おかえり、四年後の世界へ

宇治宮抹茶

第一章 帰還編

第1話 異世界から帰還

無意識のうちに書いてました。









彼が召喚されたのは知るはずもない異世界であった。


そんな異世界、“グレイアド”でも発展した国である“クレイム王国”に彼は召喚された。わけも分からず召喚された彼に託した使命、それは他もなく“魔王を討伐すること”である。このグレイアドという世界において、今度最も人々、そして獣たちを畏怖させる一際恐ろしい存在、それが魔族であり、その頂点に立つのが魔王である。


人や獣を蹂躙し、理不尽に全てを奪っていく。それが奴らのやり方であった。そんな魔族のやり方を示し支配する魔王が、人類に更に強大な被害を及ぼす前に、勇者を召喚し魔王から世界を救うことが決まり、彼は召喚されたのである。


最初の彼は言わずもがな、その魔王の討伐という困難な役目を突然果たせと言われたところで、簡単に首を縦には振らず行動にでることはなかった。


しかし、彼自身の目で見た光景、そして世界からのその必死の願いに彼は押し負け魔王討伐を決心した。


それからというもの、旅を続ける内に増えていく仲間と親友。時にぶつかり合い時に笑い合う。そんな旅を続け、そして戦い続け、それから一年の月日を経て、彼は遂に魔王の討伐を果たしたのだった。





       ※       ※       ※





“クレイム王国”の真ん中に大きくそびえ立つ城、クレイム城の謁見の間にて魔王の討伐を果たした五人の少年少女達は、先ほどまで謁見を行っていた。謁見を終えた五人、その中で唯一違う世界からこの世界に召喚された少年、純黒色の短髪に赤色の双眸が特徴的な翔司凛しょうじりんは一年前に召喚されて以来、来ることもなかった城の最上階の大部屋へとやってきていた。


上を見上げればステンドグラスが一面に広がり、その何枚ものステンドグラスの陽の光が集まる中心に魔方陣が描かれていた。この魔法陣が、凛の元いた世界へと繋がるゲートとなる。


「……やっと、向こうに戻れるんだな……」


彼はそう言って物思いに耽っていた。

いざ考えてみると、魔王の討伐、という偉業を成し遂げることができたのは、自分の力だけでなく、他の四人の仲間たちのおかげだとつくづく実感する。それに、この世界にきて使えるようになった魔法だけでなく、自分の元いた世界から持っていたにも助けられた。


こう思うと、自分がいかに恵まれていたのかがよくわかる。


共に魔王を討伐した四人の少年少女。


アリス。

ヒョウガ。

レオン。

レムリア。


決してこの四人のことを忘れることはないだろう。


この世界と別れるのは、寂しくないと言えばそれは嘘になる。

とてつもない虚言だ。

でも、それでも彼は元いた世界に戻りたいと願っていたのだ。


「………リンさん」

「…お?誰かと思えば、ティナじゃねえか」


階段を上がって彼の前に現れたのは金髪のロングストレート、顔が整っている少女、この国の王女であるティナだ。


「いいんですか?他の方たちにお別れを告げなくて」

「ああ、いいんだ」


彼は彼なりの考え方があった。きっと別れを告げて目の前で消え去るよりも、きっと颯爽といなくなった方が、きっと四人には寂しさも悲しさも薄いだろう、と。それにその方が自分も楽なのだ。


「……あれから、もう一年も経つんですね」

「ああ。随分と長かったよなぁー」

「……色々と迷惑をかけてしまったこともありました。でも、私はあなたと出会えたことに、とても嬉しく思います」


彼女はそう言って徐々に凛との距離を詰めると、顔を赤らめつつも彼の背中に手を回し、抱きついた。一瞬戸惑いを見せる凛であったが、すぐに彼女同様に背中に手を回し強く抱きしめた。


すると、ティナは凛の方に顔をうずめそして涙を流し始めた。


これがきっと、最後になるのだろうと、そう思うだけで彼女の目から涙が溢れてくる。離したくないとより一層強く抱きしめた。


それからしばらくして、落ち着きを取り戻したティナは彼からゆっくりと離れた。


瞼から零れる涙を必死に拭い平常を装いながら、彼女は口にした。


「…今、まで………本当に、ありがとう、ご…ざいま、した……」

「………ああ、ありがとな」


出そうになった涙を、凛はぐっとこらえた。


「じゃあ、またな」


凛はそう一言つげて、魔方陣に――――――


「リン!」


乗ろうとした瞬間だった。彼の名前を叫ぶ声とともに階段を猛烈な勢いで駆け上がっていく音が聞こえ、そこに一人少年が姿を表した。鋭い目つきに白髪が特徴的な青年のレオンだ。すると彼に続いて続々と魔王の討伐を共にした人物たちが現れた。


「ちょっと!なにも言わずにいなくなるなんて、ボク怒るよ!」


短髪の紫色の髪に猫耳、そしてボクという一人称が特徴的な少女、ヒョウガ。


「リン、なんで私になにも言わずに帰ろうとした」


圧倒的な低身長に、綺麗な薄い青色の短髪が特徴的なアリス。


「リン!なんで黙っていこうとしたのよ!」


赤紙のサイドテールが特徴的なよくとおる声の少女レムリア。


四人の共に魔王を倒した仲間たちが、階段を駆け昇り凛の元に現れた。


「お、お前ら、なんでここに……」

「黙っていこうとするからだろうが!帰るんなら最後に一言くらい残してからにしろ!」

「そうだよ!ボク、お別れするならちゃんとお別れしたい!」

「私も同じ。別れるならちゃんと終わらせる」

「その通りよ。ほんと、勝手なんだから。この馬鹿リン」


彼女らの言いたいことはわかる。でも、それだと、別れがより悲しくなる。それに何より凛自身が………


すると、四人は一斉に彼に抱き着いた。


「行くからには……ちゃんと……なんか行ってからにしなさいよ…グスっ…」

「……いやだよ……お別れなんて嫌だよ………」

「……リン……」


それぞれが涙を流し、彼を強く抱きしめていく。


―――ああ、本当にお前らは。

―――本当は泣きたくなかったのに。

―――泣きたくないから、あえて別れを告げなかったのに。


凛の目からあふれる感情が涙として流れ始めた。四人を強く抱きしめて、泣ける限り泣きつくした。


「……お前ら、本当に今までありがとな」

「「…うん」」

「…ああ」

「……」

「アリスもなんか言えよ。てか泣けよ!さっきから抱き着いてるだけじゃねえか!」

「温もり……」

「てめえコラ!」


でも、最後にこうして話をできて良かったと、凜はそう思った。


「じゃあ、こんどこそ……またな」


共に戦い続けた四人。そして支えてくれた少女。


皆に別れの言葉を告げ魔方陣に乗った。

身体はみるみると消えていきそして視界も白くなっていく。

すると、皆が手を伸ばす。

行かないでと、そう言うように。


「……ありがとな」


そう言うと、凜の視界は完全な純白に包まれた。





       ※       ※       ※


あたり一面が純白に染まっているためよく見ることは出来ないが、感覚的に落下しているということは分かった。落ちているせいか、少し頭も重い気がする。


「……これを抜ければ、あっちに戻れるのか……」


一年というのは、長いようで短い。だが、彼にとっては短いようで長い期間だった。これは彼なりの感覚だけでなく、一年の内に多くの出来事があったからでもある。一年の中で多くの新鮮な体験ができた。そんな異世界も悪くはなかったなと、凜は思った。


それにしても、


「……結構暇だな。これどれくらい続くんだ?」

「だいたい、後二時間くらい」

「うわっ、結構長いな」

「しょうがない、違う世界と世界を結んでいるから。むしろ二時間で帰れるのは短い」

「それもそう………は?」


さっきから頭上から声が聞こえる。落下の重力とかで頭重くなってんのかとか思っていたが違うなこれは、と彼は理解を示す。頭の上に手を伸ばしポンと降ろすと、その手はサラサラの髪に触れた。


「ん、くすぐったい」


撫でる様に触ってるとそう声が聞こえる。

彼は「はっ!?」と襟らしき場所を掴み目の前に持ってくると、ぶらんぶらんと揺れる小さな少女短い青髪に、よく見覚えのある顔―――


「ってアリスじゃねえか!」

「来ちゃった」

「ああ、いらっしゃい……じゃなくてだな!なんでついてきたんだよ!」

「私とリンは永遠のパートナー。ついてくるのは当たり前」

「いやいや、お前な!自分のいる世界放り出してまでついてくるか!?」

「うん」

「うんてお前…」


その行動力に溜息をつかざるを得ない。


「…というか、ちょっと待て。さっき泣かなかったのって……お前さては最初からこっち来る気だったな!?」

「当たり前。それの何が悪い」

「いや、逆ギレすんな」


軽くチョップをかましてやると、「いて」とかわいい声を漏らした。

にしても、この状況はどうしたものか。元の異世界に返したいところではあるが、こんな状況だとそれも出来かねる。凛は頭を悩ませる内に、口を開いた。


「……お前は、本当にここに来たくて来たんだよな?」

「さっきからそう言ってる」

「覚悟も決まってるんだよな?」

「勿論」

「………こっちの世界は魔法はなくて、異能の世界だぞ?」

「関係ない。私はあなたと共にいたいだけ」

「………」


しばらくして、


「……わかった。一緒についてきてもいいぞ。ま、なんにせよ返せないしな」


彼女の、アリスの覚悟は固く強い。そんな彼女の思いを否定はしたくないし、何よりここまで自分と一緒にいたいと言ってくれることが、凛は嬉しかった。


それからしばらく、彼女の同行に許可した凛は頭にアリスを乗っけなおして、あっちに行ってからのことを考え続けていた。


「家族に挨拶して……それから学校にも行かないとだめか?それから……」

「……リン、ぶつぶつ言ってるけど、もうすぐ到着する」

「お、まじか?」



どうやらかなり考え込んでいたらしい、いつの間にか時間は経っていたようで下を見下ろすと大きな扉が目に映った。


「うおっ!なんだありゃ!?」

「あれがリンの住んでいた世界の門」

「あれが……アリス、よくつかまってろよ!」



アリスは凛の頭にしがみつき凛も光を遮るように腕を覆い被せる。門はゆっくりと開かれ、そしてまばゆい光と共に扉が開かれた。その光に包みこまれ―――――――












―――――――光が消える。光を遮るために顔を庇っていた腕を解き、閉じていた目をゆっくりと開けると、そこは先ほど見ていた光景とは真反対の暗闇だった。どうやら今は夜の時間帯らしい。


下には異世界では見ることもなかった万丈な建物が並び、夜の街を照らしている。


それを見て、凜は帰ってきた実感が沸き、


「かえってきたぁぁぁぁぁぁ!」


喜びの声を上げた。

約一年の月日を得て、遂に帰ってきた世界。喜びは止まることを知らなかった。しかし、そこに急ブレーキをかけさせたのは、アリスであった。


「リン、喜ぶのはいいけど、今の状況考えて」

「えっ…………」


そういえば、夜空が綺麗に見えるのも当たりの景色が見えるのも考えてみれば空中に浮いているからだ。

空中に―――――


「このままだと、落下の衝撃で大怪我するじゃねえか!!アリス!お前の魔法で!どうにかできないか!?」

「この世界で魔法を使えるかわからない。あと魔法使うのめんどくさい。」

「絶対後者がお前の本音だろ!」

「というか、リンのを使えば着地できる」

「…できることは出来るが……そうすると靴が犠牲になると思うんだが……」

「靴と命、どっちが大事」

「……わーったよ……」


しょうがないなと、あきらめのついた凛は自身の持つ異能を発動する。その状態で頭に乗っていたアリスを凜は持ち上げて包み込むように抱き、そのまま落ちていく。しばらくして、下に見えた山に直行していき勢いよく落下した。


大地を砕く音が轟き、割れた地面の土埃と巻き起こった風が着地の衝撃と共に襲い掛かった。しかし、凜の発動した異能によってかその衝撃はそう強くはなく軽く突かれる程度の優しいモノだった。


その代償に、靴は犠牲となりボロボロになって遂にはちり芥すら残すこともなく霧散した。


「さらばだ……オレの靴……」

「……リン、大丈夫?」

「お前、それ絶対違う意味で心配してるだろ。安心しろ、オレの頭は正常だ」

「……病院行く?」

「正常って言ってんだろうが!」


「冗談」とドライな反応を示し、せっかく乗ってやったと言うのにと凜は一つ溜息をついた。抱いていたアリスを地面にゆっくりと降ろしてやると、ひとまず辺りを見回した。すると、真後ろには小さなころから何度も見たことのある、高層のマンションやビルも比べ物にならない程の巨大な大樹があった。


「この大樹、間違いない。有賀大樹だ……」


この山、有賀山ありがさんの頂に生えたこの有賀大樹は、一五〇〇年以上生きる樹として、また世界中で最も大きな樹としても有名なものだ。そして、凜は自身の家と有賀山の場所が近かったため、よく遊びに行っていたのだ。


そのため、この山もこの大樹も鮮明に覚えていた。


「どうやら、数奇にも家の近くに落ちたみたいだな。これもちょっとした配慮だったりするのか?」

「恐らく偶然。奇跡」


アリスは魔法については群を抜いて詳しい。そのため、世界線をつなげる転移魔法についてもそれは同じく、コントロールして転移できないということを知っていた。彼女の言葉に、なるほどと納得した凜は、


「ひとまず家に帰るか。結構夜も更けてきたみたいだしな」

「うん。私はあなたについていく」

「ウチの人、アリスを住ませるの。許してくれるかな…」


ぼやきながら、下山を始めた。

その際に辺りを見渡し、転移する前のことを思い出していた。幼稚園の辺りからこの山に通っており、よく友達を連れて遊びに来ていた。そのため、ゆかりのあるこの場所をみて帰ってきたことに更に実感していた。


家の場所を知っているのも凛であるため先を歩きながら下っていたのだが、靴は犠牲になっているため足の違和感がかなりある。虫とか、そういう類いは平気であるのであまり気にしないようにはしていたが、それでも払拭までには至らなかった。


「アリス、魔法でオレの足守ってやくれませんかね?」

「魔力を消費したくない」

「オレの足とお前の魔力、どっちが大事なんだよ」

「勿論魔力」

「勿論って言うなよ!パートナーの足が汚れていくぞ!」

「……わかった。でも、魔法を使えるかはわからない」

「試す価値はあるだろ」


アリスは頷くと手を凜の足に重ねそして魔法陣を発動する。すると、凜の足回りが縁取るように緑色に光った。


「ん、発動できた。風の膜で足を覆ったからこれで大丈夫」

「お、本当だ。助かる」


確かめる様に足踏みをすると、見た目は裸足ではあるもののその感触は靴を履いている時とほぼ同等の感覚だった。感謝を述べた凜がアリスの頭を撫でてやると気持ちよさそうにした。


(……小動物みたいでかわいい)


心の内でそう思いつつ、下山を再開した。

しばらくして山の麓にまでたどり着き、遂には山の入り口の近くにある住宅街にたどり着いた。自分の足が裸足な上に光っているため、そんな姿を見せたら不審に思われること間違いなし。

そのため、なるべく人から避けたいと思っていたがどうやら今の時間帯的に人手は少ないらしく、むしろ全くいなかった。


それに安心した凜はほっと一息つき、改めて歩き始めた。凛の家は、この場所から歩いて二〇分程の場所にあり、しばらく歩いていると無事に家が見えてきた。家全体は黒を基調としたもので二階建ての一軒家だ。


「帰ってきたな……あ、魔法解いていいぞ」


アリスは凛の言ったとおりに魔法を解いた。凜は家の外から中を見回してみると、よく見れば家の明かりがついている。ならばまだ、それくらいの時間帯なのかと考えつつ、それをよそに入り口のインターホンを鳴らした。


ドクンドクンと、胸を鳴らしながら応答を待っていると家の中からどたどたと足音が聞こえ、それが近づいてくるとドアが勢いよく開けられた。そこには、長い白髪を一つに結った頭に一年前に比べて伸びた髭をした、そして忘れることのない顔。間違いのない父親だった。


「……り、凜……なのか?」

「…おう。その……ただいま、親父」


息を切らす父に、なんといえばいいか分からず凜がそう言うと、自分の息子が帰ってきたという事実に途端に涙を流し、そして凜を強く抱きしめた。


「……よく、帰ってきたな。お前……ぅぅぅぅこのどこ行ってたんだよぉ……」

「ああ、ごめんな……心配かけた………ん?四年?」


抱きしめ返した凜は、父の言葉に疑問を浮かべる。


「……なあ、親父。今って何年だ?」

「……ん?今は、2560だぞ?」


凜を開放した父はそう言った。


「……はぁ?」


彼が異世界で一年を過ごしている間に、彼の世界は四年の月日がたっていた。





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