17 そんなに庇いたいの?

 翌日、亘は意識を取り戻し医者と看護師が代わる代わる問診しに来た。あの出血量でよく助かったと医者も感嘆かんたんし、処置が的確だったからだと説明を受ける。亘はぼんやりとミシェルの顔を思い出し空返事をする。


 しばらく病室の窓から空を眺めていると、男性二人が入ってきて挨拶をする。警察手帳を提示した二人の刑事は当然の事ながら昨夜の騒動について聞いてきた。亘は混乱しててよく覚えてないと答え、後はずっと黙っていた。

 刑事は負傷した理由に的をしぼりあれこれ質問してきたが、事実を話す訳にはいかなかった。だんまりを決め込む亘に二人は出直すことにし病室を出ていった。



 夕食に出された病院食を食べカーテンの隙間から暗い街を眺めていた。昨夜のことについては何も話さなかった。だが、自分が黙っていたとしてもいずれ卓人に容疑が向くかもしれない。

 その時、自分はなんと証言すればいいのだろうか?

 ぼんやり考えてるとドアをノックして女性の看護師が入ってきた。銀色の髪と瞳を持つ女性で、美しい顔立ちもさながら神秘的な容姿をしている人だった。ワゴンを引いて配膳のトレーを回収する彼女に見蕩みとていると視線があった。


「具合はどうですか?寒かったり、気分が悪かったりしてないですか?」


 急に話しかけていたので驚く亘。大丈夫ですと短く答えた。彼女は近寄って亘の枕元で立て膝を付いた。


「疲れているなら、もう寝たほうがいいですよ」


「まだ眠くないので、もう少し起きてます」


 気を使ったのではなく、本当に疲労感はなかった。昨夜死にかけたというのに不思議なほどだった。看護師はドアの方を一度見てから、再度亘のほうを向く。


「君と話がしたいと言っている者がいるんだが、通してもいいだろか?」


「ええ?」


 また警察の人かと思ったが、入ってきたのはブロンドの白人女性だった。


「はぁい、亘。無事で良かった」


「ミシェル?」


 ミシェルの登場に亘は目を丸くする。看護師は彼女を中に入れるとワゴンを持って出ていこうとした。


「ありがとう、レーナ」


「私がこれを片して戻るまでに済ませろよ。でなきゃ叩き出すからな」


 ミシェルは看護師の女性にお礼を言う。どうやら彼女とは顔見知りのようだった。彼女はゆっくりとベットに近付き円形の椅子に座る。


「怪我はどう?」


「うん、痛むけど、大丈夫」


「本当に良かった。血だらけの君を見たとき、頭が真っ白になったよ」


「あ、やっぱりミシェルだったんだよな俺の止血してくれたの」


 朧気おぼろげな意識のなかミシェルが必死に呼びかけてくれたのは覚えていた。お礼を言う亘にミシェルはいつも通り美しい微笑ほほえみを返す。

 しばらく静寂が流れミシェルが話を切り出した。


「ねぇ、亘。率直に聞くけど、あの夜何があったの?」


 警察と同じことを聞かれ少し意表を突かれるが、とるべき行動は沈黙ちんもくだった。


黙秘もくひか。

もしかして警察にも何も話してない?困ったな~亘が何も話したくれないと、私が犯人にされちゃうんだけど~」


「え?どういうこと?」


「昨日、私ね。警察に引っ張られたんだよ。亘を刺した犯人だって。今日も事情聴取じじょうちょうしゅで警察署に行ってきたし」


「そうだったの?だったら刑事さんに会ったら言っとくよ。ミシェルは何もしてないって」


「そう、ありがとう!

でもさその言い方だと"だったら誰が何をしたんだ"って聞かれるよ」


 亘は息を呑む。

 確かに自分は今"ミシェルは"と言った。この言葉を曲解きょっかいすれば、別の人間は何かしたのかとも捉えられる。亘は視線を反らして再び黙秘する。


「あの夜、私が施設に侵入したとき、建物の中からかすかに人の声が聞こえた。中に入ると何かが倒れる音と誰かの足音が聞こえて、気になって部屋に入ったら負傷した亘を発見した。ここまでは警察に話しているよ」


 亘の表情は暗くなる。捜査官に質問された時よりも緊張感があった。


「今日、刑事さんと一緒に施設に行ったけど。他の子供たちも夜中に誰かが言い争う声を聞いているし、亘の傷って刃の角度と傾きからいって自分で刺したとは考えにくいんだ。

だから、警察も事故ではなく事件として捜査してるはず」


「………」


「ねぇ、亘。黙ってたって外堀が埋まっていけば、すぐに事実ははっきりするよ?」


 亘はそれでも黙った。自分にはそれしか術がない。ずっと黙り続ける亘を見てミシェルは口角を上げてほくそ笑む。


「そんなに"タクト"くんを庇いたいの?」


 亘は黒く塗りつぶされた瞳をミシェルに向ける。卓人の名前を出されて動揺を隠せない。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る