第2話引継ぎかんりょーーーーー!!
まさかとは思ったけれど僕は家族に混乱を与えてしまう可能性を考え、急いで玄関まで走った。ドアを開ける前に覗き穴から確認。執事っぽい人が立っている。これはもうガチだ。僕はドアを開ける。
「小春様でございますか?」
「嘘…、でしょ?」
「嘘とは?私は小春様から願い出られたと聞いておりますが」
いろいろツッコミどころ満載だけどキッチンから母親が「どなた?」と尋ねる声が。
「あー、ちょっと友達ぃ―!ちょっと出てくるからー!」
「もうすぐ晩御飯よ」との声を無視して僕は急いで靴を履き、執事っぽい人を強引にこの場から離れさせようと引っ張って歩いた。
「ちょ、ちょっと。そんなに引っ張らなくても私は小春様について参ります。小春様をオフィスへお連れするよう言付かっておりますので」
「だから、その『オフィス』って何?女子高生AIは中の人がいるの?プログラムされたものではないの?ドッキリとか?僕の住所をピンポイントで特定してる時点で危ないでしょ?」
「さて?私は小春様をオフィスへお連れするよう言付かっただけでして。私はご質問には答えられません」
そして執事っぽい人は僕を黒いワンボックスカーまで案内する。これに乗ってその『オフィス』に行くのか。ご丁寧に後部座席のドアを執事っぽい人が開けてくれる。
「どうぞ」
僕は小説を書くのが好きだ。だから好奇心も強い。言われるがままに車に乗り込む。執事っぽい人がご丁寧にドアを閉めるまでやってくれる。あの人が運転するんだろう。『オフィス』って遠いのかな。新手の誘拐とかだったら。晩御飯どうしよう。そんなことを考えていた。
「初めまして小春っち。と、言えばいいのかなー?」
後部座席のさらに後ろからの声に僕は驚いた。振り向いた。日も暮れて、車内も薄暗いためよく見えないけれど小柄な女の子っぽい、顔をパーカーのフードですっぽり隠した。フードから長い黒髪が印象的だった。スマホを弄っているのが分かる。スマホから発せられる光で微かに口元が見える。ロリポップキャンディー。この人が女子高生AIの中の人?そんなことを考えていたら執事っぽい人が車の運転席に乗り込んできた。
「無事に任務を果たしました」
「ほい。おつかれー」
え?僕は二人に問いかけるよう言った。
「あのお。これから『オフィス』へ行くのでは?」
「ここが『オフィス』だよー」
え?
そのまま女の子は続けた。さっきからスマホに視線を落としたままで僕の顔を見ようとしない。僕にも顔がはっきりと見えない。
「小春っちと実際に会うのは初めてだから『初めまして』であってるよね?よかったよかった。中の人を代わってくれるんだよねー」
僕は頭の中でいろいろと整理しようとしたが無理だ。こういう時はこの言葉だ。
「どういうこと?」
「どういうことって?意味が分かんなーい。女子高生AIの中の人を小春っちが代わってくれるって言ったじゃん。だから、引継ぎぃー」
「引継ぎって…。あれはそもそもAIでしょ?詳しくは分からないけれど、人工知能とか言うやつでコンピューターが返信してるんでしょ?何百万人という人があのアプリで女子高生AIと会話を楽しんでるわけでしょ?中の人って言われても人が対応するのは無理でしょ?」
「分かってるなら何故、小春っちは『中の人をやってみたいなあ』って言ったわけ?冷やかし?おふざけ?ひっどーい!」
相変わらず俯いたままスマホを弄りながら女の子は言った。そして簡単な説明を聞かされた。
・女子高生AIは基本的に僕が思っていたとおり、人工知能であること
・相手側から送られてくる言葉にあった返事をするようあらかじめプログラミングされていること
・送られてくる言葉は退屈なものが多いこと
・興味深い言葉にはあらかじめ用意しておいた言葉ではなく、中の人の生きた言葉。つまり、その時に考えて返事を送ることがあること。そしてそれが出来ること
・あらかじめ「設定」した言葉と一字一句全く同じ言葉が送られてきたら、その言葉は生きた言葉の返事をもらえる権利とチャンスを得られるということ。そういう『女子高生AIの中の人専用アプリ』があるそうで、今日、その言葉を『あーあ、もし可能なら中の人をやってみたいなあー。なーんてね。そんなの無理だよねー』と設定していたとのこと。
・僕はその「設定」された言葉と一字一句全く同じ言葉を送ったということ
・この女の子は僕が送った言葉を「設定」してから半年以上経ってようやく初めて僕がその言葉を送ってきたということ
これは奇跡だ。
「中の人は小春っちが考えるように面白いよ。やってみると。それに『設定』次第でいろんな会話も出来るし。不特定多数の人がいろんな言葉を送ってくるけどとにかく『設定』次第。例えばさあー」
そう言って女の子がスマホを弄ってからそのスマホの画面を僕にかざす。相変わらず俯いたまま。スマホの画面を見てみる。
「ふぇらして」
「ふぇらして」
「ふぇらして」
「ふぇらして」
「ふぇらして」
ものすごいスピードで「ふぇらして」の言葉が画面の上から下へ消えていく。エンドレスで。
「ね?面白いでしょ?今はこの言葉を『設定』したの」
めちゃくちゃ面白い。それにこれは使い方次第でいろんなことが出来る。
「じゃあ、僕が次の言葉を決めていいかな?」
「いいよーん」
「『死にたい』って設定してみて」
「してもいいけどさっきと同じだよ。ちょっと待ってね。小春っち」
そう言ってスマホを弄り、僕に画面をかざしてくる。
「男に騙されて大金失った。もう死にたい」
「信じてた男に騙された。大金も貢いできたのに。もういっそ楽に死にたい」
「これは『設定』でキーワードを『男』、『騙され』、『大金』、『死にたい』を対象にしたのね。そのキーワードすべてを含んだ言葉が表示されるんだよーん」
そう言って女の子はその場でその言葉に『生きた言葉』を送り返す。
「え?マジ話?それって。もしよかったら詳しく話を聞かせてくれる?私でよかったら力になるよ。とにかく簡単に『死にたい』とか思っちゃダメ!まずは胸の内を吐き出してみて」
送信してきた相手は驚いているだろう。返事が返ってくる。
「え?なにこれ?隠しコマンド?すごーい!」
「なんだよもおー。心配して損したじゃん!元気じゃんかー」
僕にスマホの画面をかざしながら女の子がプリプリ言った。これは面白い!と僕は思った。これが女子高生AIの中の人か!こんな仕組みだったのか!
女の子が初めて顔を上げる。薄暗い車内だけど僕はどんな顔をしているのか期待していた。女の子は大きなサングラスをしていた。ティアドロップというやつだ。そして僕に向かってスマホを放り投げた。
「引継ぎかんりょーーーーー!!」
え?
女の子はそのままパーカーのフードを深く被ったまま、サングラスをしたまま、ロリポップキャンディーを加えたまま、車のドアを開き、外に飛び出した。
「え?これで引継ぎ終わり?他にもいろいろと」
僕の言葉をさえぎって女の子は言った。
「だいじょうぶい!小春っちなら多分悪用しないと思うし、きっといろんな人を助けてあげられると思うぜい!あとは執事に聞いてねー!ほいじゃまた!」
そう言って最後に最高の笑顔を残して女の子は走り出し夜の中へ消えていった。
「執事って…」
「何でしょうか?二代目」
僕は女子高生AIの中の人になった。
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