30 私達と同じなのかもね

 電話を終え居間で眠そうにしている亘に話しかける。


「悪いけどミシェルを呼んだ。私じゃあんたの面倒を見れないから」


「うん、ごめん。ケリーさん」


 まぶたこすりながら睡魔すいまに堪える亘。ケリーは見かねて睡眠を取るように促す。


「眠いんなら、そこのベットで寝てれば?」


「いいよ。ケリーさんこそ仕事帰りなんだから寝てていいよ」


「私達は特に睡眠が必要なわけじゃない。けど寝てれば体力を温存出来るから、寝れる時は寝てるだけ」


 同種は人のように日に一度肉体を休めなくとも疲れを感じることはない。体力の管理をきちんとしていれば24時間活動できるのだった。

 亘は布団の中に入ると緊張の糸が切れ、体の疲労がおそいかかる。眠い目でケリーの様子を見ていると彼女も壁に体を預けぐったりとしていた。亘は昨晩の会話を思い出した。


「そういえば、体力は大丈夫なの?」


「まだ、平気」


「そう。あのさ、俺が血を与えるんじゃダメなのかな?人の生気なら誰でもいいんだよね」


「そうだけど、そんなことミシェルが許可しないでしょ」


「ミシェルは関係ないよ」


 自分の行動にいちいちミシェルを介在かいざいする必要はないと亘は腹を立てる。


「けど、あんたから生気を吸ったなんて知られたら、私がミシェルに何て言われるかわからない。いいからもう寝なよ」


 亘は瞼を閉じるとすぐに眠りに入った。ケリーも目を閉じて休むことにした。






 30分もしない内に部屋の呼び鈴が鳴る。ケリーがドアを開けるとミシェルが伏し目がちに立っていた。何も言わず部屋に通すと居間で寝ている亘を見てミシェルは安堵する。近付いて亘の肩を揺する。


「亘、わたる…」


 体を振動され亘は浅い眠りから目覚める。朧気な意識でミシェルを見るとすぐに険しい顔をし、体を起こしてそっぽを向いてしまう。


「亘、帰ろう」


 ミシェルに視線を合わせることもなく無視する亘。聞き分けのない子供のようだと思ったが、このままミシェルを許すのも釈然としないからだ。


「お願い、亘。一緒に帰って。これ以上ケリーに迷惑かけられないから」


 ケリーのことを引き合いに出され駄々だだねられなくなった。

 だが、ただでは帰ってやらないと決めていた。


「わかった。でも一つ条件がある」


「条件?」


「ケリーさんに俺の血を与えていいか」


「え?」


 ミシェルは亘が突き付けた条件に驚いた。後ろで様子を見ていたケリーも意外な展開に驚く。


「昨日、ケリーさん店に来てたんだよ。でも、あんたがいなかったから血も飲めないで帰ったんだ」


「そうだったの。わかったわ。今日中に誰か紹介するからそれでいいよね」


「どうして俺じゃダメなんだ?今ここで食事したほうが早いだろ」


「子供はあまり提供者に向いてないの。体重も体力もないし、下手すれば死んでしまうかもしれないから」


 亘はケリーを見つめミシェルの言ってることが正しいのかの判断を仰ぐ。


「確かに子供は相手にしないが、一回吸っただけで死ぬようなことにはならない」


 ミシェルはケリーを睨む。別に嘘をいた訳ではないが、それとなく避けようとしているのを邪魔されたからだ。


「また誤魔化した。

この条件が呑めないなら、あんたの元には帰らない。施設に戻る」


 それはあり得ない選択なのだが、亘も引っ込みがつかなくなった。苦渋の選択だがミシェルは条件を呑むことにした。


「わかったよ。ただし、少しだけだ。ケリーもわかってるよね」


 振り向いてミシェルはケリーに釘を指す。亘は布団から出て左腕のそでまくりケリーの前へ差し出した。ケリーは亘の手を取って手首に口を近付ける。

 その時、彼女の犬歯がとがってるのが目え、本当に吸血鬼のようだと思った。


 噛みついて流れ出た血を吸い口内へ流し込む。ケリーの喉仏のどぼとけが上下する度、亘の体力が抜けていった。ひど虚脱感きょだつかんで意識を保つのもやっとだった。


 飲み終えて亘の手を離すと亘の意識も途絶えてしまった。足からくずれ落ちた彼の体をミシェルが受け止める。そのまま床に崩れ落ち、気を失った亘の体を抱えミシェルは低い声でケリーを注意する。


「やり過ぎだよ」


「言われた通り、そんなに吸っちゃいない。それに亘が気を失ったのは寝不足のせい。夜通しあんたが帰るのを待ってたらしいからね」


 チクリとミシェルを責めるケリー。ミシェルは奥歯をめた。ケリーは腕を組んでさらに追い打ちをかける。


「その子から聞いた。

あんた、昔の男と亘を重ねてるんだってね。亘からしてみれば迷惑なことだ」


 ケリーは眠ってしまった亘の代わりにミシェルに文句を言う。ミシェルは目を伏せて黙っていた。


「亘はずっと、あんたの優しさが信用出来かなかったんだ。無条件で自分に施しをくれる人に不信感を抱いた。

亘がそこまで人を信用出来ないのは、この子を追い込んだ周りの人間達のせいだが、あんただって自分勝手に亘を振り回したでしょう?」


 亘が自分を警戒しているのは知っていたし、自分の行動が行き過ぎなのも理解していた。けど、時間をかければ心を開いてくれるだろうと考えていた。ミシェル自身は自分のことを何も打ち明けていないのに、虫の良い話だった。


「亘は言ってたよ。

自分を必要としてくれる人なんていない。この世界のどこにも居場所がないって。亘も、私達と同じなのかもね」


 ミシェルは眠っている亘の顔を覗く。安らかな寝顔は無垢な子供のようだった。


「違う、違うよ。同じだなんて言うな」


 ミシェルは亘の体を抱え始める。ゆっくりと持ち上げ連れて帰ろうとする。


「あんたがそう思わせてあげられれば、いいんだけどね」


 ミシェルは自力でドアを開けて部屋を立ち去る。亘を車に乗せて家へ戻っていった。


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