第2話 入隊試験
──突然、山の何処からか雷が落ちたようなけたたましい音。
「なっ、なんだ……?」
雨の匂いはしないし、空は光らなかった。だが、今の物凄い音は雷のような音。
音のした方向に視線を向ける。
「……とりあえず行ってみるか」
太刀緒を締め直し、抜けないよう押さえつつ森の中を走り出す。
『先程の音はなんでしょう?』
美夜の声だけが横から聞こえてくる。
「分からない。山で聴く雷の音とよく似ていたけど……この空じゃあおかしいよな」
澄み渡る青空、通り雨の雨雲など一つも無く、午前の涼しげな陽の光が降り注いでるだけ。
『なんでしょう……進行方向から私に近い匂いを感じます』
「平霊か荒霊の匂いってこと?」
『ええ、この山は色々な臭いで満ちているので確かではありませんが……濃い匂いが正面から漂ってきます』
「なら、今以上に気を引き締めないとな……」
荒霊が出たとなれば、式神相手より一層警戒しなくてはならない。
しばらく森の中を進んでいると――正面方向から木々の倒れる大きな音が聴こえてくる。
「なんだ……?」
感覚的に距離があるが、次第にこちらへと音の発信源が近づいてきてるような……
徐々にこちらへと近付くように断続して聴こえてくる木の倒れる音。
そして、目と鼻の先の木が悲鳴を上げて倒れ――草むらから何かが飛び出て来た。
「えっ」
なんと飛び出てきたのは、自分と同じ形の制服を身に着けた女子。
ど派手に地面を転がって受け身を取ると、立ち上がると同時に走り出し――こちらへと近付いてくる。
「来て!」
問答無用と言わんばかりに手を取られ、半ば引きずるように走り出す。
「ちょっ、ちょっと⁉」
「潰されたくなければいいから来て!」
真後ろから大きな音。思わず振り向くと――
「げえっ⁉」
――10メートル程の距離。自分の背丈のゆうに2倍はある巨体の式神が、木々を薙ぎ倒して近付いて来ていた。
パーツの無いのっぺり顔に、大木の様な四肢と大きな身体。
式神がおもむろに足元にあった倒木を掴み――
「やばっ……!」
女の子の身体を抱きかかえながら地面へと飛び込み――頭スレスレの所を倒木が通り過ぎる。
土と小石が頭や身体に降り注ぐ。
(今のを食らったら死ぬ……!)
女の子を背中に立ち上がり、膝立ちに太刀を構える。
月季の稽古で散々やらされた丸太受けと同じか、もしくはそれ以上か……少なくともまともに食らえば骨折か全身打撲なのは間違いない。
再び式神が動き出し、緩慢な動きで丸太を振りかぶる。
(今!)
立ち膝からの颯歩で低い姿勢のまま頭から式神に突っ込む。
振るわれる丸太。
さらに身体を落とし――地面に片手をつき、這うように式神の足元へと滑り込む。
水の型『
片脚を撫でるように切り飛ばし、巨体が傾く。
(文言は……背中か!)
太刀を握り直し、背後から斬り上げ一閃。たちまち大きな身体が小さな紙切れになって地面に落ちてくる。
「ふーっ……」
掠り当たりだけでも丸太の威力だったら吹き飛ばされていただろう、当たらなかったのが幸運である。
頭や肩に降り注いだ土塊を手で払い落とす。
ふと視線。思わず見れば、地面に座り込んだ女の子が驚いた表情でこちらを見ていた。
(そうだった……まずは今の状況を確認しなければ)
逆手に握り直し、敵意が無いことを表しつつ女の子へと足を踏み出す。
素早い身のこなしで腰に帯びた刀に手が伸びる女の子。
「ええと……俺は敵じゃないよ。ほら、同じ学園の制服だろ?」
自分の着ている制服を見せると、柄に掛かっていた手が離れる。
「……ごめんなさい、緊張してたの」
「いやいいんだ。それより、今の状況がどうなっているかを知りたい」
「今の状況?」
「ああ、試験なのは間違いなだろうけど。他の受験者やここが何処なのか知りたいんだ」
年齢は自分と同じだろう。同年代の女の子にしては高めの背丈と、朱色の紐で結った黒い髪が印象に残る。
「他の受験者は見てないわ。この山は少なくとも新都の近郊では無いのは確か、だって新都にある近くの山間部はここまで深くはないもの」
「なるほど……それじゃあそっちもここが何処だか分からないと」
「ええ、他の受験者とは会っていないの?」
初めて見る、僅かに灰色みがかった青色の瞳がこちらを見つめてくる。
「ああ、君が最初の一人だ。君の方では他に人を見た?」
「いいえ、同じく貴方が最初の一人」
山の中で右も左も分からないまま人に出会える確率はかなり低い。この人と会えただけでもかなりの幸運ということか。
「そうか……どうやら、あそこの会場にいた新入生達は皆、入隊試験の為に山に飛ばされたみたいだ」
「飛ばされた?」
「ああ、力のある荒霊なんかが使う術らしい――でも、山に来る前のあそこに荒霊の気配は無かったから話の辻褄が合わなくなる」
「うーん……色々と情報が不十分ね――ところで自己紹介がまだだったわね。私は真澄奏」
「自分は源智慧。どうもよろしく真澄さん」
名乗ると眉をひそめる女の子――もとい、真澄さん。
「源? 刀士遣で源と言ったら……」
「そう、刀士遣開祖の源氏一族さ。今は山奥の限界集落に住むただの貧乏人だけど」
ただそう聞かされて生きてきた。自分は刀士遺の開祖の血を引いていると、自分は荒霊を祓うことに命を賭せと。
「本当にそうなの? 宗家の情報が少ないから騙りが多いってよく言われてるけど」
そう言う話は初めて聞いた、源の名を名乗ったところで一体なんのメリットがあるのだろうか……
「ああ、普通の人は毎日の様に荒霊から狙われないだろ?」
「……その噂も本当なの?」
刀の柄に手を掛ける真澄さん。
「ああ、だから刀士遣になるために来たんだ。それ以外の選択肢なんか無いからさ」
――音は3つ。周囲の草むらが揺れる。
「ところで式神が来ているのは気付いているかな」
「もちろん」
「見たところ君の刀の腕は中々の物みたいだし自衛は出来るよね?」
「馬鹿にしてるの? 子供の頃から刀を振っているし、荒霊だって何度か祓ったことがあるわ」
「えっ刀士遣になる前に?」
「その話は後、来る!」
刀を抜きながら真澄さんが反転、草むらから飛び出してきた山犬サイズの式神の爪が迫る。
下段から鋭い呼気と共に斬り上げ一閃、右前脚を刎ね飛ばし、素早い返しの太刀で胴を斜めに斬り裂く。
(確かに『斬り慣れてる』な……あながち誇張では無さそうだ)
こちらの式神は2匹同時で、お互いの動きを補完するような統率の取れた動き。
1匹が素早く爪を振るい半身でスレスレを避ける。
間髪入れずにもう1匹が横から飛び掛かる。
(そんな初歩的な動きに騙されるかよ……!)
口腔を平突きで貫き、そのまま身体を二枚おろし。
最初の1匹が足元目掛けて噛み付いてきたのをその場で跳躍。
頭を踏み付けもう一度跳ぶと、空中で首、胴、尾の順番に輪切りにする。
着地と同時に文言を斬りつけ破壊。紙切れが地面に音も無く落ちる。
「……君、本当に強いのね。どこの流派――」
真澄さんが納刀しつつこちらへと歩みを進める。
――その真後ろ、突如音も無く地面から立ち上がる式神。
「なっ……⁉」
間に合わない。
「え――」
真澄さんの振り返った頭めがけ爪が振り下ろされ――轟音が鳴り響いた。
眩い閃光と共に式神が弾き飛ばされ、燃えながら地面に落下する。
『――おい奏! 紙切れ程度に後ろ取られるなんて気が緩んでるんじゃねえのか!』
何処からか聞こえてくる子供の声。
すると、真澄さんの肩当たりで何かが動く。
「うるさい白藤、後ろから来てたのは分かってたから!」
『本当かぁ? 完全に反応が遅れてたぞ』
姿は見えないが、何処か小生意気な印象を感じさせる声。
すると、肩から明い白色の小さな細長い何か――小動物が降りてくる。
尖った鼻先に小さな三角耳と細長い胴体と短い手足。
尻尾も足して大きさは50センチほどか、実家の裏山で何度か見かけた事のある外見。
「は、ハクビシン……?」
瞳が黄金色なのと、身体が白色以外は完全にハクビシンである。
『ハクビシンだぁ⁉ 小僧、そこら辺の獣と一緒にするんじゃねえよ!』
音を立ててハクビシンから小さな雷のような物が走ると、足元の地面を打つ。
「わっ⁉」
「こら! 他所様に雷撃たない!」
ハクビシンの首根っこを無造作に掴み上げると額を柄頭で小突く真澄さん。
「だ、大丈夫だよ別段問題は無いから」
牙を見せて威嚇してくるハクビシンもどき。
「ええと、とりあえず君に怪我が無くて良かった」
「えっ? ああ、うん白藤の雷で当たる直前に打ち落としたから何ともなかったわ」
すると、真澄さんの手から脱出したハクビシンもどき――白藤が前脚の爪でこちらの靴を掻いてくる。
『オイこら小僧! 俺様はハクビシンじゃなくて雷獣だ! 次間違えたら雷落とすぞ!』
「雷獣? それじゃあ君は荒霊なのか」
脇の下を持って抱き上げる。
『そうだ、俺様は後ろの奏の主だ。まあ、訳あって一緒に行動してやっている』
「また嘘言って……何時になったら負けを認めるのよ」
真澄さんの呟き。
「なるほど、だから君から敵意や殺気を感じないのか」
猫を抱きかかえるように腕に抱える。
『だぁー! 俺はペットじゃねえ!』
身体をよじって地面に落ちると、滑るような身のこなしで真澄さんの肩に登る白藤。
「白藤の口の悪さで気分を害しちゃったらごめんなさい源くん」
「えっ? いや、見慣れてるから何ともないよ。しかし、刀士遣になる前から荒霊を祓うなんて真澄さんて本当に強いんだね」
先程の会話からして、白藤は真澄さんが学園に来る前に祓って従えている元荒霊なのだろう。
――雷獣は落雷を始め大半の雷被害の原因とされる荒霊である。外見や大きさから脅威と思われないが、実際に相手すると中々に危険な荒霊。
当たればほぼ即死か大怪我の雷を自由自在に操り、斬るにも小さな体躯で刃を当てにくかった――そんな記憶がある。
「なんだか貴方に言われると歯がゆいというか……凄い違和感」
僅かに渋面を浮かべる真澄さん。
「どうしてまた?」
「源くんは宗家の人間でしょう? さっきの剣術といい体捌きといい、一朝一夕で身につく物じゃない」
「……今さっきのだけで分かったと?」
「まあね、こう見えても新都で道場開いている剣術一家の娘だから。源くんの流派は?」
「流派?」
「そう、剣術でも色々あるじゃない。源氏関係だと鞍馬流、京八流、始流とか」
「いや、特に何も言われずに教えられたから特には……」
「そうなの?」
「ああ。名乗りを上げる前に斬れ、斬って来たら斬り返せの泥臭い剣術くらいとしか」
「なら大昔の実用性重視の合戦剣術かしらね」
気のせいだろうかこの真澄さん、刀の話になると少し声音が少し高くなるような……?
『小僧、奏は剣の話になると長くなるぞ』
「ちょっと余計な事言わないでよ!」
何とも仲の良いやり取りである。
「ごほん……とにかく、刀士遣になるための試験を合格する、それが共通の目的よね」
「ああ」
「――だから私と組まない?」
「組む?」
「そう、一人より二人で戦った方が安全ではあるし。言ってしまえば注意が二つに分かれるから狙われる確率も低くなる」
「なるほどね、理にはかなっている」
「どう? お互いに悪い話ではないと思うの」
真澄さんの言い分は大いに同意できる。一人だと危険な場合でも二人であれば対処できるだろうし、白藤の雷は燃えやすい式神には相性がいい――
「……でも、俺は宗家の人間。刀士遣の話に詳しそうな真澄さんなら、呪いの噂は知っているだろう?」
「『荒霊に寄られる』呪いの事?」
「そう、今こうしている間にも式神以外の危険な荒霊が迫ってきているかもしれないし。もしかしたら、式神も優先的に狙ってくるかもしれない。俺と一緒に行動するってのはかなり危険か伴う」
「――そんな事? 新都なんて週一ペースで何かしらの荒霊が暴れてたし何とも無いわ。むしろ鍛錬には丁度いいくらい」
「へ」
「だから私は問題無いわ。他の流派の人の動きも見てみたいし、刀士遣としての経験を積むには現場で荒霊を祓うのが一番だしね」
「いや、あまりお勧めはしないんだけれども……想像より危険だよ」
「じゃあ勝手についてく。それなら問題ないでしょう?」
どうやら予想以上に頑固な性格のようである……
『智慧』
音も無く上から降って来るように現れる美夜。
「どうしたんだ」
『外で人目を気にせず乳繰り合うのは結構ですが――近くに荒霊がいます』
「もう気付かれたか、方角は?」
『酉の方角、色々な気が充満しているので確かではありませんがここからそう遠くないかと』
酉――というと西の方角か。
「真澄さん、後は君の自由にしてくれ構わない……だけど戦っている最中に他の人を気遣うなんて器用な事は出来ない、それを伝えておくよ」
太刀を握りつつ颯歩で走り出す。
「ちょっと!」
後ろから真澄さんの叫び声が聞こえてくるが、構っている暇はない。
『こっちです!』
美夜が伸びる木々の枝から枝へと身軽に跳びながら誘導してくれる。
山の斜面を飛ぶように走り、岩場や障害物は飛び越えて森の中を進む。
『前方に濃い気配が!』
見れば先に森の拓けた空間が木々の間から見える。
一瞬、木々の隙間から大きな『何か』が見える。
「確かにいるな!」
太刀を抜き、鞘を背負いさらに速度を上げ、拓けた場所へと飛び出す。
数メートル先、広場の真中に立つ1匹の大きな――狒々。
丈はゆうに2メートル以上はある体躯、黒茶の短い体毛と獰猛そうな猿の顔。
荒霊だと分かるのは口からはみ出る程に伸びた黄ばんだ牙と鋭い爪に、二つに別れた尾裂き。
そして、狒々の目の前に立つ一人の男子と、その後ろで短槍を構えた一人の女の子。
「美夜!」
『はい!』
応じるように美夜が片手を地面近くまで下げる。
『せーのっ……!』
速度を付けて美夜の手に乗ると――衝撃と風が身体を襲う。
振るわれた勢いを利用して大きく跳躍。なだらかな放物線を描きながら狒々へと跳ぶ。
「こっちだ大猿っ……!」
空中で火の構え、両腕に力を込め全身を使った勢いを乗せて刃を振り下ろす。
火の型『火滝』
骨と肉を斬る感触。狒々の右手を斬り飛ばし、振り下ろした勢いを使って縦に回転しながら大腿を斬り裂く。
着地し頭上から鼓膜が割れんばかりの悲痛な咆哮。
音を立てて狒々が右に倒れる。
(狒々は頭を斬らないと死なない)
当たれば吹き飛ばされてしまいそうな程の勢いで四肢をバタつかせ悶え暴れる狒々。
「今の内に逃げろ!」
後ろの二人へ叫ぶと一拍間を置き、逃げるように森へと隠れる二人。
「よし……これで気にしなくて問題無いな」
狒々はかなりの高齢の個体でなければ意思疎通は計れない。先程の襲いかかろうとしていた様子から、知能は無いのだろう。
切っ先を下に向けながら暴れる狒々に近付く。
飛んでくる大きな拳。
固められた拳を打ち上げるように斬り上げ、大きく体の内側に入る。
鼻をつく獣の臭いと――身体にこびり付いた血の臭い。
(喰ったのが動物だけなのを祈るしかない)
両側から抱き潰すように迫る両腕。
脇の下をくぐり抜け腕が髪を掠る。すれ違いざまに脚を斬り離した狒々の身体が傾き、背中を踏み台に蹴り上がって――下がった頭の頸目掛け刺突を放つ。
金の型『
湿木を手折った様な嫌な音と硬い感触。
狒々の巨体が大きく震え、顔から盛大に地面へと突っ伏す。
地面に危なっかしく着地。刃に突いた血と体液を振り払う。
狒々がビクビクと痙攣しながら息絶え――血の匂いが辺りに漂う。残心しつつ内心で合掌。
さっさと頭の中を切り替え、先程の二人の姿を探そうと見渡し――森の端からこちらを見ていた男子と目が合う。
キョロキョロと周囲を見渡すと、木の陰から出てくる男子。
「ええと……」
「――凄えなおたく! あのデカブツをものの数秒かよ!」
テンションの高い第一声。
「え? あ、ああうん」
「森の中から飛んで来たよな!? まさか荒霊なんかじゃねえよな……⁉」
「いや、普通の人間だけど……」
「いやいや普通の人間はあんな速度で飛ばねえって――月島ちゃん、出てきても大丈夫だぜ」
男子が振り返り叫ぶと、森から藪の揺れる音。
見れば先程の短槍の女の子。
槍の穂先を下に向けつつこちらへとやって来る。
「荒霊?」
「人間だとさ」
「信じ難い」
このやり取り感じからして二人は既知の仲なのだろうか?
「まあ何だろうが助けてくれたのに変わりはねえさ。いやいやいホント助かったぜ」
「それについては同意見。ありがとう」
「いや、危ない目に会ってたからそれで……お礼なんて」
もし自分が向かっていなかったら二人は今頃狒々に食われていたか、叩き潰されていたかもしれないのだ。
「いやあ、世の中にはおたくみたいにべらぼうに強え奴もいるんだな――ああそうだ、お互いに名乗ってなかったな……俺は芦屋祝、こっちの鉄面皮ちゃんは月島渚だ」
容赦無く芦屋を槍の柄で蹴り入れる月島さん。
「その……随分と親しいようだけど……2人は友人?」
「いいや」
「え」
「いやあ山で式神に追っ掛けられてよ。何とか逃げ切ったか? って矢先に別な式神とやり合ってる女の子が居たもんだから格好良く助けたのよ」
「実際は遠くから石投げただけ」
「まあ、それで運良く式神の文言が破れてよ。ご挨拶にと近付いたら槍で脇腹ぶち抜かれそうになったんだわ」
「荒霊だと思った」
「だからって腹部狙って槍で突くかね?」
サラッとお互いに喋っているが、下手したらかなり危なかったのでは……
「まあ、そんな訳でお互いに山で生き延びましょうって同盟組んだ矢先に――さっきの荒霊さ」
「ええと……とにかく何やかんやあったって事でいいと?」
「おう」
歯を見せてにこやかに笑う芦屋さん……楽観的というか色々と軽い。
「ああ、こちらの自己紹介が済んでなかった。源智慧、よろしく二人共」
予想通りの驚いた表情。
「源で刀士遣って言うと……あの?」
「そうその源さ。名だけの没落一族だけどね」
「なるほど、あの剣の腕に合点がいく」
「鍛錬ゆえの成果だよ。源が特別って訳じゃない、伴獣を従えた刀士遣ならああいう動きは当たり前だろ?」
木で投げられるのは普通ではないが、自分の剣は『荒霊を斬る』ためだけの物。他の剣士や腕の立つ刀士遣に比べたら雑で荒い技である。
「まあそうだけどよ……刀士遣になる前から本職顔負けの動きしてたぜ? 伴獣は居ねえはずだよな」
「ああ」
――人生らざる存在である荒霊を祓う刀士遣は普通の人間や普通の力では歯が立たない。
では、圧倒的な力の差がある場合どうすればいいか? その答えは自分の遠いご先祖様が見つけており、現代にまで連綿と受け継がれている。
答えは単純明快『相手である荒霊と同じ力を得れれば良い』実にシンプルで普通では無い答えである。
祓った荒霊や友好的な平霊を常時伴わせ、人生らざる力を借りて相手である荒霊と同等の力を手に入れる。
この単純ながら普通では無い答えを自分の先祖は実践し、現代の刀士遣では当たり前の事として根付いている。
生家の記録では刀士遣の強さは伴獣の力によって顕著に変わると残っていた。
しかし、スタートの段階で何人もの人間を喰らっている荒霊や、神仏に近い平霊を説得などとかなりの至難の業だったらしく。刀士遣発足当時は己の肉体一つで荒霊を祓っていたと言う――
「うーん、それじゃあ話が合わねえもんなぁ……」
こちらとしてはそんな事は今まで気にしたことも無かったので、なぜ気になるのかが分からない。
「まあこっちの話は置いといて……それより、今の試験の事の話をした方がいいんじゃないかな」
「そりゃそうだわな。智慧は東の方から来たけどよ、何かしらあったか?」
「いや全く。高い所から見下ろして軽く見渡したけど、ひたすら山が広がっていたよ」
「沢なり人工物なりがあれば何とかなんるんだがなぁ……月島ちゃん、なんか良い案ない?」
「山で遭難したら普通は頂上まで登るか、その場で目印を作って救助を待つ」
「だよなあ。後は俺達より現状を把握している奴と合流するか……そういや智慧は俺達以外に誰か見たか?」
「ああ、真澄っていう女の子が。ちょっと色々あって別行動している」
「真澄……? もしかして天國流の真澄一族か」
「彼女を知ってるのかい?」
「同じ新人同士なんだしタメ口でいいぜ。それに名字で呼ばれるとこそばゆいから名前で呼んでくれや」
「それならお言葉に甘えるよ。で、彼女とは知り合いなのか?」
「いいや、あちらは俺を知らねえだろうが俺はあっちを知っている」
「ストーカー?」
月島さんが僅かに眉をひそめる。
「ちげえっての! その真澄さんとやら、刀士遣業界じゃあ比較的有名人なんだよ」
「そうなのか」
「ああ、新都で剣術道場を開いている『天國流』っていう剣術一家でな。刀士遣が大っぴらになる前から活動していて、なおかつ優秀な刀士遣を排出する――まあ剣術の名門一家みたいなもんよ。『天國の刃は雷の如し』って文句知らねえか?」
「あー……少し前に新聞か何かで見たような気が……なるほど、だから試験の段階なのに伴獣を連れてたのか」
「そうそう。で、どうだったよ?」
「どう?」
「おいおい、例の真澄さんだよ。雑誌の写真でしか見たことなかったから本物を見た感想を聞きたいんだ」
「いや、普通の女の子だったけど……」
「かーっ! そういうのじゃなくて美人かどうかってことだ!」
「ああ、そっちの話か……ていうかその手の話を女子がいる前でするか?」
月島さんの顔色を伺う。
「私は別に」
「あ、左様で……」
同年代の女の子と話した事がほぼ無かったので、美夜からしかこう言った事は聞けなかった――多分かなり偏ってはいると思うが。
「まあ、普通に綺麗だったよ」
「おお! そうかそうか、やはり噂通りの人かあ。早くお話してみたい物だぜ」
「――私が何か?」
「うおっ⁉」
突然の真後ろからの声に思わず声が出てしまう。慌てて振り向くと、すぐそこに居たのは――
「ま、真澄さん?」
いつの間に近付いていたのか、腰に刀を吊るした真澄さんが涼しい顔でいた。
「かなり探したわ源くん」
颯歩と美夜の強引なぶっ飛ばしを使ってもかなりの距離があった筈だが……どうやって自分達を見つけたのか。
「私、来るなって言われると来ちゃうタイプだから。よろしくね?」
肩にポンと手を乗っけられる。
「……怪我しないことを祈るよ」
真澄さんの肩に乗った白藤の同情するような顔。
「それで、貴方達も同じ受験者?」
祝と月島さんに向き直る真澄さん。
「お、おう」
「右に同じく」
二人も突然の出現にかなり面食らっている様子。
「――はぁ安心した。他の受験者が見当たらなくて心配してたの……ああ、私は真澄奏。よろしくね」
「どうも、俺は芦屋祝だ。こっちの女子は月島渚」
「もしかして……さっきの叫び声はあそこに横たわってる狒々?」
「ああ、若い個体が1匹。智慧が一人で早々にぶっ倒したから怪我とかは無いぜ」
やっぱりねと言わんばかりの表情を浮かべ、こちらを見てくる真澄さん。
(何でこんなに絡んでくるのやら)
いっそ月季を剣の指南役として紹介した方が早いか……
「でも狒々か……記憶が正しければ基本は個体で活動するけど稀に群れを作ったはずよね?」
「ああ、荒霊に堕ちる前の生前の習性が残ったりするとなるな。群れの狒々は見たことがねえけど――おいおい、まさかとは思うけどよ」
「そう、もし倒した狒々が群れの1匹だったら……少し厄介になるかも」
荒霊関係の知識を否が応でも叩き込まれたので2人の会話の意図が何となく分かる。
「ねえ智慧。群れだった場合どうなるわけ?」
月島さんが訪ねてくる。
「狒々は総じて獰猛な気性が多い、だから群れで行動している狒々の場合だと襲ってくる可用性が高い。あるいは尻尾巻いて逃げるかもしれないけど、後者は余程の事がない限りはありえない」
「つまりいつ襲われてもおかしくないって事?」
「そういう事だね――まあ、若い狒々の群れだと仲間が斬られた姿を見て警戒するのが多いか、こちらから刺激しなければ襲ってこないかな。逆に老齢の狒々が群れのリーダーだと、滅茶苦茶面倒になる」
「さっきの奴は……結構若かったよな」
祝が思い出すように呟く。
「ああ、肉や骨も堅くなかったし野生動物だけしか食べていなかったんだろうな」
老齢の個体となると身体自体が強固になる。そうなると刃は通りにくいし、ナマクラ刀で斬ろうものならあっけなく折れてしまう。
「ちょいと警戒したほうが良さそうだな」
「ああ、1匹なら何とか出来るけど大勢で来られたら対処しにくくなる」
やれない事はないが他の皆に二次被害が行くかもしれない。
「でも、これからどうする訳? 行く宛もなく山を歩き回るのは得策じゃない」
真澄さんのごもっともな言葉。
「……しゃあねえ、あんまり使いたくなかったけど人肌脱ぎますかね」
祝がそう言うと制服の内側に手を入れ――1枚の細長い紙切れを取り出す。
「それは?」
「式札だ。とりあえずこれで空から山見渡して来るから見張っててくれ」
芦屋が札を器用に上へと投げ、素早く何やら文言を唱える。
すると、放り投げられた紙切れが不自然に宙に浮き、音も無く1匹の鳶に変身すると旋回しながら空へと上がってゆく。
「えっ、今のって……」
「芦屋くんが使役する式神でしょ」
「でも式神って言ったら陰陽師とか術師じゃないと扱えない筈じゃあ」
「そうよ? 芦屋くんは陰陽師だし式神を使役できるのは当たり前」
「えっ、そうだったの」
呆れたような表情の真澄さん。
「――こんなご時世に『私は陰陽師です』だなんてわざわざ言う奴なんざいねえからな」
目を瞑った祝が軽い調子で喋る。
「祝は陰陽師なのか」
「ああ、そんなに腕はよくねえし基本しか使えないけどな」
「そんな事ないさ。陰陽道を使えるなんてかなり頭が良い証拠じゃないか」
「お前さんに言われると何だかこそばゆいねえ――っと、何か見つけたぜ」
祝の眉間に僅かにシワが寄る。
「何だこりゃ……俺達のいる所から北西に見える山腹辺りかな、拓けた場所にテントみたいなのが幾つかある」
北西、最初に木から見下ろした場所からだと斜面で視界が切られていた方角か。
「……っと。範囲外になっちまった、ヘンテコな場所まで大体2キロくらいかね」
祝の目蓋が開かれる。
「テント? まさかこの山がキャンプ場とかそんなオチじゃないわよね」
「そこまでは見えなかったぜ――だが、この山はごん太な龍脈が通っている。少なくとも家族連れでキャンプする所じゃねえのは確かだね」
流石は陰陽師、土地の力の流れである龍脈の規模まで分かるとは。
「とりあえずそこまで前進?」
月島さんが北西を指差す。
「それしかないでしょう。このまま待機していたら狒々の群れが来るかもしれないし、移動するなら速めに動かないと」
真澄さんの言葉が決定打となり、突貫の四人組が出来上がった。
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