日常短篇集

星乃ユウリ

あの横断歩道で



駅前の横断歩道で

僕は思わず振り返った

懐かしくて 優しくて 甘い 

あの頃の匂いがしたからだ


僕がしばらく忘れていた

紛れもなくあの人の匂いだった


あの頃、僕は高校生ながらにして、

モーニングルーティンを決めていた

それは必ず平日、朝の7時45分に

この駅前の横断歩道を通ること


理由は、あの人に会うためだ

長い髪を靡かせて、いつも朗らかな顔をしたあの人に会うため

ただそれだけのためだけに

この横断歩道を通ると決めていた


今思えば、それが僕の初恋だった


話したことも、もちろん触れたこともない

それなのに、彼女の横顔と立ち振る舞い、匂い、何もかもに魅了されていた


しかし、僕の初恋は突然終わりを告げた

それはある日曜日のこと

あの横断歩道で偶然、あの人を見かけた


彼女はすらっとした見知らぬ男と笑いながら歩いていたのだ

今思えば、二人が男女の関係だったかどうかさえわからない


だが、あの当時の僕にはあまりに衝撃的だった

彼女の知らない部分を

見せつけられたように思えて

あの横断歩道の前で一人立ち尽くしたことを今でも思い出す


話したこともないあの人に勝手に恋をしていたのは僕の方なのに


今は僕も大学生になり、

本当の恋も少しだけ経験した

もうあの人のことはすっかり忘れたはずだったのに

この横断歩道で通り過ぎた女性の香水の匂いがあの人に重なって


あの人はどうしているだろう

きっと今でも彼女は素敵なんだろうと

思い出せずにはいられなかった


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