第09話  ─     聖帝     ─






「さて、仕切り直しです、師匠。今度は僕から行きますね」


 ルイが生み出した魔帝剣アペルピシアと神聖剣エルピス。

 それらは天職スキル〈魔帝剣〉と〈神聖剣〉によって、フィーリアに対抗する為に生み出した武器だ。


 360°ありとあらゆる場所から同時に襲いかかる死の鎗。


 何処を防いでも隙間から身体を穿つソレに対抗するために必要なものを生み出さなければならず、かなりの時間を必要とした結果に生まれたのが魔帝剣アペルピシアなのだ。


「どこからでも、来なさい」


 手には【必滅ノ紅棘鎗ゲイ・ボルグ】は存在せず、【最愛殺シノ銀鎗ブリュン・ヒルデ】と再び顕現させた【轟吼ノ滅龍剣グラム・バルムンク】。


 片手では流石に対処が困難だろう大剣を持つ左手側から回り込む様にルイが地を駆ける。


「その大きさ、流石に早く振るえないでしょッ!」


 アペルピシアを勢いよく斜に振り下ろす。


「誰が片手で振るって言った?」


 瞬間、片手に持っていた銀鎗が靄となって消える。

 両手に持った大剣で難なくルイの振り下ろしを防いだフィーリアが楽し気に笑みを深めた。


「でも、これで、がら空きだよ師匠ッ!」


 両手で大剣を扱うフィーリアに片手で拮抗するルイ。

 その力を拮抗させる事で隙を作り懐にエルピスを差し込む算段だ。


 だが、


「あは、残念だね?」

「……なんッ!?」


 いつの間にかルイの撃ち合っていた大剣は大きさを片手直剣にまで縮め、色を青一色に染めていた。


 そしてエルピスを防ぐのは赤一色の片手直剣。


 その両手はまるで竜の様に鱗を纏い、翼の他に角と尻尾も生やしていた。

 発展途上なのか鱗が覆う手もまだ手首まで、角も見れば明らかに小さい。


(ここで畳みかけないとっ)


「〈魔剣ノ雨イヴィルブレイド・レイン〉ッ」


 彼女はルイの魔法を発動させる前から詠唱を開始していた。


「{我が身に宿れ、双龍よ。紅き龍と蒼き龍。それは破壊と厄災の象徴なり}」


 手首を覆う鱗は肩にまで到達し、大剣を顕現させれば生える翼は更に大きく、角は捻じ曲がった歪な形へと変化する。


龍化ドラグナイズ……はぁッ」


「んだよ、それ……ッ! くっ……!」


 龍の力を宿したかの様な容姿の変化、余りのことに振り下ろされた紅い剣と上手く力の入らなかった右手の黒剣を吹き飛ばされてしまう。


「隙あり、よ? ルイくん」


「ッあ゛……」


 蒼剣で今度は横薙ぎの一撃を加え、ルイを軽々と吹き飛ばす。

 何度も地を跳ねながら距離が離れる彼へ追撃とばかりに迫るフィーリア。


「ほら、流れに身を任せると死ぬよッ」


「あ~、もうッ……くそ! 〈魔帝剣・召喚〉アペルピシアッ!」


 彼女には見せたことのない剣たち。

 紅棘鎗を防いだ上で、それらを扱えば力は普段の数倍。

 にも関わらず、難なくと対処してくる彼女にその差から顔を歪めつつも再召喚したアペルピシアとエルピスで対処。


「〈聖剣ノ盾セイントブレイド・プロテクト〉」


 後退と共に障害物として剣ノ聖法を無作為に発動。


 ある程度離れたルイはフィーリアの行動とは真逆の行為──両手に持った金色で装飾された黒剣と白剣を一つに重ねた。


「〈聖帝剣・降臨〉アステル・ウラヌス」


 此方への道を阻む剣ノ魔法〈聖剣ノ盾セイントブレイド・プロテクト〉も襲い掛からんとしていたフィーリアも同様に吹き飛ばすほどの暴風が吹き荒れ、ルイの手に一振りの剣が生み出された。


 それは握りグリップ剣身ブレイドしか存在せず、その境界を知るすべは黒い剣に点々と存在する星の輝きのみ。


「終わりにしましょう、師匠。──少しばかり、僕も疲れました。降り注げ、〈星屑乃涙ホシクズノナミダ〉」


 彼の剣から輝く星の如く煌めいた光が数多の放物線を描いてフィーリアへと襲い掛かる。


「あはは、だめだめ。まだ終わらないよッ……と」


 左右の剣から同色の炎が轟々と溢れ出る。

 片足を軸にぐるり、回転すればその剣に纏わせた炎が渦を巻きルイの放った光を打ち消していく。


「〈聖剣ノ天撃セイントブレイド・サテライト〉」


 渦を巻くその目の部分の上空から飛来する今までで一番の威力を誇る魔法。

 降りかかる光群は未だ終わりを見せず、フィーリアは渦を巻きながら上空を仰ぐ。


「〈龍ノ咆哮ドラゴン・ブレス〉」


 彼女の口から天撃へと昇る炎。

 それは彼女の動きと連動して渦を巻き天撃にぶち当たる。


 言葉も交わす余裕の無い攻防。


 ルイは更なる追撃として手に持ったアステル・ウラヌスを自身に存在する魔力を纏わせ乗せた力を掌から解き放った。


 瞬間、勢いを乗せるべく踏ん張ったルイの足が地面を軽々と抉っていく。


 轟音響かせ、炎の渦に飛び込んだその剣は止まる気配無く炎を切り裂き突き進む。

 手を防がれたフィーリアの対抗手段はおそらく口からのブレス。


「ぐッ!? 痛ぁッ……!」


 そのブレスのおかげで視界が狭くなっていたのか襲い掛かる星屑を宿した剣に気付けずその身に受けた。


「ふぅ……きっつい、魔力枯渇する、しんどい……っ」


 彼の魔力は常人の遥か上をいく。

 それは彼の知識欲ゆえか、はたまたその天職ゆえか。


 それとも両方か定かではないが、彼のソレの量はフィーリアと同等かそれ以上ある。


「あ~、むり……魔力ない」


 師匠である方は大の字で地べたに寝転がっていた。


 この一撃が張り詰めて体内から絞り出すように行使していた魔力とそのための集中を散らしたのだ。


 その体を覆っていた鱗も翼も角も消え去り、手に持っていた剣も塵となって消え去る。


「あぁぁぁぁぁ、やっと終わったぁ」


「んんぅ、そんなに私といるのが嫌なのか、このばか弟子ぃッ」


 余りの喜び様にむすっとした顔をする師匠。


 例え外の世界では何年も経っているわけでは無いが、かなりの時間を共にしたため愛着も沸いてしまったフィーリア。


 弟子の方は開放から全力で喜んでいた。


「あはは……すみません、流石にこの修行は精神にも来るので正直言って早く終わりたかったです」


「ふふ……冗談よ。ま、貴方の修行はまだ終わってないけど。私の番が終わりってだけ。ここからが本番でしょ?──まさか目的忘れた?」


「天職は得たので終わりなのかと……」


 幻装との契約をして後天性天職を得ることが目的だった。

 その為の修行の最中に先天性天職が発現した為、その時点で達成したのだとルイは感じていた。


「私が頼まれたのは幻装を得る方法。だから、最後。契約してもらうわよ」




 ◇ ◇ ◇




 そうして数日後、魔力の完全回復したルイが彼女に連れられて辿り着いたのは何の変哲もない霊峰の麓。


 魔力の扱いを自由自在に行使、知覚できるようになった彼はあることに気が付いた。


(ここ、魔力濃度高くないか……?)


 霊峰の麓の一部だけが明らかに魔力が濃いのだ。


「さすがにそこまで強くなれたらわかるわよね、ここはね?」


 濃い魔力によってカモフラージュされた洞窟の入口が顔を出す。

 その瞬間、圧倒的寒気と共にルイとフィーリアを襲う、ぞくっとした感覚。


 顔が勝手に強張るのがわかる。


「私が唯一契約できなかった幻装が置いてあるのよ」


 彼らに向けられていたぞくっとした感覚、それは洞窟の奥深くに置いてある幻装の殺気だった。


「それじゃあ、行ってきなさい」


 褐色肌をわずかに上気させてそう告げる彼女はどこか興奮していた。

 それがなぜなのか理解は出来ないが、一度契約に失敗した彼女はいけないのだろうと仮定して一人不気味な闇の漂う洞窟へと足を踏み入れた。




 ◇ ◇ ◇




(やばい、なんだこれ……)


 洞窟の最奥の地面に突き刺さる剣。

 それは周囲の魔力を吸収し、果てには洞窟全体だけに留まらず霊峰全域から吸い取っているのだと理解させた。


 その黒い剣の握りグリップには埋め込まれているのか七つの白い半透明な石。

 剣身には何らかの文字が幾重にも重ね掛けしてるように見える。


「恰好良いなぁ」


 ただの一目惚れなのだろう。

 彼はその真っ黒な剣を見た瞬間に惚れてしまった。


 禍々しさと神々しさ。


 相反する二つの感覚をルイは抱いたのだった。


「僕と契約してくれないかな」


 自然と声は出た。

 誰に言うでもなく僕は目の前の剣に向けて告げた。


 呼びかけた。


 まるで友達になってくれないか?とでもいうノリで契約を迫った。


 その返答は……


 それを聞く前に彼の意識は途切れ、気付いた時にはフィーリアの作った白い世界と似た場所にいた。


 そこには七人の影。


 それらは全身が黒いものの髪と目だけが色付けされていた。


『お? テメェがマスターか』


 紅い長髪を腰辺りまで伸ばした影がルイへ対して語り掛けた。


『──ま、とりあえず俺らと語り明かそうぜ? 拳でなァッ゛』





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