あなたの胸が、私の世界

春嵐

01 game start.

 彼女の、左手の薬指。


 円くなっていて、爪も綺麗に切り揃えられている。指紋も、擦れたせいなのかほとんど残っておらず、すべすべ。


 そうっと、糸を巻く。サイズを測って。ぴったりのところで、テープで留めて。そうっと、引っこ抜く。


「あっ」


「わっ」


 彼女。


 跳ね起きる。


「ゲームしなきゃ」


「え」


 ベッドから素早く起き上がり。


 冷蔵庫に走り。


 牛乳を凄い勢いで飲み。


 コントローラーを手に戻ってくる。


「冷蔵庫で冷やしてたの、コントローラー?」


「冷たくて気持ちいいかなって」


「こわれる、よね?」


「特注品なんで。熱砂から極圏まで耐えられるコントローラーです」


「はあ」


「ようし。いっちょ世界救ったるかあ」


 彼女がテレビとゲーム機とラップトップのスイッチを入れる。


 よかった。


 指のサイズを測ったことは、気付かれてない。


 ヘッドホンをしてゲームをする、彼女。


 びっくりするほど、静か。コントローラーを動かす音すら、しない。


 それを見つめて、眠りに。


あねぇ」


「ん?」


 特に血の繋がりはないけど、彼女は私をあねぇと呼ぶ。胸の大きさ的に、そう呼ぶと決めているらしい。


「わたし、今度こそ。世界救うからね?」


「うん。がんばって」


 かろうじてそれだけを口にして、眠った。


 数年前。同棲をはじめてすぐ。


 サイバー空間を経由して、人ではない何かが、世界に攻めてきていた。


 彼女は、最前線でその侵攻を食い止める、エース。

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