第2話

 岩切静は、鏡月きょうげつの弟子、という事になっているが、元々はセイを知る者を親に持つ、異色の娘である。

 異色と言っても、ただ少し日本人とは違う血が流れている、というだけで、健一とさほど変わったところはない。

 変わっているとしたら、その生い立ちだ。

 ある小さな国で、護衛官をしていた父に、小さな頃からそのノウハウを叩きこまれ、父がクーデターによって命を落とした後、その後を継ぐ羽目になった。

 後を継ぐと言っても、クーデターが成功した後のその国ですることとは、敗者としての罰を償う事で、幼いその少女は、親族たちに引きずり出された。

 当主として、親族を守るのは当然と宣う大人たちの意に添い、本来ならばその罪を一身に背負い、この世を去っていたはずの少女だ。

 最近は笑いも増え、セイの弟子となった志門をやっかみ、ついつい意地の悪い事を言えるほどには、この国にも慣れ始めていた矢先、その事件は起きた。

「その、ご親族とやらが先程無理やり、静さんを国へと連れ帰ろうとやって来たのです」

 連れ帰る、という生易しい話ではなかった。

 学校帰りの静を、背負ったランドセルをそのままに車に引き込み、走り去ったと言うのだ。

吉本よしもと朋美ともみさんが、知らせて下さらなかったら、間に合わなかったかもしれません」

 静かに語る志門は、下校途中に血相を変えた少女と、ばったり会った。

 その頬は赤くはれ、涙目になっているが、はっきりと志門に訴えた。

「知らないおじさんたちに、静ちゃんが、連れていかれたっ。誘拐っっ」

 言葉足らずの訴えだったが、事情は察した。

 止めようと男に果敢に噛みついた朋美は、頬をはたかれて振り払われたのだと言う。

 その知らないおじさんが、どこの誰かは知らないが、静は誰か分かったらしいと、意外にもよく見ていた朋美が付け加えた事で、もしやと思い当たった。

 数年前、静とは縁を切ったはずの、ある国の親族たちが、今更何の用があったのか。

「朋美さんの話では、こんな平和な国で、のうのうと数年暮らせたんだ、もう充分だろうと、そう言っていたそうです」

 気は済んだだろう? なら、そろそろ我らの元へ戻って、役に立て。

「……? 気が済むとか、どうとかの話でしたっけ、静の養子縁組の話って?」

 その時の事は、健一も志門も、話で聞いただけだ。

 だが、静の我儘でこの国に来た、という話ではなかったはずだ。

「静さんの、年の離れたご友人が、静さんの御父上のお兄様の、岩切さんを頼って、助けを求めたのが始まりだったと、私も聞いていたのですが」

 幼い少女に全ての罪を着せ、親族は命乞いをしたのだ。

 クーデターを経て国を治めたリーダーは、見せしめが必要だっただけで、誰がその役を買っても、気にしない人間だった。

 早晩、静は処刑される身、だったのだ。

「本当に、この世でまかり通ってることだと思うと、へどが出るんですけど」

 弁明など出来ないと諦めた少女を、助けたいと動いた年老いた友人は、少女の父から聞いたと言う話をし、諦めずに助けを待つよう、こんこんと言い含めていたそうだ。

 セイは、静を見てすぐに、誰の子供か分かったそうだ。

 だが、志門とその師匠が若と敬愛する若者は、感情的な事の治め方はしなかった。

 血縁者である岩切氏を巻き込み、親族として引き取る形で、その国の親族たちを牽制し、クーデターを成功させたリーダーに直接圧力をかけた。

「約束、させたと聞いていたのです。金輪際、静さんをその国と、その親族とは関わらせないと。破った時は、この国ごと、滅すると」

 数年でその約束は、破られたのだ。

「……もしかして若、動いてるんですか?」

 病院に行く道すがら、事のあらましを聞いていた健一が、顔を強張らせて尋ねると、志門はあっさりと頷いた。

「どういう事情であれ、幼い静さんに何をさせる気であったのか、明確なのだそうです。ですから、徹底的にその国は潰すと、若は約束してくださいました」

 約束したと言う事は、本当に徹底的にやる気なのだ。

 静を助け出した後、親族たちは国へと追い返した。

 それをしたのは、セイではない。

「え、誰ですか? まさか、カガミさん? よく我慢しましたねえ」

「いえ違います。あの方にはまだ、事情の説明はしておりません。手伝って下さった方々も、きっと口を噤んで下さっていると思います」

 静の救助を手伝ってくれたのは、石川いしかわ一樹かずきだと言う。

「石川さんっ」

 健一は驚いて、声を上げてしまった。

 つつみ家の一人娘と恋仲になり、二人の子を儲けた石川一樹。

 年子の兄弟の内、長女を引き取って、後を継がせる予定だと聞いた。

 下の長男の事も気にかけていて、偶に古谷家に顔を出すと言う。

瑪瑙めのうさんにお知らせしようと、慌てて家に戻りましたら、丁度おいでで。つい取り乱してしまいまして……あちらのほまれ様も、助けて下さいました」

「……」

 豪華な面々が、集っていたようだ。

 誉とは、石川家に代々仕える妖しだ。

 何の妖怪なのかは分からないが、威圧がすごく、何よりも鏡の昔馴染みだと言う所から、ただの使役された妖しではない。

 その気配が、先程なかったところを見ると、全て終えてセイへとバトンを渡した後、だったのだろう。

「もう大丈夫と言う、保証はありませんので、今夜は古谷家にいてもらおうと、思っております」

「なるほど。その方がいいですね」

 頷きながらも健一は、少し戸惑っていた。

 静の、珍しいほどにしおらしい様子に。

 出かけて来ると言う志門を、追いすがりそうな顔で見上げ、何か言いかけてから頷いた、年相応の幼い表情が、昨日までとは違う、二人の関係性を、思わせていた。

 健一にとって、静は妹のような存在だ。

 その少女が、昔の事を忘れるくらいに幸せになれれば、それに越したことはないが、相手がこの人で、大丈夫かな。

 心の中で失礼な事を考えながら、志門と連れ立って病院へと向かい、叔父に話を通して病室へと入れてもらった。

 研修医の立場で、偉い立場ではないと言う玲司だが、社長の弟と言う権限は充分に、多少の融通を利かせてくれる。

「というより、私に頼まずとも、お前こそ社長の息子なのだから、その権限を使ったらどうだ?」

「嫌だよ。オレ別に、親父の仕事に興味ないから」

 そんな会話をしながら病室に入ると、身を起こした少年が振り返り、目を丸くした。

 ギブスをつけた右腕が、痛々しい。

「よ、調子はどうだ?」

「あ、ああ。手が使えなくて、難儀してる」

 答えた少年は、戸惑いながら健一の後ろの少年を見た。

「そちらは、確か……」

 見返す志門も、速瀬伸の顔をまじまじと見つめ、戸惑っている。

「ああ、古谷先輩だ、高等部の」

「やはり。確か、僕と同じ転入生で、優秀な成績で試験をクリアした人だと、聞いていました」

「いえ、そこまで優秀でもありません。あなたこそ、全問正解で合格したとか」

 我に返ってそう答え、志門は微笑んだ。

「初めまして、古谷志門です」

「速瀬、伸です」

 名乗り合って互いに頭を下げ、顔を上げると、まず志門が気になった事を訊いた。

「あの、不躾な事を訊いてしまうのですが、よろしいですか?」

「何でしょうか?」

「もしや、元々は、別な姓を、名乗っておられたのですか?」

 また、伸の目が丸くなった。

「不躾とおっしゃるから、別な事だと……ええ、前は、別な姓で、母と暮らしていました。母と……再婚相手の男性と」

「そうでしたか。苗字を名乗るのに、慣れるのは大変ですから。私も苦労いたしました」

 伸が驚いて健一を見るが、同級生の少年が僅かに顔を顰めた。

 志門が慣れるのに苦労したのは、苗字だけではないと知っているからだ。

 十三の年まで名すら知らされず、父の存在を知り、堤家から解放された時にようやく、その名と今の姓を手に入れた志門は、名を名乗ると言う事にも苦労しただろうが、生きるための生活そのものが、躊躇いの連続だったはずだ。

「大変な目に合われたと聞き、見舞いに参上いたしました。ご迷惑なら申し訳ありません」

「そんな事は……わざわざ、こんな所まで、ありがとうございます」

 健一の苦い心境に構わず、二人は腰の低い挨拶を交わす。

「健一さんに聞いたところでは、奇妙な事故が身の回りで多いとか?」

「思い当たれば、そうかという程度の事です。偶然とは重なることもあります。金田の気のせいです」

「そうかも知れません。何かが蟠ってはいるようですが、あなたを取り巻いているわけでもない様です」

「ええっ、やっぱり、いるんですかっ?」

 つい、身を縮めた健一に、玲司が呆れて答えた。

「病院と言う場所柄、どうしてもそういうものは集まるんだ、仕方がないだろう。見えるようになろうとは、思わんが」

「蟠るだけのものなら、気にする事はありません。悪戯のような真似はするでしょうが、そこまでの害には、なりませんから」

 問題はその蟠りが、他の者に利用される時だと、師匠には教えられているが、ここで後輩たちを怖がらせることは、しない。

「でも、気にし始めて、嫌な思いをし始めたら、害があると感じますよ。苛めと同じです」

「人は無視することが難しい分、問題になりがちですが、実体がないものには、無視が一番です」

 健一の意見にそう返す先輩に、伸も頷いた。

「災厄だって、自分が気づかなければ、構わない。この程度で済んでいる分、僕はまだ幸運なんでしょう」

「……」

 玲司が、溜息を吐いた。

「だが、少しは気を付けなければ。命にかかわるような事態になっては、遅いのだぞ」

「はい、すみませんでした」

 頭は下げたが、何やら形だけに見える。

 それに気づいているのか、玲司も一応は納得したように頷いたが、難しい顔のままだ。

「不躾ついでに、もう一つ、よろしいでしょうか?」

 丁寧な先輩の申し出に、伸は首を傾げた。

「何でしょうか?」

「いえ、本人に訊くのは、どうかとも思うのですが……誰かに、嫌われているとか、恨まれるような事に、心当たりはありますか?」

 怪我人の少年は、不思議そうに志門を見た。

「警察の人にも、訊かれましたけど……そうですよね。どこで誰に恨みを買っているのか、本人が分かっていれば、それに越したことはないですけど、僕自身が恨まれる事には、心当たりがありません」

 妙な言い分に、健一が問い返す前に、伸は続けた。

「父絡みならば、いくつか思いつきましたから、答えておきましたけど」

「警察が、動いてんのか?」

 つい声を張り上げてしまい、思わず叔父を見る。

 玲司は、大きな声を上げる甥っ子に白い目を向け、それから頷いた。

「どうやら、妙な話になったようでな。その話は、もう少し何か分かってから、話すつもりだったのだが」

「妙な話、ですか。これまででも、妙な話に聞こえるのですが、私の勉強不足でしょうか?」

 志門が、つい呟いてしまう。

 すると、健一が真顔で答えた。

「あの程度で、珍しがってちゃ、頭が混乱しちまいますよ」

「いや、ここまでで、おかしいと思わない方が、逆におかしかろう」

 叔父は呆れて、甥っ子の言い分を窘めた。

「あの人に、毒され過ぎじゃないのか?」

「そんな事ないよ。蓮師匠は、結構まともな人だ」

 ただ、周りにまともそうに見える人が多いせいで、外見ではそう見えるだけだ。

 そう言い切った健一に、玲司は小さく唸った。

「そう、だったか?」

 全く原因も、根治法も分からぬ病気を完治させる薬を、触っただけで作って見せる人がまともなら、世の中の鬼才と呼ばれる人たちは全て、まともの域に入る。

「そうだよ。だから叔父さんも、まともって事だよ。オレの中では」

 喜んでいいのかと、戸惑う叔父に構わず、健一は伸へと問いかけた。

「何か聞いてるのか、警察に?」

「……いや。怪我の方の聴取じゃなかった事くらいしか、分からなかった」

 どうも、先日の通り魔の件らしい。

「逮捕された当初、学園に恨みがあって、生徒を誰でもいいから……と、自供していたようなのだが、調べた結果、その加害者はこの土地出身ではないことが、分かったそうだ」

 関西の方の学校を出、就職までした男だった。

「失業してこちらに越して来たが、中々落ち着けずにいたらしい」

 玲司の説明に、甥っ子は目を見開いた。

「え、まさか、昔あったって言う、留置所で暮らしたくて、犯罪犯しましたって人?」

 そんな話があったと聞いた時は、耳を疑った。

 しかも、全く面識のない人に切りつけ、そう宣ったと聞いた。

 当時も社会問題となったようだが、襲われた者の親の税金も、そんな奴に使われていると思うと、言いようのない怒りがこみ上げたものだった。

 だが、叔父は首を振った。

「どちらが極悪かは分からないが、それも違うようだ」

 動機の矛盾を指摘されても、男は中々白状しなかったが、最近になって吐いた。

「……まあ、その件は、後でゆっくり話そう。そろそろ、面会は終わりだ」

 突然言われ、二人の少年は、有無を言わさず、病室から追い出された。

 一度ドアを閉められ、玲司が何やら患者に声をかけているのが、小さく聞こえる。

 その声を聞くともなく聞きながら、志門が呟いた。

「あのような色合いの目を持つ方が、本当にいるとは。驚きました」

 目を合わせた時、当然ながら驚いてしまった。

 右目の方は、茶色と言うより鳶色に近く、左目の方は水色の瞳の色をしていた。

 猫で偶にいると言う、オッドアイ。

 人もここまではっきりと色が別れるのかと、思ってしまったが、これは不躾すぎて話題にはしなかった志門だった。

「ですよね。オレも驚いて、つい口に出してしまって、叔父貴に怒られました」

 当の伸は、その指摘を気にしている様子はなかったのだが、学校では隠しているのだから、触られたくない話だったかも知れないと、健一は反省している。

「何か、分かりましたか?」

「いいえ、全く」

 期待を込めた問いに、志門は正直に答え、少し考えて続けた。

「ただ、気になった事はあります」

「え、何ですか?」

「いえ……それは、金田さんのお話を聞いてから、お話します。もしかしたら、思い違いかもしれません」

 やがて病室から、叔父が姿を見せた。

 二人の少年と共に病院を後にした玲司は、妙な話になったその件を、出来るだけ少年たちに刺激を与えぬように、語り出した。


 現実的な話では、ないな……。

 唸る健一と共に去っていく、玲司に頭を下げながら、志門は聞いた話を反芻していた。

 金を貰った。

 簡単に言えば、そう言う話だった。

 怪しまれぬよう、この世から消し去りたい者がいる。

 そんな話を、通り魔の男は、ネットで見つけたのだと言う。

 前払いで二万、手渡しで貰い、写真もその時に渡されたと言う。

 一昔前から、ネットと言う便利なものが出来、それで犯罪の共犯者を募る者もいると聞く。

 はっきりとした言葉でない分、取り締まりの対象にならなかったその書き込みに、どうやら何人か引っかかったらしい。

「……たった二万で、人を殺すのか」

 健一が、吐き捨てた。

 今では信じられない程に病弱だった少年は、誰よりも命の重みを感じている。

 人を雇って、まだ年端もいかない少年の命を狙った。

 そこまで分かれば、この地の警察は完全に動く。

 今は、取引場所に使われたであろう、街中のベンチの傍の店の、監視カメラを逐一調べている最中だと言う。

 これで雇った者の特定も出来、かつ、どんな動機で少年を狙ったのかも分かる。

「その間、速瀬は? 家に籠らせるわけにも、いかないだろ?」

「しばらくは、入院させたまま、という事になるか。幸い、骨折の完治には、一月ほどかかる。あの病院のセキュリティーを突破できる猛者は、そういまい」

 そこまで話した時、古谷家に到着したのだった。

「そうかな……オレがいたあの病院も、結構セキュリティーの面じゃあ、厳しかったはずだけど」

 唸りながら、健一は叔父と共に、帰って行った。

 その背を見送り、志門は家へと入ると、一人の客が待ち構えていた。

「やあ、お帰り」

 優しい顔で、少し年上に見える女が、志門に微笑んだ。

「只今帰りました。珍しいですね、この時刻に……」

「ちょっと気になってね。どこに行ってたんだい?」

「健一さんに誘われて、人のお見舞いに……」

 答えながら時計を見て、夕食の時間だと気づく。

「静ちゃんは、文代さんのお手伝いに行ったよ。元々しっかりした子だったけど、家事もこなせるようになったんだね」

 口に出さなかったのに、気になったことを答えられ、思わず慌てた志門に、女は優しく微笑みながら、切り出した。

「セイが、例の国に入ったよ。さっき連絡があった。これから、数日帰れないから、そう伝えてくれって」

「……大丈夫、なのでしょうか?」

 心配すること自体が、失礼ではと控えめに呟く少年に、女雅は笑いを苦笑に変えた。

「心配するなとは、言えないよ。どんな事案でも、思惑通りに事が運ぶわけじゃない。でも、全力で事を治めると約束したから、そうしてくるはずだ」

 見返して大きく頷くと、雅は少年を手招きした。

「健一君から、変な話を持ち込まれたって聞いたよ。君たちで解決できそうなのかい?」

 客間の襖を閉め、畳に座る女のテーブル越しに座った志門は、困ったように答えた。

「それはまだ、分かりません。どうやら、警察の方が動いているようなので、私たちが出しゃばる話ではなさそうで……」

 そう言いながら、少年は先程聞いた話を雅に話した。

「……」

 天井を仰ぎながら話を聞いていた雅が、呟く。

「速瀬伸? もしかして、速瀬医師の、息子さん?」

「ええ。ご存じなのですか?」

 思わず問い返すと、女は薄っすらと笑った。

 この女には珍しい、剣の籠った笑いだ。

「ああ、よく知ってる。そうか、手を出すのは、どちらでもいいのか」

「?」

 何のことか分からず、しかしその雰囲気に訊くに訊けない少年に、雅はいつもの笑いを向けた。

「その、速瀬君が、お金で雇われた人に、命を狙われてるのか」

「そう、らしいのですが……」

「そうだね、その子本人への恨みより、父親への恨みの方が、分かりやすい」

 つまり、速瀬良は恨まれる心当たりがある、という事かと目を見開く志門に、女は続けた。

「その息子さんにも、本当なら、恨まれても仕方ないんじゃないかな?」

「え?」

 聞き返した少年に、雅は首を傾げた。

「興味あるの? 志門君?」

 突然の問いに、志門は目を瞬いた。

「どうしてですか?」

「いや……君が、こういう事に興味を持つなんて、珍しいから」

「それは……」

 確かにと、戸惑う少年に、雅は微笑んだ。

「いい傾向だよ。周囲が気になるようになってきたのなら、自分の事も気になるようになる。静ちゃんの事も、気にしてくれてるんだろ? 普通は、逆が望ましいんだけどね。君の場合は、それでいいんじゃないかな」

「そう、なのでしょうか」

 まだ戸惑いながら返す志門を見ながら、雅は切り出した。

「速瀬良は、この国では目立たない医者だけど、祖国では結構有名な名医なんだよ」

「……祖国?」

 腕は一流で、金田玲司が師と仰ぐほどだが、そう言う奴ほど癖がある。

「妻子持ちなんだけど、手癖が悪いんだよ。大体、成人した見目が目立たない、癒し系が好みなんだけどね、その好みの範囲内なら、男女どちらでも構わないって奴だよ」

「……それは、どう言う事でしょうか?」

「……君も高校生なんだから、まあ、言ってもいいよね」

 少し考えてから一人頷き、雅は事実を告げた。

「その伸君、奥さんとの子供じゃないんだよ。妻子がありながら、それを隠して女の人と関係を持って、妊娠させたんだね。ったく、まさか、こんな所で、女の人の被害を知るとはね」

「なるほど」

 聞いた少年の反応は、妙に薄い。

「ん? 驚かないの?」

「驚きました。どうして、あなたがそこまで怒っているのか、不思議だったので、そういう事かと」

「……ああ、それが理由で怒ってるんじゃないよ。あの医者はね、私だけじゃなく、セイまで怒らせるような相手に、手を出したことがあるんだよ」

 だから、他の人にまで迷惑をかけて、恨まれるのはあり得るね、と雅は頷いたが、志門はそれどころではなかった。

 この人と、セイまで怒らせた速瀬伸の父親とは、一体どんな男なのか。

 知りたいような知りたくないような……少年の、秘かな葛藤などに構わず、雅の話は続いた。

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