29 お互い傷つくだけだわ
ミシェルは階段に座り込み放心していた。亘と喧嘩をしたこともショックだったが、まさか"彼"のことに気づかれるとは思ってなく、取り
額に手を当てて
『ミシェル。あなた彼とは別れたの?』
煙を
『うん。前から疎遠になってたんだけど、この間会ってちゃんとお別れしてきた。向こうはいい人見つかったっていうし。でもさ、結婚式の招待状渡された時は驚いちゃった。流石に断ったけど』
『それくらいあなたに感謝してるんでしょうよ。恋人というよりは恩人と思ってたのね』
『そうかな、それなら嬉しいな。』
ミシェルが付き合っていた男性は自殺を考えていた人だった。
自己否定を繰り返す彼に寄り添い励ましていくうちに、彼も前向きに考えるようになり新しい人生を歩んでいった。
『最近思うの。私たちは
『ふふっ、あなた変わったわね。出会った頃は
"渉"と死別して4年が過ぎた。彼が亡くなった後もミシェルは生き続けた。生きていくということは誰かと関係を持つということだった。
『ねぇ、
もう一度聞かせて、本当に生まれ変わりに会ったの?』
グラスを指で
『会ったわ』
『本当にその人だったの?』
『ええ、一目で判ったわ。あの人なんだって』
『そう、素敵ね。もう一度巡り会えるなんて』
ミシェルは頬杖をつきグラスの中のブランデーを眺める。
『ミシェル。もしかして、彼を待ってるの』
『さぁ、どうだろうね?待ったって会える訳じゃないし、何年かかるかわからない。
でも、会いたいな~渉に』
まるで夢見る乙女のような瞳をするミシェル。それが淡い夢だとしても
『そう。じゃあ、待ってる間暇だろうから、あなたこの店を継いでみない?』
ミシェルは
『店を継ぐって
『いいえ。消えるのよ。
だからこの店と役割を貴女に引き継ぎたいの』
さらりと漏らす伊邪那美の
『消える?
500年生きている、"東の魔女"と言われている貴女が?』
『どんな生き物にも終わりは来るわ。もう十分だと思えるくらい生きたし、他国から来る同種とも折り合いが着いたしね。だからもう、いいかなと』
自身の
『私のいなくなった後に同種達をまとめてほしいの。引き受けられないかしら?』
ミシェルは真剣に考えた。
伊邪那美の期待には答えたいが、不安が残る。
『いいの?確かにこの中じゃ私が最年長だけど、でも私はまとめ役には向いてない。同種達からは嫌われてるしね』
『そうね。自分勝手で
『でしょ?私よりシヴァのほうが向いてるよ。彼に頼みなよ』
『いいえ。私はあなたに任せたいのよ。ミシェル』
伊邪那美は再度ミシェルに役目を託そうとする。真剣な顔付きにミシェルの心は惹き付けられる。
『なぜ?』
『あなたは愛情を知っているからよ。
あなたは本当に彼を愛していたわね。それは彼も同じ。移り気な同種の中でそれを学べる者は少ないのよ。そして、学んだことは生かすことができる。だからこそあなたに頼みたいの』
ミシェルは目を閉じて少し考えた。そしてすぐに笑顔に向ける。
『わかったわ。引き受ける。でも一つだけ条件があるわ』
『何かしら?』
『店改装してもいい?バーもいいけど、私はカフェがやりたいわ!』
昔は居酒屋だった店の棚にはボトルが並び、オレンジ色の照明が落ち着いた雰囲気を
『好きにおし。ついでに
『それって徳川の側室してた時のもの?それとも
『ひ・み・つ』
茶目っ気を出す伊邪那美にミシェルも笑顔が
『ミシェル、これだけは忠告しておくわ。あの人を待ってみるのもいいわ。それがあなたの生きる糧になるならね。
でも、もし彼に会えてもそれは別の人間だということを覚えておいて』
『同じひとなんてこの世界に存在しない。それは私が確認したから間違いないわ。あの人にもう一度会えたけど、それはもうあの人ではなかったから』
『
『ええ、十分だったわ。
出会ったとき彼は戦争で何もかも無くしていた。ほっとけなくて自分の側に置き手助けしたわ。彼にとっては恩人という立場でしかなかったけど、それでも彼といられて嬉しかった。』
遠い目をして想いを
『"渉"さんにもう一度会えたら、彼とどういう関係になりたいのかをちゃんと決めてから関わりさないね。
そうでなければお互い傷つくだけだわ』
美しい笑顔が
「ダメだなぁ、私。
思い出から戻り深い溜め息と共に、浅はかな自分を恥じる。すると、外から玄関に向かってくる足音が聞こえた。ミシェルはドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開ける。
「わたる!」
玄関先には人はいたが、目線を上げると別の人だと気づく。立っていたのはシヴァだった。開ける前に戸が開いたことにビックリしていた。
「何だ、シヴァか」
「なんだとは何だ。報告しに来いと言ったのはお前だろ。」
「亘がどうかしたのか?」
「いや、その、喧嘩したら出ていっちゃって」
「はっ?いま朝の5時半だぞ。外も暗いし、探さなくていいのか?」
シヴァに言われてようやく自分の失態に気づくミシェル。本当ならすぐに追いかけるべきだった。
「……っ、そっか、ああ!
私何やってるんだろう。探してくる!報告は後で聞くから待っててくれる!」
シヴァを押し退けて玄関を出ていくミシェル。その瞬間、店の電話が鳴る。店主は出ていってしまったので、代わりにシヴァが電話に出る。
少し対応するとすぐに保留しミシェルを呼び止める。
「ミシェル、ケリーからだ!戻ってこい!」
車道の方へ向かっていたミシェルは店へ引き返し、受話器を取った。
「もしもし?ケリー」
『なんだ、居るんじゃん。亘を預かってるからさっさと迎えに来て』
「え?亘を!どうしてケリーが?」
『家の近所でうろうろしてたの。じゃあね』
ケリーは用件を伝えると一方的に切ってしまう。ミシェルは言われた通りケリーの住む家に車で向かった。
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