ヤンデレ小説です
やさしさ
恐怖! 顔の見えないストーカー前編
「っ――!」
光。
強烈な光がまぶたの裏で爆発する。
そのためにぼくは、一瞬で不快な現実界へと引き戻されたのだった。
「はっ――また……またかよ」
ぼくは身体を起こし、部屋の窓をにらみつける。
光。
そこにあったのは光。
懐中電灯の白い光が、窓の外からぼくの顔面を照らしていた。
これで何回目だろうか。同じようなことが最近、何度も繰り返されている。
ぼくは布団を跳ね飛ばし、寝間着のまま玄関へ突進した。
きょうこそ。
きょうこそこのあくどいいたずらの犯人をつかまえなきゃいけない。
これは悪質ないたずらだった。
人の部屋の窓から、懐中電灯の強い光で眠っているぼくの顔をまるで挑発しようとでもいうかのように照らす。
そんないたずら。
それだけのいたずら。
なにが楽しいのかわからないが、ぼくとしては毎日緊張を強いられる。睡眠不足になる。いらいらする。体調が悪い。とにかく、追い詰められる。弱ってしまう。
だから犯人をつかまえてとっちめてやらなくてはいけないのだ。
犯人の「女の子」を。
犯人が女の子であることはわかっている。ぼくに執拗につきまといいやがらせをしてくる、最低最悪な女。
いわゆるストーカーというやつ。
身のこなしがすばやく達者で、ぼくはまだそのストーカーが誰なのかを特定できていない。相手はこちらに正体を明かそうとしないのだ。それでもどこかこちらに「女」を意識させるようないやがらせをしかけてくるから、気味が悪い。
きょうこそその正体を暴いてやらなくては。戦いにおいて、敵の顔が見えないことほど恐ろしいことはないのだ。
***
外に出ると誰かがが走って逃げたような気配があった。けれど、追いかけることはできなかった。逃げた方向がわからなかったからだ。
仕方なくぼくはぶらりマンションの周りをうろついて、不審者の痕跡がないかどうか調べたが手がかりはない。ぼくの部屋の窓にも異常はなかった。
「ちくしょう……ええい、くそが」
思わず汚い言葉がぼくのくちびるの端っこから漏れ出てしまう。普段、ぼくは自分で言うのも何だけれども、穏やかでめったに怒らないヤツだと友だちには認識されている。実際、そうだと思う。どちらかといえば温厚な方だ。
けれども今回のストーカーの攻撃にはまいった。
人間はどんなに訓練を重ねていても睡眠不足にはかなわない。
どんな体調不良よりももろに精神にダメージが到達する。
ぼくはいま、とてつもなくいらいらしてしまっているし、自分を抑えるのがむずかしい。いまにも子供みたいに、わんわん泣き出してしまいそうだ。
正直に、怖い。ストーカーのことが恐ろしい。
マンションの周囲を一通り偵察し終えて、ぼくは部屋に戻ることにした。いままでの経験からいって、こうやってストーカーを一度追い払ってしまえば、その日は再度攻撃を仕掛けてくることはない。
だから部屋に戻ってベッドに潜り込み、寝る。寝られる寝ておかないと体力と精神がもたない。
ぼくは玄関の鍵を厳重に閉めたあと、ふらふらと倒れ込むようにベッドに横たわった。
「……ん?」
違和感。
その時ぼくは、強烈な違和感のために脳髄が雷に打たれかと思うほどの衝撃を受けた。
「あ……っ」
ぼくはほとんど反射的に、まるで熱湯に触れた手がびくんと反応するかのように、素早く、必死に、ベッドから離れた。そしてぼくは、泣き叫んだ。
「どうして……どうしてこんなことするんだっ……ううっ!」
ぼくの枕に髪の毛が散らばっていた。
女の子の髪の毛。
ほのかにシャンプーの、レモンバームのよい香りを放つ長い黒髪。
それがあたかも、イカスミパスタをぶちまけたみたいに、ぼくの寝具に広げられている。もうぼくはレモンバームの香りを、一生嫌いでいることだろう。
ストーカーの仕業だ。
ぼくがストーカーを外を出た隙をみて、部屋に侵入してこんなことしたのだ。ぼくの布団に髪の毛をばらまくなどという変態的な行動に及んだのだ。
――気持ちが悪い。心底。
「なんでこんなことに。なんでこんなことに……!」
ぼくはほとんど夢遊病患者のような足取りで、キッチンの隅っこに座り込み、毛布をかぶってうずくまった。いまのところ、それが一番安心する休み方だからだ。それしかないのだ。
ぼくは女の子にモテるような、いわゆるイケメンの類いでは決してない。
ぼくの顔はそれこそたまに女子と間違えられるような、なさけのない中性的な童顔をしているし、身長も悲しいことに160cmもない。ちびだ。体型も肌もなんだか女の子っぽいと言われる。女性ホルモンが強い。ぼくと個人としては全然うれしくない。
それでときたま変な癖の女の子から、特殊で迷惑な好意を受け取ることはあった。確かにあった。けれどもそのたびにぼくは、はっきりとヤメロ、と伝えて追っ払っている。
今回もそのパターンだろうか。けれど相手にまったく心当たりがないのが恐ろしいところだ。これほど執拗で手の込んだ、悪意のあるいやがらせをしてくるような女の子にはついぞお目にかかったことがない。
とにかく恐ろしい。その一言に尽きる。警察は、こういう時動いてくれない。特に被害者がぼくのような、「男」だとなおさらだ。男が女の子にストーカーされているなんて言っても、警察官は「うらやましい」とかなんとか言ってそれっきり相手にしてくれないのだ。経験済みだ。
どうしようもない。消耗するばかり。ぼくの自我が保たれているうちに、なんとかストーカーの正体をつかんで、直接、ヤメロと強く、強く伝えなきゃいけない。
**
朝が来た。結局、ぼくは毛布にくるまってキッチンの隅でうつらうつらしているうちに、登校の時間を迎えてしまったのだった。鏡を見たら目の下に大きなクマができている。ここ数日まともに寝られていないのだから、当然だ。
ぼーっとしていたら、なんと朝ご飯を食べる時間がなくなっている。昼のお弁当もつくることができない。おとといもそんな感じだった。睡眠だけじゃなくて、食生活もストーカーのせいでめちゃくちゃにされている。なんというか、本気でぼくを弱らせにかかってきているのだ、相手は。
玄関に厳重なロックをかけて、ぼくは部屋を出た。学校に行かなきゃならない。こんな状況じゃあ勉強なんて頭に入ってこないのは当然なのだけれども、せめて出席だけでもしておかないと最悪留年する。それは避けたい普通に。
マンションの角を曲がって、大通りに出る。
ふらふら、もたもた、よろよろ。もし第三者がぼくの歩き方を見たら、そんな風に形容しただろう。
犬や猫がこんな歩き方をしていたら、どんな動物嫌いでも多少は哀れみの目を向けてくれるだろう。「ああこいつそのうち死ぬなあ」と胸の内でつぶやきながら。
ぼくは文字通り瀕死の状態だった。だから、
「わ」
小石につまづいてすっころんでしまうのも当然だった。地面がスローモーションで迫ってくる。腕をついて顔面の直接強打だけは防いだ、が――その腕が地面からすさまじい衝撃を受け取って、痛みの信号がぼくの脳に光の速度で到達した。
悶絶。道路で恥ずかしげもなくのたうちまわるぼく。人間、強い痛みを感じているときなぜか息切れする。肺は関係ないのに。ぼくは呼吸困難に陥りそうになりながら、必死に痛みと戦った。そして、勝った。
痛みが時間とともにひいていく。ぼくは自分の身体の状況を落ち着いてチェックできるくらいには回復した。どうやら腕は骨折していないみたいでよかった。打撲、だけれどたいしたことはない。冷やしたりしておけばすぐによくなる。運動部だったらこのくらいのけがは日常茶飯事。そのくらいのレベルの負傷だから大丈夫。
……なのだが、今度はめまいがする。立ち上がることができない。さっき激しく呼吸をしたから酸素が不足してしまったのかもしれなかった。気持ちが悪い。もう最悪だ。
その時だった。
「あの……大丈夫……かな?」
おっとりとした女の子の声。振り向けばそこには隣のクラスの月舞さんの姿があった。
月舞さんとぼくとはそれほど親しい仲ではないけれど、さりとてまったく知らない同士というのでもない。まあぼちぼちな距離感の隣人(クラスメイト)。そんなところ。
だから彼女がここにいるのは、別にぼくを待ち受けていたからではなくて、単に偶然通りかかっただけなのだと思う。
月舞さんは、座り込んでいるぼくをのぞき込むようにして、
「体調悪いの? わたし、何かできることあったらと思って声をかけたんだけど……」
ありがたい申し出にぼくはまた泣きそうになった。
ああ月舞さんはやさしい女の子だ。謙虚でおとなしくて、人の嫌がる仕事をそっせんしてやるタイプのけなげな子。実際、誰もがやりたがらない生徒会の書記職を任されている。それを文句一つ言わずやっているからすごい。
それに、もうひとつ月舞さんの美点をあげるとするなら……月舞さんはとてつもなく美人だ。
黒髪ロングの、アニメにでも出てきそうなザ・日本的美少女という感じ。
――いや、黒髪ロングというのは違った。この間見かけたときはロングだったけれど、いまはセミロングくらいの長さ。ちょっと髪の毛切ったみたい。
ぼくは嗚咽をぐえっとこらえながら、
「ありがとう。ちょっと体調悪いから、休もうと思う。遅刻するけど仕方ない」
「心配だからわたしも付き合うね。心配だから。こういうとき、弱っている人を一人にはしておけないもの。ふつう」
「そんな。月舞さんまで遅刻する道理はないよ」
「いいの。そこの公園で休もう。ね? いっしょに行こう? 歩ける? 肩を貸すから。あ、男の子に肩を貸すのってなかなかできない経験だね? ね?」
おおん。人の親切がこれほど身にしみるとは知らなかった。月舞さんは自分が遅刻するのもいとわず、ぼくに付き添ってくれるのだという。
本当は、本当のことを言えば、それほど大げさな体調不良じゃなくて、ちょっと仮眠をとればなんとか回復できるだろうと思っていたのだけれど、ぼくは連日のストレスのためか、ちょっと、月舞さんに甘えたくなってしまっていた(というのが正直な告白をここでしておく)。
「ありがとう」
「うんいいよ。ぜんぜんいいよ。まったくもって気にしないでね。困ったときは人間お互い様だもんね。助け合い支えあい、与え合いよりかかり合い愛し合い、とにかくまったく孤独は敵だよっ」
「まじサンクスちゃんですにゃん」
ぼくが感謝の言葉をもって月舞さんの申し出を受け入れると、月舞さんは、満面の笑みを浮かべて、ぼくの肩に腕を伸ばした。かぎ覚えのある甘い香りが、ぼくの鼻腔をくすぐったけれども、それが何の香りなのかはとっさに思い出すことができなかった。
ぼくたちは歩いて2分ほどの距離にある、公園に向かう。
月舞さんのほうがぼくよりも身長が高いので、肩を貸すにしても月舞さんがちょっと屈まなければいけない。
ぼくとしては大変情けない。
月舞さんはそれをどこか楽しんでいるように見えるが……そんなはずはないのだ。月舞さんは心底親切で真心ある女の子だと評判だし。ぼくも遠くから見ている限りそう思うし。そんないじわるなはずはない。
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