16 この犯行はまだ終わらないよ

 ミシェルは椅子に体を預け真剣な表情を見せる。


「今回犯人はかなりの行動の痕跡を残している。それを踏まえた上で推測するにそいつは私達の同胞だね。それも存在してまだ日が浅い」


「何故、そういえる?」


「犯人は自分がいた証拠を隠す気がないからよ。まともな人間なら指紋なり痕跡なりを隠蔽しようとするけど、そうしない。そんなものじゃ自分を辿れないと確信しているの」


 ミシェルは蜂須賀の前に右手をかざして広げて見せる。


「私達にも指紋はあるし一応DNAもあるんじゃないかな?私なんかはちゃんと戸籍があるから、犯罪を犯せば捕まえられるし、痕跡を辿ることも可能でしょう。

けど、この世に戸籍も住所も血縁すらない存在なら?

存在したばかりの同種はこの世界に在籍していないのと同じだ。まさに彷徨さまよ幽霊ゴーストだね」


「その、ひとつ確認したいんだが、生まれたばかりのお前らってどーいう感じなんだ?」


 蜂須賀はミシェル達の存在についてはざっくりとは知っていたが、今まで深入りしたことはなかった。


「ある程度この世界の知識を持って存在してくる。真っ白な赤ん坊って訳じゃない。電車の乗り方や車の運転、使用されてる通貨や総理大臣の名前なんか。

だから、どういう場所に防犯カメラが仕掛けてあるかも知っている。脱ぎ捨てた服だって“死体”から奪い取ったもので、自分で買った物じゃないんだ」


「死体?」


「私達を存在させるには必ず一人消滅する人間が必要なんだよ」


 首を傾げる蜂須賀だったが、今は取り上げなくても良いと話を戻す。


「もう一つ理由を上げるとすれば、そいつの被害者の部屋での行動もおかしい。仮に丸一日その部屋にいたとして、どーして食事をしなかったの?殺人まで犯して押し入った部屋だ。できたら万全の状態にしておきたいと思うでしょ?

それは奴の食糧が人間だからだ。だから人の食べ物には手をつけなかった。

奴は無駄なことは一切しない。

物取りの犯行でもないのよ。金銭目的なら第一の犯行の時にも盗めば良かったのにしなかった。差し詰め、一回目は単なる食事、二回目は食事と物色ってところかな」


 蜂須賀はミシェルの推測する犯人像を黙って聞いた。あらゆる経験を積んだ捜査員の推測より彼女の意見のほうがしっくりくるからだ。


「じゃあ奴を探すにはどうしたらいい?」


「ホームレスって線はあってるから、廃墟とか空き家を探した方がいいよ。その時およそ人が住めない場所でもいいから、隈無くまなく探してみて。


そして、これが一番重要なことだ。この犯行はまだ終わらないよ」


 蜂須賀は真剣な眼差しでミシェルの顔を見る。その瞳は群青よりも深い色だった。


「犯人は生きるために人を殺している。奴を捕まえない限り、殺人は止められない。

恐らく、一ヶ月以内にまた一人犠牲者がでる。

そして標的を探すために奴は必ず外を彷徨うろつくはずだ。その時になれば犯人を見付ける確率は高くなる」


「わかった。参考にしよう」


「見つけたら迂闊うかつに近付かないでね。銃を携帯してるなら容赦なく心臓か足を撃ち抜いて。大丈夫、私達はそんなんじゃ死なないから」


 方針が固まった所で蜂須賀は立ち上がり、ミシェルに帰るよう促す。


「忠告あんがとよ。もうとっとと帰れよ」


「あれ?私、子供を刺した容疑者として連れてこられたんだけど?」


「お前を留置所りゅうちじょに入れとくほうが危ねーよ。警官を誘惑しかねん!ただし、後日事情聴取するから事実を素直に話すんだぞ」


「は~い」


 ミシェルは立ち上がる際に左手に付着した乾いた血痕けっこんを見た。警察に引き離されたために亘の安否はわからないままだった。彼の無事を祈りつつ自分の車で家に帰った。




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