第24話 勝負
「先輩はクラスマッチ何に出るんですか?」
タコさんウインナーを箸でつまみながら、月宮が特に興味なさそうに聞いて来た。ていうか、この歳になってもタコさんウインナーが弁当箱に入ってるやつなんているんだな。
そんなことを考えながら、今朝まつりが作ってくれた弁当を開けるとタコさんウインナーが五匹ぐらいいたのでそっと蓋を閉じた。
俺と月宮はいつものようにグラウンドの脇で昼休みを過ごしている。
今日はどこもホームルームでクラスマッチのメンバーを決めたのだろう。グラウンドはサッカーやバレーを練習する生徒たちが盛り上がりを見せている。
「俺は今年は控えだな。そういうお前はなにか出んの?」
「もちろん私も控えです。私こう見えて運動苦手なんですよ」
まあ結構運動苦手そうに見えるけどな。しかし月宮の機嫌を損ないそうだったので、口には出さなかった。
「今『どう見えてもお前は運動音痴にしか見えねえよ。調子のんなクソビッチ』って思いましたね」
怖えよお前。何でわかっちゃうんだよ。俺の気遣い返せこのクソビッチ。
「いや、そこまでは思ってないけど」
「そこまではってことはどこまでかは思ったんですね? どこまでですか? つむぎちゃん可愛いなあってとこまでですか?」
「おい、そんなセリフ一ミリもなかっただろ」
「それにしてもこの学校のクラスマッチってすごいですね。みんなすっごい気合い入ってるし。いいなあ、私も運動できたら良かったのに」
月宮はグラウンドで練習してる生徒たちに羨望の眼差しを向ける。
「別に運動なんかできなくてもいいだろ。所詮、それで食っていけるのはほんの一握りだし、歳をとれば運動できることなんて何の自慢にはならない」
「先輩は運動できる人だったからそんなことが言えるんですよ。私みたいに運動ができない人は何歳になっても運動できたらいいなって思います」
月宮の中で俺がもうすでに運動ができる人だったという過去形になっているのが若干気にかかる。確かにサッカー以外は何もできないけど。
「見てみたかったです。先輩のサッカーしてる姿」
月宮の言葉に振り向くと、月宮が照れてるように笑いながら俺をみていた。
『すいませーん。ボールとってくださーい』
月宮に返す言葉を考えあぐねていると、ちょうどいいタイミングでサッカーボールが転がって来た。
顔を上げると、遠くでこちらに向かって手を振る男子生徒がいる。
「先輩、取ってあげないんですか?」
「ああ、そうだな」
ボールを拾い上げる。
自分の足とボール、そして不思議そうに俺を見つめる月宮。
ついさっき月宮に言われた言葉を意識していたせいか、視線が目まぐるしく移り変わり、結局俺はボールを投げて返すことにした。
俺の投げたボールは大きな弧を描きながら、五メートル先で地面と衝突し、ころころと亀にも勝てないようなスピードで、ようやく持ち主の足元までたどり着いた。
「先輩ってもしかして……」
「それ以上は言うな月宮」
俺は自分の唇に人差し指を添え、キメ顔で首を横に振って見せた。
何かを察した月宮は、それ以上はもう何も言わなかった。そうして昼休みが終わろうとしていた頃、もう一度ボールがこちらに転がって来た。
月宮は俺に投げさせるわけにはいかないと、背にいる仲間を守る勇者のような
高々と舞い上がるボールは地面と接することなく、向こうで待つ生徒の胸の中にすぽっと入った。
「……なんかさっきより距離が近かった気がします。だから別に先輩が私よりどうとかそんなんじゃなくて」
月宮は気まずそうに笑いながら、俺を傷つけまいと必死に弁解している。
月宮は知らない。優しさが時に人を傷つけることもあることを。
く……、死にてえぜ……。
◆
月宮より肩が弱いという衝撃の事実を受け止めきれないまま、俺は一人で校舎を歩いていた。
一人で帰っている理由は、今日放課後にクラスマッチ実行委員会が行われているからだ。
他の学校に比べてうちの学校のクラスマッチは規模が大きいため、混乱を避けるために体育祭や文化祭同様に実行委員会が組織される。
今日は初回ということもあって生徒会役員も駆り出される。そのため神崎と漆原も委員会に参加しているというわけだ。
姫野と月宮もクラスマッチ実行委員になったため、今日はいない。
まあ姫野に関しては、実行委員がなくても一緒に帰っていたかどうかはわからないけど。
月宮は『競技でクラスの力になれないので実行委員になってみんなを支えます!』ということらしい。熱い女だ。
たぶん月宮はすごくいい奴なのだろう。俺の前でもしっかりいい子の側面を発揮してもらいたいところだ。
「お前が瀬良か」
校門を出ようとしたところで後ろから誰かに声をかけられた。
自慢じゃないが、俺はあまり友達が多い方ではないので、俺に声をかけてくるやつは限られている。
だからこそ、声を聞いただけで誰なのかはすぐにわかるのだが、この時は初めて聞く声だった。
いや、正確にはどこかで聞いたことがある声だったのだが、多分一度か二度どこかで耳に流れて来ただけだろう。
振り向いて声の主を確認する。
そこにいたのは、月宮を振った男、北代だった。
「北代か」
「俺のこと知ってんだな。そりゃそうか、あいつに聞いたんだろ?」
こいつの言う『あいつ』とは一人しかいない。
「ああそうだよ。耳にタコができるんじゃねえかってぐらい腐る程な。で、何の用?」
「俺と勝負しようぜ」
なんだよ、友達になりたいわけじゃねえのかよ。
「いやだね。だいたいなんで初めて喋った奴に急に勝負仕掛けられなきゃなんねえの?」
「クラスマッチで俺とサッカーで勝負しろ」
おいおい、もしかして日本語理解できない感じなのか?
「だから俺は」
「俺が勝ったら紬は俺のもんだ」
こぼれそうになっていたため息が、喉元で止まった。
「何でそんな話になるんだよ。月宮を振ったのはお前だろ?」
自分の声がさっきよりも鋭くなっている。
「確かのそうなんだけどな。あいつがお前みたいなヒョロイ男と一緒にいるのが面白くねえんだよ」
とことん失礼な奴だな。月宮お前男選ぶセンスねえぞ。
心が海のように広い俺でも、さすがに感情的になりそうだったが、ここで誘いに乗ってしまっては北代の思う壺だ。
冷静沈着。
長年サッカーで培ってきたメンタルをここで発揮せずどこで発揮すると言うのか。
「ヒョロくて悪かったな。言っとくけど月宮は別に俺のもんじゃねえ。あいつのことがまだ好きなら告白でも何でもして振られればいいんじゃねえの? じゃあ俺は行くから」
「おい! 待てよ! このヘタレが」
北代の罵倒に振り返ることもなく、俺はただ前を歩き続ける。実に勇ましい。
学校が見えなくなってきたところで、自分がとんでもないことを知ってしまったことに気づいた。
「北代が月宮をまだ好きってことか?」
思わず声に漏らして、瞬時に周囲を確かめる。幸い、周りで聞いている人はいなかった。
でも待てよ、北代は確か夏祭りで他の女子と一緒にいたはずだ。
夏祭りに男女二人だけでくるとなると、その関係がどんなものなのかなんてかんがえたらすぐにわかる。
じゃあ、もうあの彼女とは別れたってことか。
他の女と付き合ってみて月宮の大切さに気づいたってとこだろうか。
なんだそれ。心底どうでもいいな。
なら何で俺なんかに勝負を仕掛けてくるんだよ。俺はあいつの彼氏でもないし、月宮が俺を好きなわけでもない。
それに月宮はまだ北代のこと……って何考えてんだ俺。
それで月宮が満足いくならいいじゃねえか。ずっと忘れられなかった人とまた付き合えるのなら、それが一番だ。
俺が月宮に教えてあげれば、きっとすぐにでも北代に告白しにいくだろう。
わざわざクラスマッチで、それもサッカーだなんて、めんどくさいことをしなくても全てが丸く収まる。
ポケットからスマホを取り出して、月宮の連絡先を開く。
「……まだ委員会やってるしな」
そう呟いて、俺はそっとスマホをしまった。
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