第8話 トリプルルック
休日のショッピングモールは、家族連れや中高生、そしてカップルたちで埋め尽くされていて、どこにいても息が苦しくなりそうだ。
大都会のショッピングモールならまだしも、こんな都会もどきのショッピングモールなんか、映画を見るか、ゲーセンで遊ぶかの二択しかないし、アパレルショップに関しても、少子高齢化が進んでいるのか、レディースショップは充実しているものの、メンズショップはターゲット層が高く、高校生が好んで着るようなブランドはほとんどない。
まあ、俺の場合、服なんてダサくなければそれでいいと言う考えなので、無難にユイクロか無地良品でしか買わないから、そこまで影響はない。
ちなみに今日のコーデはトップスとジーンズはユイクロで、スニーカーは無地良品、これぞまさにプチプラコーデだ。
「先輩っ、服見ませんか?」
「見てきていいぞ、俺本屋行っとくわ」
「先輩、女心って知ってます?」
月宮が大きなため息をつきながら、首を横に振った後、眉根を潜めて聞いてきた。
「そんなもん知らんわ」
なんだよ女心って。
男がなにかと都合の悪い行動をすればすぐに女心女心。そう言うお前らは男心理解してんのか? 月宮、お前に俺の今の感情がわかるか? わからないだろ? 俺は今すぐ帰りたい。
「てかそもそも先輩の服買いに行くんですけど」
「は? 俺別に服いらないぞ。持ってるし」
「そんなよれよれのTシャツじゃ恥ずかしいですよ」
「いや別にそんなよれよれじゃ……」
言われて、自分の服をよく見てみると、襟や袖先は情けなく垂れ下がっていて、全体的にも色褪せている。
「まぁそうだな。ちょうどいいし買うか。お前はレディースの服でも見てたら?」
「だからあ、女心知ってます?」
「だからあ、知らねえって言ってるだろ」
「私も一緒に選びます。ほら、早く行きましょー」
月宮は俺の意思などお構いなしに手をつかんで強引に引っ張る。
ほら見ろ、男心なんてわかっちゃいない。
月宮に連れて行かれた店は、初めて行く店だった。
ここ最近、休日は家に閉じこもっていたから、ここに来るのは結構久しぶりで、何店舗か見たことがない店ができていた。
この店は、このショッピングモールでは珍しく、若者向けの服を取り揃えているようで、他の店舗と比べて、BGMの音量はでかいし、店員もキラキラしていて俺の目には少し眩しすぎる。
なによりも……。
「Tシャツで7000円って高すぎだろ」
「メンズだったらそれくらい当たり前じゃないですか? てかそんなこと言ったらお店に失礼ですよ」
「だからこうして小声で話してるんだろ。他の店行こうぜ」
「ええ……」
俺の提案に乗り気じゃない月宮は、なかなか決断しない。そのせいで一番嫌なパターンなってしまった。
「お客様、何かお探しですか?」
営業スマイル全開のロンゲで髭のはやしたダンディーな男性店員が話しかけてきた。
目がちかちかするほどの柄物オープンカラーシャツに、ダボっとしたワイドパンツ、足元は構造がよくわからないごちゃごちゃしたサンダルを履いている。
まだ6月だというのに、どこか常夏のビーチを連想させるスタイルからは胡散臭が伝わってきて、俺が女子ならこの人とは付き合わないな、なんて失礼極まりない考えが頭をよぎる。
「あ、いえその……」
「可愛いTシャツを探してて」
月宮はこういうのに慣れてるのか、笑顔で返す。
「そうなんですね。あ、今手元にあるTシャツは今季の新作でして、生地もしっかりしてて、シンプルなんですけどちょっと胸元のワンポイントで遊んでるって感じで、結構人気の商品となってますねえ」
胸のワンポイントで遊ぶ? なにそれ楽しいの?
「ああ……、でもちょっと金銭的に……」
「それでしたら、こちらの」
そう言って、店員は俺たちを引き連れて別の棚へと向かう。
「先輩、もっと楽しそうにしてくださいよ。あっちも仕事でやってるんですから」
月宮が、俺の耳元でささやく。
お前キャバクラ通いの中年かよ。
「こちらの棚のアイテムでしたら、プライスもお手頃ですし、デザインも可愛らしくってお客様にもお似合いかと」
横文字のイントネーションが全部俺の知ってるイントネーションと違うことに戸惑う。あれ、全部そんなに語尾右上がりだっけ?
「ええ、これめっちゃ可愛い! 先輩絶対似合いますよ」
月宮が手にとったのは、右胸にメロンクリームソーダのイラストが書かれた至ってシンプルなTシャツ。
まあ、これくらいのシンプルさなら別にいいか。メロンクリームソーダのイラストすらいらん気もするけど。
これ以上接客されるのもめんどくさいので、ほぼ買う覚悟を決めてTシャツを身に当てて鏡で確認する。価格を見てみると二千円。確かにお手頃なプライスだ。ん、やっぱこのイントネーション違和感あるぞ。
「ご試着されますか?」
「はい! します!」
店員は明らかに俺に聞いてるのに、月宮が食い気味に答える。
俺は言われるがままに試着室に入り、よれよれのTシャツを脱いで、着替える。
その間、さっきの店員が他の客と会計のやりとりをしている声が聞こえてきた。他の店員がいるのに大変だな、なんて思いながら、まず、試着室の鏡で確かめる。が、これ似合ってんの? よくわからんな。
「先輩着ましたか?」
「おう」
「見せてくださーい」
カーテンを開けて、外に出る。
「めっちゃ似合ってますよ先輩」
「やっぱりお客さん、すごいスタイルいいんで、そういうシンプルなアイテム似合いますよ。サイズ感もすごいちょうど良さそうですし、お客さんそのままでも充分爽やかで素敵な方なんですけど、アイテムが白っていうのもあってさらに爽やかに感じますねえ。いや自分もここまで似合うなんてびっくりしました」
店員さん、あなた日本褒め言葉検定一級の所持者だったりします?
いくら仕事とは言え、ここまで褒められて嬉しくない奴はいない。
「そ、そうですかね……」
店員の目を直視できず、目線を落として頭を掻く。なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。ここまで言われて買わないわけにもいかないしな。今回は店員の勝ちだ。
「これ、買います」
「ありがとうございます。いやあ、自分も同じ奴の色違い持ってるんですけど、すごい使いやすいですよ」
え、何それ全然嬉しくない。やっぱり買うのやめようかな。
しかし、今更買うのやめますなんていう勇気もなく、俺はその場でTシャツを着替えて、店を後にした。
「先輩、良かったですね」
「良かったのか悪かったのかわからんけどな」
「なんでですかー? めっちゃ似合ってましたよ。てかこのヨレヨレTシャツもういらないですね」
なぜか月宮が持っている紙袋に入った俺のTシャツを指差す。
「そうだな」
「帰って捨てますか?」
「まあ、そうなるか」
「わかりました。あ、ちょっと私トイレ行ってきますね」
「じゃあその辺で待ってるわ」
月宮は颯爽とトイレに消えていき、俺は近くのベンチに座って、店員とペアルックだという現実を、必死に受け入れようとしていた。
5分ほど、葛藤していると、誰かに肩を叩かれて、振り返った先にはトイレから帰ってきた月宮がいた。
「え、お前マジシャン?」
なぜ、俺がそう思ったかというと、月宮が着ているTシャツがさっき俺が買ったものと同じだったからだ。テレポーテーションでもされたのかと、自分のTシャツを確認したが、間違いなくさっき買ったTシャツだった。
「なに言ってるんですか。私もさっき買ったんですよ」
「は、なんでだよ」
「ペアルックしたかったからです」
私可愛いでしょ、と言わんばかりににたにたと歯を見せる月宮。
「お前そんなん恥ずかしいだろ! 俺は着替えるからな!」
と啖呵を切ったはいいが、俺の前のTシャツが見当たらない。
ふと月宮がもっていたことを思い出して、月宮の手元を見るが、何故か紙袋は姿を消している。
「俺のTシャツは?」
「捨てました」
「なんでだよ!」
「だって、先輩ペアルックとか言ったら絶対着替えるなんて言い出すと思いましたし、もう捨てるって言ってたしいいかなって」
いやもうペアルックというか、店員入れてトリプルルックじゃねえか。
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