脅迫! しつこく迫る狂気兼依存系女子!

「殺されたくなかったらわたしと付き合ってください! 」


わたしは叫ぶ。


「殺されたくなかったらわたしのこと、好きになってくださいお願いします! 」


わたしは彼にナイフを向ける。


この要求が、決して冗談でないことをわからせるために。わたしは彼が好き! かつてクラスでイジメられていたわたしを、救ってくれた彼が好き!


彼はその場に硬直して動けないでいる。イケメンでスタイル良くてスポーツ勉強どちらも完璧、人格も優しくて正義感があって、もうパーフェクトな彼! イジメられっ子だったわたしとは正反対の、神々しい彼!


きっと彼は人生で凶器を向けられたことなど一度もなくて、これが初めての経験で、とても恐怖を覚えてるはず。


ビビって震え上がっている彼は、あー、とても可愛い! わたしにはサド的なそういう趣味はないのだけれども、彼の目が恐怖の色に染まるのを見たその瞬間、なんだかお腹がグィンと捻れるような心地良さを感じた。


彼は最高の男の子だ。わたしにとって……というより全人類にとって、そう、全人類男性に精密な心理検査をおこなわせたところで、彼より人格の優れた男の子は見つからないと思う。そう、わたしは確信している。


だって……だって彼は、わたしが陰湿なイジメに遭っているの現場を目撃して唯一、「見て見ぬふり」をしなかった男の子だ。その上、彼は不愉快なイジメの主犯男女複数名を説得して、時には腕力を使って、わたしに対するイジメを根絶してしまったのだ。


その時からわたしは彼のことが好き。


彼もわたしのことが好き。だから、助けてくれた。


……。


……ううん。違う。


違う。違うってわかってる。彼は優しいから、わたしに限らず誰のことでも助ける。無差別に。彼はとても親切。


でもわたしは彼の特別になりたい。彼に好きになってほしい。私のことだけ、助けてほしい。ほかの女のことは助けて欲しくない。醜いと言ってくれてもいい。


これがわたしの本音! そのためのナイフ!


私たちはしばらく睨み合っていた。彼は恐怖と哀れみの目でわたしを見ていた。その視線も、わたしだけのものにしたい。ほかの女にもその視線を向けることがあるのだとしたら、許せないかも。


いっそのこと、このままナイフで刺してしまいたい! 刺せば、少なくとも痛みとトラウマが、彼にタトゥーみたいにはりついて、一生消えないわたしの痕跡になる。その優しい視線もトラウマのせいで、きっと光を失うだろう。


私の手に力がこもる。いけない。筋肉を緊張させすぎたら狙いを誤る。わたしは一撃で、野球部エースピッチャーである彼の右腕を、見事、刺し貫かなければならない。自然体で、適度に力を抜いて、ふうっと息を吐く。それからしっかり大地を踏みしめて、重心の位置を調整し、いつでも彼にナイフをお見舞いできる体勢に。


本当は殺すつもりはないのどけれど、一応、繰り返す。


「殺されたくなかったらわたしのこと好きになって。恋人になって。お願いします! そうじゃないと刺してしまいますよ! ほら! ほらほら!」




「ホラホラじゃねーんだワ陰キャキモ女!」




背後から怒鳴り声が聞こえたかと思うと、わたしの手からナイフがなくなっていました。


わたしの腕が何者かに蹴り飛ばされたのです。その衝撃でナイフがあらぬ方向に飛んでいってしまったのです。


見るとそこには【クソ女】が立っていました。全身を怒りで震わせて、醜い顔をしています。


【クソ女】というのは彼の、カノジョです。チア部のビッチです。校則違反の茶髪が笑えるほど似合っていない芋女です。彼をその汚いメス身体で誘惑した、発情メス猿です。



【クソ女】はさすがチアで鍛えているだけあってフィジカルは強いです。わたしはすぐに組み伏せられてしまいました。


後頭部を強く打ったので、痛い、と言いましたが、【クソ女】は鼻で笑って、自業自得やし、と吐き捨てました。



彼は優しいので【クソ女】の肩をがっちりつかみ、やめろ、もういいから、と引き剥がしにかかります。【クソ女】はそれに構わず、忌まわしそうな表情でわたしを見下ろします。



わたしは【クソ女】のブス顔を不快に思いながらも、なんとか心の落ち着きを取り戻して、彼に静かに語りかけました。


どうしてわたしを好きになってくれないんですか?


彼は答えます。


おれにはもう大事な人がいるから。おれは【クソ女】が好きなんだ。ごめん。


そう言って彼は【クソ女】を見る。【クソ女】も彼を見る。二人の目が合う。二人だけの世界がそこに展開される。あー虫唾が走ります。虫酸が疾走します。


再びわたしは問いかけます。


どうしたらわたしのことを好きになってくれますか?


なるわけないだろ、と【クソ女】が嘲笑いますが無視して続けます。彼の瞳だけを見て。


わたしを彼女にしてくれたらわたしはあなたにいっぱい尽くします。身も心も捧げます。ほら、見てください。【クソ女】よりもわたしのほうがとてもきれいな身体をしています。魅力的な身体をしています。


正直なところ、あなたがわたしをイジメから救ってくれたのは、下心からじゃない? 本当は、わたしが可愛い女の子だから、わたしが魅力的な身体つきをしているから、ワンチャンあると思って無意識に、そういう英雄的な行動をしたんじゃないですか。


ねえどうなの、教えてください?

きっとあなたの望みを叶えてあげますけど。


【クソ女】はいい加減にしろ、とキレる寸前です。


でもそんな奴のことはどうでもいい。肝心の、肝心かなめの彼の心は、明らかに動揺していました。彼の心の動きなんて、わたしには手に取るようにわかる。


ようは、シンプルなのです。問題は。


彼はわたしのことが好き。好きじゃなかったとしても、わたしに興味をもってくれている。だからわたしを助けてくれたのです。彼がわたしを選んでくれないのは、ただただ【クソ女】の存在が障害になっているから。それだけのこと。


【クソ女】がいなくなれば、彼はわたしを選んでくれる。


結論は出ました。


わたしは彼に笑いかけて、


「ごめんね! 早く気づいてあげられなくて。邪魔ものがいるから、わたしたちこんなにも不幸だったんだね。うん、大丈夫ですよ! すぐに解決してあげます。わたし、やるときはやるんです!」


どういう意味だ? なにを言っているんだ?


彼の表情にそんな疑問が書かれています。


わたしはそれには応えず、ともかく、すべてを解決するための「行動」に出る。


わたしは気合を入れて、叫ぶ。



「くたばれ、ビッチ!」



あぅ、と、【クソ女】は口から情けない声をひねりだした。彼はと言えば、驚愕するよりも困惑するよりも早く【クソ女】を抱き上げる。遅れて、【クソ女】の表情が痛みによる苦悶に歪む!



鮮血!



【クソ女】の脇腹からは秩父の嶺の湧き水みたいに血がびるびると流れ出ています。わたしの「隠していたもう一本のナイフ」が【クソ女】の腹を切りつけたのです。


【クソ女】はわたしからナイフを一本奪ってそれで勝ち誇って油断していたからおめでたいですね。わたしが、スカートのなかに隠し武器を秘めていることを考えもしなかったのです。こういうことになるのはまったく自業自得。バカのツケ。


【クソ女】が痛い、とか、助けて、などど泣きわめくせいで人が集まってきました。彼はあろうことか【クソ女】の傷に応急処置を施している。わたしはこの場にいてもこれ以上どうしようもないので、去りました。


【クソ女】の救急搬送騒ぎを見物する趣味はありません。


これで彼はわたしのもの。

これから一生、よろしくね(はぁと)。

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ヤンデレ小説です やさしさ @yasasimi1010

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