ジャズの死と再生

僕凸

プロローグ

 ポピュラー音楽のあらゆるジャンルには寿命がある。

 ある天才的なアーティストがそれまでになかったスタイルの音楽を作り上げ、それがヒットして多くのフォロワーを生むことをジャンルの誕生と言うのなら、そのジャンルの音楽が誰の耳で聴いても古臭く感じられ、流行遅れの代物と見なされるようになることをジャンルの死と言ってよいだろう。そういう意味で、ポピュラー音楽のジャンルにも人間と同じように誕生と死があり、寿命があると言ったのである。

 ここでポピュラー音楽に話を限定したのは、それが変化の目まぐるしい現代社会のあり方と密接に関わっているからだ。今より変化の少ない社会の中で生まれてきたクラシック音楽や世界各地の民族音楽には息の長い伝統があり、それゆえ寿命があったとしてもポピュラー音楽よりはおそらくだいぶ長いだろう。

 しかし、音楽のジャンルに関して言えば、人間とは違って、生き返るということがありうる。ぱっと思いついた例はクラシック音楽のものだが、没後忘れ去られたバッハの音楽をメンデルスゾーンが再演して復興したことや、同じくバッハの音楽がグレン・グールドのピアノ演奏によってまったく新しいスタイルの音楽に生まれ変わったことなどは、バッハの復活と言っていいような事件であり、同じようなことはポピュラー音楽の世界でも起きている。

 私は長年ジャズを愛し、聴き、演奏してきた。ジャズはポピュラー音楽の中では長老と言っていいくらいの歴史を持つ音楽であり、それゆえ寿命も尽きているといっていい。J-POPやロックが終わっているというのならジャズはとっくの昔に終わっている。自分の愛する音楽が終わっているという事実は、私に敗北感と優越感の入り混じったアンビバレントな感情を植え付けた。この優越感は同年代の誰もが聴いていない音楽の価値を知っているということに由来するのだが、それはさておき、二十一世紀に入ってから、ジャズは明らかに「再生」している。若いミュージシャンたちはジャズの古くからある語法を再評価し、同時にジャズ以外のあらゆる音楽の要素を取り入れてジャズとの接続を試みている。中にはあまりうまくいっていないと思われるものもあるが、目を見張るような傑作に出会うこともある。この連載では、ジャズがどのように死んでいて、そして今また生まれつつあるのかについて書いていきたいと思う。

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