第14話 梅ヶ枝餅

「なんでわざわざこんなところまで来たんだ?」

「そんなつれないこと言わないでくださいよ先輩。今月末には期末テストもありますし、ちょうどいいじゃないですか」

「期末テストごときで来るようなところじゃないだろ」


 大きな石製の鳥居の先の参道には多くの店が構えられていて、もうすでに多くの観光客で賑わっていた。

 電車で一時間半も揺られてやって来たのは、学問の神様、菅原道真が祀られている『太宰府天満宮』。学業においてご利益があるとされているこの神社は観光地としても名高い。

 特にこの参道にあるスタバは、有名な建築家の『自然素材による伝統と現代の融合』という凡人にはよくわからないコンセプトのもと設計されており、よく街中で見る他の店舗とは明らかに造りが違う。

 そういう珍しいものもあれば、女子高生が好みそうなおしゃれなカフェ、また日本の伝統を感じられるような場所も多く、日本国内だけでなく、海外の観光者も多い。


「じゃあさっそく、女子はここで一旦別行動にしまーす」

「え、美麗先輩、ちょ、ちょっと聞いてないですよお」

「みれぴょん私をどこに連れて行くのさあ!」


 参道に入るやいなや、漆原が二人を強引に引き連れて、人ごみへと消えて行ってしまった。


「何あれどういうこと?」

「まあそれはお楽しみだよ。それまで男子二人で楽しもうよ。二人でゆっくりするのなんか久しぶりだろ?」


 そう言って、神崎は俺の前を歩き始めた。

 かっこよすぎて危うく新しい扉が開きかけちゃったじゃねえか。



 こういう人ごみに来ると、改めて神崎のイケメン具合には度肝を抜かされる。

 言うまでもなく、神崎が通り過ぎると、近くにいた女子は目をハートに輝かせながら振り返る。中には写真を一緒に撮って欲しいと言う女子まで現れて、俺は終始カメラマンに徹していた。

 初めは例のスタバでコーヒーでも飲もうとしていたのだが、並んでいるだけで周りの女子の対応に収拾がつかなくなって来たため、俺たちは参道から外れたところにある小さなカフェに腰掛けていた。


「おい、お前もう帰れよ」

「そんなひどいこと言うなよ。友達だろ」

「お前のその顔面のせいで参拝するところまで進めねえぞ。むしろ菅原道眞よりお前の方が拝まれてんじゃねえか」

「まあそう言うなって。あ、美麗達終わったって。もうすぐここに着くみたいだな」

「カメラワークが忙しすぎて女子の存在なんか忘れてたな」

「瀬良、そんなこと言ってるとモテないぞ」

「るっせ」


 そりゃ少しぐらいはモテたいと言う気持ちはあるが、なんせこのツラだ。決してブサイクではないがかっこよくはない。髪の毛も癖っ毛だし、身長が高いわけでもない。それなりに自分の容姿のレベルは把握している。

 それに、あんなに人にたかられるぐらいなら、いっそモテない方がいい。ほんとに思ってるよ?


「あ、きたきた」

「ごめん、ちょっと待たせちゃった」


 神崎が手招きする方を振り向くと、そこには全世界の男子が悶絶必至の光景が広がっていた。

 茶色をベースとした決して華やかではない着物が漆原に着飾られることによって、国宝級の着物であるかのような存在感を放つ。

 もちろん漆原だけではない。

 姫野が身を包んでいる赤色の着物も、ありきたりな色でありながら、見事に姫野のためだけに用意されたものといってもおかしくはないほどに着こなしている。

 −−そして。


「先輩、どうですか? あ、もしかして似合いすぎて悶絶なうですか?」


 いつものように俺をバカにする態度だか、心なしかモジモジしているように見える。

 結論からいうと、悔しいほどに似合っていた。

 橙と白が入り混じった着物は、月宮の肩まで伸びた栗色の髪の毛と相性が良く、より着物が映えて見える。

 それに彼女のほんのりと赤く染まった肌を見ていると、こっちまでなんだか恥ずかしくなって来て、思わず目を逸らしてしまった。


「……なんか動きにくそうだな」

「な! 何ですかその感想!」


 さすがに今の返事には、漆原、神崎、そして姫野でさえもあからさまに引いていた。


「まあ、その似合ってんじゃねえの? 知らんけど」


 自分でも今のはなかったなと反省。改めてちゃんとした感想を述べる。


「……そうですか」


 どうせ、いつものように挑発的な態度を取って来るのだろうと構えていると、以外にも月宮は下を向いて、へそのあたりで指を絡ませながらぼそっと呟くだけだった。

 なんだその反応は。やめろよ、ちょっと可愛く見えちゃうだろ。


「瀬良っち瀬良っち、私は私は?」


 ちょうどその時姫野が元気よく身を乗り出しながら聞いて来た。


「うん、似合ってる。さすがだな」

「えへへ、嬉しいなあ」

「ちょっと先輩。なんで私の時より素直に答えてるんですか? ねえ先輩」

「うるせえな。準備できたんなら早く行こうぜ」


 これ以上着物についてあれこれ言うのも面倒だったので、俺は素早く会計を済ませみんなを店の外に出した。


「瀬良くんもっと素直に褒めてあげればいいのに」


 店先では、神崎が姫野と月宮のツーショットを撮ってあげている。

 急に耳元で漆原の透き通った声が聞こえて、思わず距離をとってしまった。


「なんのことだよ」

「紬ちゃんのことだよ。瀬良くんに褒めてもらいたかったと思うなあ」

「ちゃんと似合ってるって言っただろ」

「もっとこう素直に可愛いとか言ってあげなよ。それともなに? あんなにおめかしした紬ちゃんが可愛くないとでも言うの?」

「そう言うわけでは……。あいつにそんなこと言ったらまた調子に乗るだろ? だから敢えて言わないようにしてるんだよ」

「はあ……、瀬良くん紬ちゃんのことめんどくさいって言ってたけど、自分も人のこと言えないよ」


 やれやれと言わんばかりにため息をつきながら両手を仰ぐ。


「お前なあ」


 お前は当事者じゃないからそんなことが言えるんだ、とでも言ってやろうかと思ったが、ここで漆原にそんなことを言っても、ただの言い訳にしかならない気がして、ぐっと言葉を止める。


「咲と昔何があったかは知らないけどさ、中途半端な態度とってるとどっちも傷つけちゃうよ」

「おい、漆原。まじでなんの話してんだ?」

「……はあ、もういいよ。早く行こう」


 なぜか軽蔑の目を向けられた俺は、結局漆原が何を言っているのか理解できず、ふらふらと漆原と三人の後ろをついていくことしかできなかった。

 

 どうせまた神崎に心をやられた女子達が怒涛どとうの勢いで押し寄せて来るのだろうと言う心配は、漆原が隣にいることで完全に無用となった。

 周囲にいる女子達も男子達も俺たち一向を魂が吸い取られているように見つめているが、二人の神々し過ぎる雰囲気に立ち入ることのできる者は誰一人としていない。

 さらにこの二人だけでなく、月宮と姫野という二大勢力まで加わったことにより、誰も触れることのできない聖域と化している。

 そんな中に入っていくことは、連れである俺ですら億劫おっくうになり、彼らと少々離れた位置で花の楽園を眺めていた。


「はい、梅ヶ枝餅」


 ぼーっとしている俺に両手いっぱいの梅ヶ枝餅を抱えた姫野が、その中の一つを渡して来た。


「おお、ありがとう」

「やっぱり太宰府って言ったら梅ヶ枝餅だよね」

「いや、そうでもないだろ。初詣に行けばここじゃない神社でも出店で売ってるし」


 梅ヶ枝餅は太宰府天満宮の名物であるが、その実福岡県のそこそこの規模の神社に行けば割と売っている。確か大分の神社でも売ってた気がするな。特別感もあったもんじゃない。


「またまたあ、そんなつまらないこと言いなさんな。ねえどうして梅ヶ枝餅ができたか知ってる?」


 梅ヶ枝餅を元気よく頬張ほおばりながら、姫野が聞いてきた。


「なんか菅原道真が好きだったみたいな話じゃねえの?」


 何年か前に親父からそんな話を聞いたが詳しくは覚えていない。


「そうそう。でももっと詳しく言うとね、道眞が太宰府に左遷された時に、餅を売ってた老婆が『道眞元気出せよベイビー』って言って餅をあげたんだって」

「おい、平安時代にそんなパンクな婆さんいるのかよ」

「いるいる! いつの時代もロックだぜって! ってね」

「なんだそれ」

「だから、はい、梅ヶ枝餅ちゃんあげる」


 関西のおばちゃんみたいに言う姫野は、腕いっぱいの梅ヶ枝餅を一つ取り出して、俺の胸に押し付ける。


「いや、俺もういらないんだけど」

「もらえるものはもらっとかないと損だぞ? 少年」

「はあ……」


 結構餅って腹にたまるんだよなあと胃の心配をしていると、姫野はもう前にいる三人に梅ヶ枝餅を押し付けていた。

 もらった梅ヶ枝餅を一口かじると、疲れが少しだけ和らいだ気がした。

 

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