第9話 プリクラ
完全にはめられた。こいつは初めからこれが目的で、わざわざ俺に服を買わせたんだろう。
「それよりお前、それサイズ合ってんのかよ」
「だってもうこのサイズしかなかったんですもん。変……ですか?」
月宮は、膝まで伸びたシャツの裾を広げるようにして持ち、上目遣いで俺を見る。だぼっとしたシャツのせいで、短パンが見事に隠れ、何も知らない奴からしたら、もしかして下は……、みたいな幻想を抱かせるに違いない。実際俺も目のやり場に困る。
「そういうわけじゃないけど……」
「似合ってる、とか言ってくださいよ」
ぶすっとした表情をしつつ、月宮は俺の目から視線を外そうとしない。
「なんだその……、似合ってるんじゃねえの……?」
「はは、先輩のエッチ」
「なんでそうなんだよ!」
「顔赤いですよ」
目を細めた月宮が、にんまりと口元を緩め、覗き込むようにして俺を見る。
恥ずかしいこと極まりないが、こんなところで下着でうろうろするわけにもいかない。
「う、うるせえな! さっさと次行こうぜ」
「じゃあ次はプリとりましょう」
「嫌だ」
もちろん、俺に拒否権などなく、月宮は俺の手をとってプリクラコーナーへと駆け出す。
プリクラコーナーには八割方、女子中高生で埋め尽くされていて、残りの二割はカップルが撮ったばかりのプリクラを見て、きゃっきゃうふふしていた。クーラーが効きすぎてるんじゃないかと心配になるぐらいには寒かった。
「おい月宮、俺たちは入れないぞ」
「なんでですか?」
俺は入り口に書かれてある注意書きを指差す。そこには女性客、カップル客以外は利用禁止という内容が記されていた。俺と月宮の関係性は友達またはそれ以下、つまりこの条件を満たしていないと言うことだ。
女尊男卑も甚だしいが、今の俺にとっては素晴らしい。
「んじゃ他のとこ行くか」
「大丈夫ですよ。私たちカップルなんで」
月宮は店内で構える店員に軽く会釈をすると、何の躊躇もなく俺の手を引いて中に入る。
ちょ、店員さん、俺たちカップルじゃないんでつまみ出していいんですよ……?
しかし、店員は和やかに微笑むだけで、俺たちのことは全く問題視していない様子だ。
月宮はかなり慣れた手つきで背景や肌の彩度、目の大きさを選んで行く。
「さ、先輩っ、撮りましょう」
月宮が鼻歌を歌いながら俺の背中を押す。
中は全然知らないポップな洋楽が流れていて、月宮が撮影開始のボタンを押すと、女性のアナウンスが聞こえてくる。
『顎の下でピース!』
え、なになに? 顎の下でピース? どうやんの?
顎の下で自分の手を試行錯誤している最中、アナウンスは嘲笑うかのようなスピードでシャッターを切る。は、はやくね?
「先輩なんで横ピースなんですか」
月宮が画面に映った俺を見て腹を抱えて爆笑する。が、次のアナウンスが流れるとすぐに切り替えて決めポーズを取る。じょ、女子すげえ。
ちなみに今回のアナウンスは「一緒に〜、シャキーン!」である。パワワップでもすんのかよ。
俺は百メートル走世界記録保持者のあの「シャキーン」をかましたのだが、どうやら不正解だったようで、月宮は拳銃の真似をする時の手の形を顎に添えている。それ「バキューン」じゃないの?
「先輩、キスプリ撮りますか?」
「なんだそれ、新しいジャニーズのグループか?」
「それはキンプリです」
おお、なかなか頭の回転が早い。
普通、女子にこんなこと言われれば、心臓の鼓動が五倍ぐらい早くなるのだろうが、こいつの表情から俺をバカにしている様子が伺えるので、ぶん殴ってやろうか、ぐらいの感情しか出てこない。
「誰がそんな罰ゲームするかよ」
「ば! 罰ゲームとは失礼な! じょ、冗談ですし、本気にしないでください」
「そんなこと簡単に言うなよ。お前、ビッチだと思われるぞ」
「ビッチだなんて! 私はまだ処……、あわわわわ! そのなんというか……」
取り乱した様子で弁解しようとする月宮。
「いや、別に恥ずかしがらんでも良いだろ。誰もそんなこと気にしねえよ」
「……先輩も、ですか?」
「ああ、そうだな気にしない。むしろ……」
おっと危ない、危うく童貞の妄想をぶちまけてしまうところだった。
「そうですか……。でも先輩、私に恥ずかしい思いさせた責任は取ってくださいね」
「はあ? 知らねえよそんなの」
呆れ返る俺に構うことなく月宮が俺の腕に勢いよく飛びついてきた。
「ちょ、おま」
−−カシャッ。
画面には、一瞬だけ困惑した表情の俺と、俺の腕をしっかりと掴んだ月宮の笑顔が映し出された。
「おい、お前こんな恥ずかしい写真……」
まだ腕に飛びついている月宮の方に顔を向けると、月宮は「してやったり」という表情で俺を見上げていてが、心なしか頰が赤く染まっているような気がした。確かに、プリクラ機の中は少し暑いしな。
「離れろって」
「先輩恥ずかしいんですね? さっきのお返し、成功です」
そういって、月宮はそそくさと撮影ブースから出て行き、落書きブースへと向かった。
さっきのお返しって、お前もちょと恥ずかしがってんじゃねえか。恥ずかしいならそんなことするなよ。
さっきの月宮の表情が脳裏に浮かぶ。
俺は自分の頰が赤く染まっていないことを確認しようとカメラを覗き込んでみたが、よくわからなかった。
不適切なアナウンスに翻弄され疲弊した俺は、落書きの一切を月宮に任せ、近くのベンチに腰掛けた。
「せーんぱいっ、はいこれあげます」
落書きを終えた月宮が半分に切ったプリクラを俺に差し出す。
「いや、俺いらんけど」
「だめです。記念に持っていてください」
手の中に押し込まれたプリクラを見ると、肌の色が真っ白で見事に目の大きさが倍になった俺が映っていて、気持ち悪くなる。それに対して、月宮は肌の色も目の大きさもそこまで変わっていなくて、改めてこいつ顔は可愛いんだよなあ、と実感する。性格は全然可愛くないけど。
「お前これなんて書いてんの?」
「せっかくペアルックしてるので、恋人感出してみました。先輩英語読めないんですか? ぷぷっ」
月宮は手のひらを口に当てて挑発しているつもりなんだろう。
「いやお前これ書きたいことはわかるんだけど、俺たち知り合って一ヶ月もたってないし、そもそもこれの意味『口』だし」
俺は「1mouthあにばーさりー」と書かれた落書きを指差す。一口記念日ってなんだよ。しかも最後ひらがなじゃねえか諦めんな。
「はっっっ! 先輩撮り直しましょう」
「嫌だよ。もうプリクラはたくさんだ」
「そんなこと言わずにー」
「嫌だね。一人で撮れ」
「もう! 先輩なんか知りません!」
言うと、月宮は鼻を大きく膨らまして、シャツの袖を掴んでいるが、俺は無視して先を歩いた。
初めは月宮も意固地になって、そこから動かないつもりでいたんだろうが、俺が一向に振り返らないせいで、早足で後ろまで来た。
「何で先行くんですか?」
お前が知らないって言ったんだろ。
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