第3話 月宮紬は愛が欲しい

「なんて言った?」


 聞き間違えであることを祈りながら、俺は月宮に聞き返す。


「私と付き合ってください」

「誰が?」

「瀬良先輩です」

「は? なんで?」

「だって先輩今私のことすごいって言いましたよね? ということはつまり私のことが好きという……」

「どういう思考回路だよ! お前バグってるぞ」

「じゃあ、先輩が次の彼氏見つけてください」

「なんでだよ!」

「いい人見つかるって言いましたよね? じゃあ先輩が見つけてくださいよ!」

「お前……、めちゃくちゃだぞ。そんなもん自分で見つけろ。俺もう帰るから」

 

 月宮が恐ろしくなった俺は、カバンを抱えて立ち上がろうとした。

 が、月宮がそれを許すはずもなく、俺のカバンをぐっと掴む。


「いい人見つけてください」

「自分で探せ」

 

 カバンはなかなか月宮の手から離れず、手に汗握る攻防が繰り広げらる。


「なら先輩が付き合ってください」

「嫌だね。大体お前俺のこと好きじゃないだろ」

「はい。好きじゃないです」

「じゃあなんでだよ」

「寂しいんです」

 

 カバンが月宮の方に引き寄せられる。

 こいつどこにそんな力があんだよ。


「お前が寂しいとか知らねえよ。自分の寂しさぐらい自分で埋めろ」

「一度愛を知ってしまった私は、もう愛のない生活には戻れないんです」

 

 なにお前、恋愛体質とか口走っちゃうただのビッチなの?


「俺はお前に対して愛なんかこれっぽっちもない」

「それでもいいです」

「いいのかよ!」

「付き合ってください!」

「嫌です!」

「付き合ってください!」

「嫌だっつってんだろ! だいたい俺はお前みたいなメンヘラと付き合うなんてごめんなんだよ!」

 

 俺の言葉を聞いた月宮の手から、力が一気に抜けたせいで、俺の体はカバンとともに後方に飛ばされてしまった。


「メンヘラ……」


 月宮は心ここにあらずという感じで、ポツリと呟く。

 やってしまった。あまりに月宮がしつこいから、さっきから頭をよぎっていた言葉を言ってしまった。


「その、あれだよ……なんというか」

 

 言い訳が思いつかない。

 いや、なんで言い訳を考えないといけないんだよ。悪いのは月宮のバグり倒した思考回路であって、俺じゃない。

 顔を上げて月宮を見ると、はっきりと見開いた目から、涙が一滴、頰を伝う。

 あかん、また大雨や。


「うあああああん! ぜんばいが、あだじのごど、ひくっ、めんへらっでいっだあああ」

「おい、泣くな! 頼むから!」

 

 めんどくさすぎでこっちが泣きそうになる。

 月宮の元に寄るが、どうすれば泣き止むのかわからない。産後鬱になる母親の気持ちが身に染みてわかる。


「ええええええん! わだじなんで、あぐっ、じんだほうがいいいいい」

 

 泣きながらそれいうとメンヘラっぽさが増すからやめろよ。

 また、泣き声を聞きつけた野次馬たちが、俺たちの周りに集まり始めた。お前ら部活に集中しろよ。


「わかった! わかったから! 友達ってのはどうだ? 付き合うのはほらまだ早いだろ? だから友達から始めよう。な?」

「ともだち……?」

 

 俺の言葉を聞いた月宮は、泣くのを一旦やめて、聞き返す。


「そう友達。いいだろ?」

「そこに、愛は……ありますか?」

 

 知らん。今野に聞け、今野に。


「友達としての愛ならある……と思う」


 多分ないけど。


「なら一応良しとします。これから友達として、私の次の彼氏ができるのをサポートしてください」

「おい、なんか変なの増えてないか?」

「細かいこと気にしてたら嫌われますよ。私に」

 

 月宮は涙目のままいたずらな笑顔を作って、ウインクをしてみせた。

 いやもういっそ嫌われていいんですけど……。




 月宮のせいで一ヶ月分は体力を使ってしまった。

 帰るなり、すぐにベッドに飛び込んだ俺は、全身の疲労が癒されていくのを感じながら、いつの間にか眠ってしまっていた。

 鳴り響く機械音が俺の脳を刺激して、瞼を開かせる。

 アラームなんてセットした記憶はない。ということは今なっているこの音は着信音で、誰かから電話がかかってきているということか。

 連絡をこまめに取り合うほど仲がいいやつといえば、神崎ぐらいしかいないため、電話番号も見ずにスマホを手に取った。


「神崎、どうかしたか?」

『なに言ってるんですか? 私ですよ私』

「……すいません。その手の詐欺なら他の方にお願いします」

 

 俺はそう言って、電話を切った。

 オレオレ詐欺は聞いたことあるけど、私私詐欺は初めてだな。やっぱ男の声より女の声のほうが信頼してもらいやすいのかな。

 私私詐欺の斬新さに感心しつつ、再び眠りにつこうとすると、また着信音が鳴る。

 もしかしてまた私私詐欺か? ガツンと言ってやろう。


「すいませんけど……」

『なんで切るんですか! 私からの電話ですよ! 誰と勘違いしてるのか知りませんけど、友達の声を判別できないなんて友達の風上にもおけませんね!』

 

 この甲高い声、やけに自己中心的な主張、まじかよ……。


「……月宮か?」

『ご名答!』

「なんでお前が俺の電話番号知ってんだよ」

『聞きたいですか?』

 

 挑発的な声を聞いて、苛立ちは募る一方だ。


「早く言え」

『先輩がジュース買ってる時に、スマホ覗かせてもらいました! これが真実です』

「これが真実です。じゃねえよ! お前早めにそのやばい性格直した方がいいぞ。全国ネットに名前が流れそうで恐ろしいわ」

『やだなあ先輩。こんなこと先輩にしかしませんよ』

 

 なぜだろう。普通女子にこんなこと言われたら勘違いしちゃって告白なんかしちゃいそうなのに、全然響かないわ。むしろ恐怖。


「全然嬉しくねえ」

『友達だから当たり前ですよ?』

「親しき仲にも礼儀ありって言葉知らねえのかよ」

『やだなあ先輩。まだ私たち出会ってすぐじゃないですか。親しくなってから言ってくださいよ』

 

 苛立ちが限界を突破し、気づけばベッドを殴り続けていた。いつか本気で月宮をぶん殴っいてしまうかもしれない。俺の名前が全国ネットで流れるのも時間の問題だ。


「で、なんか用か?」

『いえ、特には』

「じゃあな」

『あ、ちょっ……』

 

 引き留めようとする月宮をがん無視し、やや力を込めて通話終了のボタンを押す。

 まさか、電話番号を勝手に入手してるとは思わなかった。これ訴えたら勝てるんじゃね?

 やっぱり周りにどう思われようが、月宮なんて構わずにまっすぐ帰ればよかった。

 でも、無理やり切ったのは少しやりすぎだっただろうか。いや、それぐらい厳しく接しないと、月宮はどんどん踏み込んできそうだしな。

 すると、再びスマホが鳴り始めた。

 まだ登録していない番号、きっと月宮だ。

 ふと月宮が北代に振られた時の表情が、頭をよぎった。

 どこにもやりようがない気持ちをせめてどこかに吐き出したくて、好きでもない男にすがってしまうほど、身も心もズタボロなのだろう。

 話だけでも聞いてやるって言ってしまったからな。そりゃ毎日なんて無理だが、ちゃんと説明すればあいつも少しぐらい理解できるだろう。

 俺はスマホを片手にとって、電話に出た。


「月宮、あのな……」

『先輩のバカっ! べー!』


 月宮は、鼓膜が破れてしまうほどの声量でそれだけ言い残し、電話を切った。

 俺は、優しく微笑みながら、その電話番号を着信拒否に設定して、また深い眠りについた。


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