35 私はただ亘を愛したいの
ミシェルの長い話が終わった。しばらく沈黙が流れ、亘が口を開く。
「ミシェル。あんたは俺が渉さんに似てたから、俺を雇ったり養子にしたりしたんだよな?」
「うん」
ミシェルは小さく
「俺と渉さんって、そんなに似てるのか?」
亘の問いかけにミシェルは少し考えてから笑顔を向ける。
「見た目はね。
でも中身は全然違う。あの人は物静かで知的でお茶目なひとだった。でも亘は神経質で臆病で案外我が強い」
二人は全くの別人だ。
ただ見た目が似ているから、ミシェルは亘を彼に重ねていたのだ。
「だったら、俺と一緒にいても意味無いんじゃないのか。俺はミシェルが待ってた渉さんじゃないんだから」
亘はそっぽを向きながら皮肉をいう。これは彼にとっての予防線だった。これ以上期待して裏切られる前に自ら心を閉ざしたのだ。
ミシェルは座っていたワークチェアから腰を上げベットに座り直した。
「亘、確かに君を養子にしたのは私のエゴだったね。それについては謝る。でも、亘を守りたいと言ったのは嘘じゃないよ」
初めてこの家に上げてもらった時に言っていた、ミシェルの言葉。確かにミシェルは自分を守り
「それとも、私と一緒にいるのは、もう嫌?」
亘は一度ミシェルと目を合わせたが、すぐに天井を見た。
「ミシェルは、俺が会ったどんな人よりも優しい。優しくて親切で。でも、俺は何も返せない。何もできない俺に、いつか失望して離れていく」
母親からも友人からも裏切られ見捨てられた亘。この世の中で何を信じていいのかわからなかった。自分の足下が脆く崩れやすい砂地のように感じていた。ミシェルは亘の瞳を覗き込む。
「亘、見返りなんて何にもいらないし、私は君を捨てたりなんかしないよ。
私はただ亘を愛したいの」
こそばゆい言葉を
「与えられたものは誰かに与えることができる。私はそれを渉から、あの人から教えてもらった。だから、彼からもらった愛情を今度は君に与えたいの。
それにもう親子になっちゃったんだし、このまま一緒に暮らそうよ」
亘はしばらくミシェルの瞳を見つめる。
けど、すぐに目を閉じた。
ミシェルの気持ちに答えたくないわけじゃなかったが、自分の気持ちがわからなかった。悩む亘の
「答えは急がないから、ゆっくり考えて」
ミシェルは部屋を出ていった。時計の針の音だけが聞こえ、何故か急き立てられているようだった。亘は肩まで布団を被りもう一度眠りについた。
午後6時に目が覚めリビングへ行く。ミシェルがソファーに座りながら電話をしているのが見えたので、声をかけずに様子を
「でも、一人で行動するのはまずい。私も行くよ。うん。それはわかってるけど、ごめん、シヴァ。後で掛け直す」
亘の存在に気付き電話を切るミシェル。夕食の用意をするためにキッチンへ向かう。10分もしない内に食卓に並べられダイニングテーブルで食事をとる。
亘が寝てる間暇だったのか、食事の用意は出来ており、ビーフシチューの牛すじ肉はよく煮込まれて柔らかかった。夕食をたいらげハーブティーを飲みながら亘は質問した。
「さっき、シヴァさんと何話してたんだ?」
ミシェルは少し黙っていたが、これ以上はぐらかして亘の機嫌を損ねたくなかった。
「今日の捜索は来なくていいって言われた。亘と喧嘩したばかりだし、家にいろって」
珍しく素直な返答に亘は驚いた。ミシェルも反省はするのだと知った。
「いいよ、ミシェル。行ってきて」
「でも、亘。私が家にいなかったから怒ったんでしょ?」
「俺が腹を立てたのはあんたが何も言わなかったからだ。別にちゃんと理由があるなら、家を空けても構わない。それに犯人、捜してるんだろ?サミュエルさんの敵を討つために」
「それも、ケリーから聞いたの?」
「うん。サミュエルさん、いなくなっちゃったんだよね」
ミシェルはサミュエルが消えた時の事を話した。二人の間にどうしようもない寂しさが募る。
「いい人だったのにね、サミュエルさん。内気な俺にも明るく話しかけてくれた」
「そうね。ちょっと空気が読めないけど、お調子者で私達のムードメーカーだった。私が長になってから、初めて来た新入りでね。私も特別可愛がってたんだ。
"100年も生きてるなんてすごい。俺もそれくらい生きられるかな"って、そう言ってたのに。こんなに早くいなくなっちゃうなんて、やるせないわ」
組んだ指先を見つめるミシェルの瞳は悲しげだった。今日は彼女の色んな一面を見た気がした。
「ミシェル、俺にも何か手伝わせてくれないか。もちろん、捜索に参加するのは無理だけど、でも力になりたいんだ」
「ありがとう、亘。そう言ってくれるなら、今日も家を空けてもいいかな?」
「うん」
ようやく、ミシェルと何かを決められたように感じた。22時過ぎに外へ出掛ける彼女を亘は見送った。
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