到着した者がいた。


「ケリーさん!」


 ケリーの姿を見て亘が席を立ちかけ寄る。


「やぁ、退院おめでとう。悪いね、見舞いに行ってやれなくて」


「いいよ、そんなの。ずっとお礼が言いたかったんだ。俺が乗ってた車を見付けてくれたのはケリーさんなんでしょ。本当にありがとう!」


「まぁ、偶然だけどね。無事で本当に良かった」


 主役がパーティーそっちのけで立ち話を始めたので、ミシェルが立ち上がり二人の間に入る。


「来てくれてありがとう、ケリー。ほら、二人とも席について」


 ミシェルに促されケリーも交えて食事会は再会した。話題は主に犯人のことや誘拐からの救出劇の話だった。




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