王太子殿下は後宮に占い師をご所望です

夢見るライオン/ビーズログ文庫

第一章 青貴婦人、壺を売りつける

1-①


 デルモントーレ国、王都のはずれにある森の中。

 しげる木々に隠れるように一けんの小さな小屋が建っていた。

 入り口横に立てかけられた木には『青貴婦人の館』と書かれている。

 粗末そまつな小屋の前には、毛並みのいい駿馬しゅんめから下りる男の姿があった。

 男は黒いフード付きマントで身を隠すようにして周辺をうかがいながら戸口に入っていく。

 閉め切ったうすぐらい部屋の中には青いドレスを着た貴婦人が座っていた。

「ようこそ青貴婦人の館へ。今日は何をうらないましょうか?」

 丸テーブルの上の蝋燭ろうそくに照らされた占いの顔は分からない。なぜなら鼻から下は分厚い布でおおわれ、頭から|被(かぶ)った青いヴェールには目元を隠すように黒いふさが長く垂れ下がっていた。わずかに房の隙間すきまからのぞく目も、蝋燭の火だけでは何色かも分からない。

 黒フードの男は、警戒けいかいしながらも占い師に促されるままに椅子いすこしかけた。

 そして冷たく整った口元は慇懃いんぎんに告げた。

「ある高貴な方の恋愛れんあいを占ってもらおう」


 占い師、青貴婦人。

そう呼ばれているフォルテは、今日は一大決心をして占いにのぞんでいた。

(今日こそやるしかない。今日やらなければおくれになるかもしれないもの)

ごくりとつばを飲み込み、目の前の男を見つめた。

 黒マントから垣間かいまえる身なりのいい衣装いしょう膝丈ひざたけ長衣ながぎぬは細かなしゅう贅沢ぜいたくほどこされ、つやのあるちょういている。わきに差した剣も、宝飾ほうしょくに分類される逸品いっぴんちがいない。ほおに流れる栗色くりいろの巻き毛も手入れが行き届いていた。

(絶対どこかの大金持ちの貴族だわ。ともかくこれはチャンスよ)

 たまにこういう男性客もいる。だが大抵たいていは政治の相談だ。先日の男はクーデターについての占いだった。今回も重そうな話題になるだろうと気をめたところなのに。

「え? 恋愛?」

 だから男が椅子に座るなり、こいの相談を持ちかけたことにおどろいてしまった。

「私の友人に非常にうるわしいうでぷしが強い武官がいるのですが、どうしたことかさっぱり縁談えんだんがまとまらず、もうすぐ三十になろうというのに独身なのです。彼が結婚けっこんできるかどうか占ってもらいたい」

「わ、分かりました。その男性の生年月日とお名前を……」

「生年月日はお教えしますが、名前はご容赦ようしゃ願います」

 貴族の相談には、名前を明かさないことはよくある。

「分かりました。では、名を心で唱えてその方の顔をおもかべてください」

 生年月日をトネリコの葉に書きつけ、フォルテは様々な形の小石が入った巾着きんちゃくぶくろを取り出す。小石といっても中には宝石のたぐい輝石きせきもある。その石を羊皮紙にえがいた占盤せんばんにばらいた。

「どうです? モテる男なのですが」

 十二宮が火地風水で四分割ぶんかつされた円盤をながめながらフォルテは首をかしげた。

「モテる? 本当に? 占いでは、女性と縁のない生活をされてきたような……。女性よりは……こんなことを言っては失礼かもしれませんが、食べることが大好きでは?」

「ほう?」

 栗毛の紳士しんしは、フードの奥の紺藍こんあいひとみを見開いた。

「それに武官とおっしゃいましたが、剣を使うような器用な方かしら? 外見はたくましくとも、心の内はとっても細やかでやさしい方ですわね」

「なるほど……」

「でも、未来に明るいきざしが見えておりますわ。未来を示す位置に黒紫こくしのサファイアがじんっています。サファイアには隠れた才能を開花させるという意味がございます。近い未来、武官として今までにない活躍かつやくをされるようです。頭打ちになっていた出世の道が開け、おのずと結婚相手にもめぐまれるでしょう。心配ありませんよ」

「意外にも本物だったか……」

「え?」

「いえ、なんでもありません。では、もう一人占っていただきたいのですが」

「ええ。構いませんわ、では生年月日と……、お名前は出せませんか?」

「はい。心で強く、強く、念じておきましょう」

 目のギラつき方から、明らかにさっきより気合が入っている。

 どうやらこっちが本当に聞きたかったことなのだとフォルテは思った。

(もしかしてご自分のことかしら?)

 人のことのようなフリをして自分のことを占いに来る客も多い。

(二十五歳……)

 トネリコの葉に書いた生年月日からすぐに計算した。

目の前の男の年齢ねんれいでもおかしくはない。じゃらりと色石をばら撒いて、占盤上の小石の配置を丁寧ていねいに占っていく。

「この方は……、ずいぶん数奇すうきな運命を辿たどってこられた方ですわね。若くして多くのご家族をくしておられる……」

「ええ。また失うことをこわがっているようです」

「お気の毒に……」

「気の毒がっている場合ではないのです。いい加減結婚してもらわないと困るのです」

「二十五なら……それほど慌てなくともこれからではないですか」

「いいえ。この際だれでもいいから子作りにはげんでもらわねば」

 その言いように、自分のことではなかったのかしらとフォルテは考え直した。

「まあ! この青藍せいらんの石を見てくださいませ。これはトルマリンの一種で、良くも悪くも影響えいきょうの強い石でございます。この石が中央に陣取っているということは、この方の身近にとても影響の強い守り神のような御仁ごじんがついていらっしゃるようですわ」

 黒フードの貴族は、ぱあっと顔をかがやかせた。

「その通りです! 確かに非常に有能な側近がおります!」

「あら、でも少し出張り過ぎかしら。お節介せっかいが過ぎると悪影響が出るものですわ。少々心根のひねくれた方のようでございますしね……」

「……」

 男は、しばしだまり込んでしまった。

「あら? ここにピンクの石に乗ったエメラルドがございます。エメラルドは無償むしょうの愛を強く内包した石です。これはおもい人を表しております。まあ、めずらしい。この石の流れを見ると、一生に一度あるかないかの恋におちるようですわ。とても近い未来です。今日にでも出会うかもしれません。この方と結ばれたなら、子宝にも恵まれ明るい道が開けることでしょう」

「なんと! それで、そのご令嬢れいじょうはどこのどなたですか?」

 黒フードの貴族は身を乗り出してたずねた。

「い、いえ……、そこまではさすがに……」

「何歳ですか? かみの色は? 目の色は?」

「いえ、残念ながら……。でも、そうですわね。お二人の間にはまだいくつもの苦難がございます。障害になるものがたくさん……。ずいぶん多いわ。お二人の想いが強く重なり合えば、えられるでしょうけど……」

「乗り越えられなかったら?」

「そうですわね。残念ながらお子には恵まれない人生かもしれません」

「なんということだっ!!」

 男は蒼白そうはくな顔で立ち上がった。

 その剣幕けんまくにフォルテはぎょっとして慌てて付け足した。

「ご、ご心配にはおよびませんわ。よい物がございます」

 そしていよいよこの時が来たと丸テーブルの下から取り出したものを、でんっと黒フード男の眼前に差し出した。

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