マリオンとアンドレアの冒険ノート〜双子姉妹の旅〜

@waca

アディートの騒乱

モルモントの悪魔(全30話)

第1話 秘石術師《ルーニー》・マリオン

 ウオオォォォンン──


 一匹のデモン・ハウンドが私の目の前に飛び出してくると、遠く空に吠えた。


「またワンちゃんですか……」


 正直この展開には飽きていた。

 旅の途中、幾度と繰り返される同じようなシチュエーションにうんざりしている。


 ガサッ


 私が長いため息を吐いていると、道のわきの木の陰からいかにも悪そうな魔道士と筋肉ダルマの二人組が現れた。


「ヘッヘッへ、嬢ちゃん。その背負ってるモン置いてってもらおうか」


 筋肉ダルマがお決まりのセリフをのたまうのを聞いて、私の深い深いため息が再びもれる。


「あなた達は他に言うことはないのですか? かわいいですねとか、お食事どうですかとか」

「……はあ?」

「こっちこそ、はあ? です。何度目だと思ってるんですかこの流れ」


 私の言葉に野盗たちは呆然としている。


「街道歩けば野盗に当たる、なんて聞いてはいましたけど、たった一本の道でどうして四組にも絡まれなきゃならないんですか! 四組目ですよ! 四組目! ああン!?」

「ひィっ!」


 ひィ、じゃないですよ野盗さん。

 少女の悪態に引くくらいなら、野盗なんてやめちゃえばいいんです。


「ち、ちィ、舐めやがって! だがな、この犬はただの犬じゃねェんだ。命が惜しけりゃ──」


 私にそんなありきたりの脅し文句なぞきくものですか。


「デモン・ハウンド」

「なっ──」


 男たちが連れている犬の名前を当ててみせると、彼らは驚いた。


「低位も低位の魔族じゃないですか。そりゃあ普通の人にしてみれば怪我の危険もあるんでしょうけどね」


 魔族。人とは住む世界の違う生き物。

 大体は凶暴で人を襲うが、デモン・ハウンドくらいの魔族であればちょっとした契約と代償の魔法で使役することは可能だったりする。

 だからこういった野盗たちは、このワンちゃんを飼ってることが時々あるのだ。


 とはいえ魔族は魔族だし契約を結ぶだけの魔法の知識があるのは確かで、筋肉ダルマはともかく、デモン・ハウンドを使役していると思われるとなりの魔道士は、もしかしたら厄介な相手かもしれない。


 ああもう、こんな時にお姉ちゃんはどこまではぐれちゃったのよ……


 いろいろ考えていると、魔道士がゆっくりと話しだす。


「このデモン・ハウンドは秘石ルーンを敏感に嗅ぎつける。かわいいお嬢さん、ルーンを身につけているな? それをよこせば、私たちはほかの荷物には手を出さないと約束しよう」

「あら、他の野盗たちよりは少しだけ紳士的ですこと。だけど残念ながらこれは大事なものでして、野盗なんぞにお渡しすることはできないのです。申し訳ありません」

「ふん。後悔するぞ」

「どうでしょうね」


 緊張が走る。

 筋肉ダルマと魔道士が一歩身を引いて戦闘態勢をとる。

 筋肉ダルマが斧を構えて叫んだ!


「うおおお!」


 筋肉ダルマとデモン・ハウンドが迫ってくる!

 同時に、私は身に付けたルーンに意識を巡らせて筋肉ダルマとデモン・ハウンドめがけて呪文を唱える!


「下がれ!!」


 魔道士が気づき仲間に注意を促すが、遅い──!


炎円陣バル・キューブ!」

「うぎゃーっ!!」


 筋肉ダルマは噴き上がる炎の柱に黒焦げになって倒れ込んだ。

 しかし、わずかに早く届いた魔道士の声に踏みとどまったデモン・ハウンドは丸焼きを逃れた。

 一瞬ひるんだデモン・ハウンドだったが、すぐさまこちらへ飛びかかってくる!


 動きも早く、呪文で応じようにも狙いをさだめている余裕はない──ならば、


「守って! 石盾ドル・シェル!」

「キャウンッ」


 飛びかかってきたデモン・ハウンドは、私の前に突然現れた小さな石の盾に、見事に頭から激突して倒れた。


「やるじゃないか、お嬢さん──しかし」


 相変わらずゆったりとした口調で魔道士が話す。

 声に反応して彼の姿を見れば、ローブの下が淡く輝いていた。


「まさか、ルーン! あなたも秘石術師ルーニー!?」

「まだまだ駆け出しの身だがね! 暗澹あんたんの雲、大地を覆い、命を蝕め──紫毒霧ドク・ラ・フォグ


 魔道士が呪文を唱えると、見るからに危険そうな煙が生み出され、拡がってくる。

 これは──


「か、駆け出しなんて謙遜しすぎですよ!!」


 毒の霧の呪文。

 このような広い範囲に生み出す呪文が使えれば、いっぱしのルーニーだ。

 正直、油断した……

 私は袖で口元を覆いながら距離を取る。


 しかし、続けざまに魔道士の呪文が響く。


迅雷槍ライラ・ラ・アウロ!」


 ばぢばぢばぢばぢ


 一条の電撃が私の横をかすめていった。


 あっぶなかった!

 あんなものをまともに喰らったら意識持っていかれる!

 当たらなかったのは、きっとあちらからも煙のせいで狙いが定まらなかったのだろう。

 それにしたって、あいつ──


「さっきから位の呪文ばかりだなんて、ちょっとはやるじゃないですか!」

「褒めてるのかな? しかし強がらない方がいい。その毒はなお深さを増してお嬢さんを追いかける」


 魔道士の言う通り、濃さを保ちながら広がる毒の霧。

 その霧の中、魔道士の影が次の呪文を唱え始める仕草が一瞬だけ見えた。

 すぐに発動しないあたり、またそこそこの攻撃がくるのだろう。


 ほんと、厄介なんだから──!


 まずは霧をどうにかしなければ視界が悪すぎる。

 私も呪文を唱え始める。

 とはいえこの霧の量に対抗する呪文の完成には少し時間がかかってしまう。


「風よ、集まれ、見えざる砦となれ、汚れた風から私を守りなさい──」


 今度はに願いを込めて、私は力を解き放つ──よりも一瞬早く、魔道士の呪文が放たれた!


氷雨乱舞シャルル・ラ・レイン!」


 無数のつららが私の頭上に生み出される!

 狙いは定められないと見て、あたりをでたらめに攻撃するつもりなのだろうが──

 それが降り注ぐより早く、私の呪文も完成する!


霊風結界陣エル・ルク・フォート!」


 私の周りを風の結界が覆い、毒の霧の侵入を防ぐ。

 すぐさま空から無数の氷の雨が降りそそぎ、ジャキンと音を立ててまわりの地面を凍結させていく。

 しかし、魔道士の氷の魔法は私には届かない。

 間一髪で展開された風の結界が、毒の霧も、降り注ぐ氷の雨も弾き散らした!


ルク位だと──それに、身に付けてないルーンの力を呼びだした──!?」


 この魔道士、なかなかに目ざとい。

 ただの野盗というだけではなさそうだ。


「ふふん、私がとても可愛らしく可憐な少女だからって、甘く見ましたね!」


 身に付けたルーンであれば、その呪文はとても早く発動できる。

 そうでなくとも、経験とイメトレをしっかり積めば、身につけていなくても使えないことはないのだ。

 大抵の場合、そう上手くは扱えないのだけど。


 力量の差を悟った魔道士が愕然としている。

 私は満面の笑みを浮かべて声をかけた。


「さて、私にここまでさせておいて、タダで帰れると思わないでくださいね?」

「わ、わ、悪かった! 俺はこのまま帰る、だから──」


 情けない──

 命乞いをする魔道士の言葉を聞き流して、私はとどめの呪文を唱える。


「ゆ、許してくだ──」

「問答無用です! 爆炎破バル・ラ・プロジオン!!」


 ちゅどおおおおおおん


 私の放った爆発は、魔道士とその仲間たちを遠く遠くへと吹き飛ばしたのでした。


 あとには魔道士の持っていたと思しきルーンが転がっていた。


「知らない石だな──」


 ギュッと握りしめて交感を試みる。


 …………


 しかしなにも起こらなかった。


 小さなルーンは交感できる回数も限られてくる。

 交感がおこなわれるとその力を簡単に行使することができるのだが、このルーンはもう使い物にならないものだった。

 私はこの石ころを強く踏んづけて砕いた。


 ひとくちに魔道士と言っても、その魔力を形にする方法は色々ある。

 私たち秘石術師ルーニーはルーンを介して魔力を行使するし、黒魔術や精霊術は詠唱によって、神官(を魔道士と呼ぶと怒られるけど)などは祈りや信仰心によってそれを行使している。

 とりわけ、石を探し出して交感する、しかも使えるかどうか手に取るまでわからない、適性がなければ交感できない、そんな面倒な手続きが必要になる秘石術師ルーニーは珍しい部類の魔道士だろう。

 もちろんメリットもあって、交感が成立したルーンを身に付けておけば、そのルーンで構成する呪文の完成に要する時間はとても早くなる。

 さっき空に飛んでいった魔道士は召喚術もかじっていたようだけど、貴重な秘石術師ルーニーのひとりだったと思うともうすこし話を交わしてみたかった。


 それにしたって──


「アン姉、こんな一本道の街道のどこで何をしたらはぐれるのよ……」


 これだけ大きな音たてて暴れたのだから、近くにいれば気づきそうなものなのだけど。


「おーい! マリオンー!」


 その時、遠くから私の名前が呼ばれた。

 声の方へ振り向けば、お姉ちゃんが手を振って向かってくる。


「アン姉! どこいってたのよー!!」

「ごめーんー! はぐれてから急いで追いかけなきゃって走ったんだけど、逆だったのー!!」


 ……はい。

 私のお姉ちゃんは、方向音痴です。

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