第2話「闇夜を切り裂いて」

草木も眠るであろう、深い深い夜。


その闇に紛れて、二つの影がぶつかっていた。


ガキン、ガキン。

主を失った廃ビルの中で、鉄のぶつかる音が何度も響き、火花が散る。



「ギエエッ!」

「がはっ!」



一方の影がもう一方の影を弾き飛ばし、壁に激突させる。

むき出しになったコンクリートの壁は、激突した影を中心にたちまち凹み、ひび割れる。


まるで、少年雑誌のバトル漫画のワンシーンだ。



「ギギギギギ………」



嘲笑うように、一方の影が唸る。



見れば、それは人のカタチから大きくかけ離れていた。


人間にしては細すぎる四肢は、よく見れば骨組みに筋肉のようにコードが巻き付いた、機械のもの。


異様に延びた爪は金属質の刃物で、それが恐竜のカギ爪のように手足から延びている。


頭部には口も鼻もなく、ランプのようなモノアイが赤い光を放っているだけ。



人間どころか、生物ですらない。


暗殺用のロボット。そんな言葉が似合う機械の兵士だ。



『大丈夫ですかシャルル様!』

「………こ、このくらい、なんともないよ」



吹き飛ばされた方の人影も、ゆっくりとだが立ち上がる。


受けたダメージは大きいらしく、足取りは少々フラフラしている。


対する機械兵は、ダメージはなく疲れも見えない。

ロボットだから、当然である。



「………強敵だね」

『はい、連中は本気でこの地球を攻撃したいのでしょう』

「………僕達の故郷のようにね」



人影は剣を握り、機械兵に向け構える。

まだ戦えるという意思表示だ。



「ギギギギギ………!」



それに答えるように、機械兵もナイフのような爪を構える。

動く度に鳴る各部が軋むギギギという音が、まるで嘲笑っているようにも聞こえた。


睨み合う両者。

しばらくの静寂。


剣豪かガンマンの決闘のように、両者は互いの出方をうかがっている。

そして。



「………ギギィ!」



先に機械兵が動いた。

爪を翼のように広げ、野鼠に襲いかかる猛禽がごとく、相手に向けて飛び込んできた。



「はああっ!」



対する人影は、剣を構えたまま突撃し、機械兵に向けて斬りかかる。


再び、剣と爪による斬り合いが始まった。





………………





駅は街中の、高架橋の上ににある。

しかし、終電直前の深夜という事もあり、人は数えるほどにしか居ない。


そこにいる人々は、皆疲れきった顔をしている。

やつれ果て、今にも倒れそうな人もいる。


恐らくここにいる人々の多くが、夜遅くまで会社に拘束されながらも、なんとか終電に間に合ったのだろう。


春香も、そんな終電を待つ運のいい人々の一人。

無表情で携帯の画面を見つめ、ポチポチと指を動かしている。



「………夜闇の騎士ねぇ」



そんな春香が見ていたのは、所謂都市伝説や怖い話を集めたサイト。


その中で彼女の目を引いたのは、比較的新しい「夜闇の騎士」という話。



なんでも、深夜になると人間を拐う謎の怪人と、それと戦う騎士が現れるという話。


騎士は人間には危害を加えず、むしろ助けてくれる。

だが怪人は、人間を見つけると異次元空間に連れ去ってしまうらしい。


怪人と出くわした時「ナイトさまナイトさま、月がきれいですね」と唱えれば、騎士が駆けつけて助けてくれるらしい。



小中学生の間で広まっている話らしいが、大人の春香からすれば、これが分かりやすい創作話だというのは一目瞭然。


普通なら、くだらないと吐き捨てる物。

だが春香の興味を引いたのが、助けてくれるのが騎士という所。



「………騎士様、かあ」



騎士の姿については様々な意見が飛び交っている。

だが共通しているのは、人間の味方であるという事と、白い装束に身を包んだ騎士であるという事。


疲れた頭で、春香はそんな騎士の事を考える。


人々を守るために戦い、自分が危機に陥った時に助けてくれる、白き騎士。


きっと、美形なんだろうな。

そう思うと、今朝の少年の姿が騎士に被って見えた。


そして夢想する。

毎日、命を削って働く自分を助けに現れる、美しい少年騎士の姿を。

大丈夫?と手を差しのべる、白馬の王子様の姿を。



「………って何を考えとるのだ私は!」



自然とにやけてしまっていた事に気付き、春香はぶんぶんと頭を振り、自身の気持ち悪い妄想を振り払う。


周りに変な人に見られたかとも思ったが、周りも疲れからぼうっとしている者が多く、その心配は要らなそうだ。



『………只今、二番線乗り場に○○行き普通車が、三両で到着いたします』



そうこうしていると、駅のホームに電車の到着を知らせる無機質なアナウンスが響く。


目的の電車がやってきた。



春香の目の前に、三両の車両からなる電車が停まった。

眼前で、プシューと扉が開く。


春香はうっかり寝過ごさないよう、キシリトール味のガムを噛みながら扉の奥に進んだ。



運転手が、乗客が全て乗った事を確認すると、電車の扉は再びプシューと音をたて、固く閉じられた。


本日最後の乗客を乗せ、電車は、ゆっくりと発車してゆく。



『えー次は………××………××駅………』



運転手も疲れていたのだろう。

弱々しく次の駅を知らせるアナウンスが、車内に響き渡った。





………………





廃ビルでの、二つの影の戦いは続く。


方や白。

此方黒。


二つの光が飛び交い、互いを叩き伏せようと、何度も刃を叩き付け合う。



「こいつ、機械兵のくせになんて強さだ?!」



無機質に、そして正確に相手を殺しにかかる機械兵に、思わず戦慄する。

こちらは完全に息があがっているのに、あちらには疲れすら見えない。



「このっ………なめるなぁ!」



しかし、ここで負けるわけにもいかない。

全力を込め、もう一度機械兵に向けて斬りかかる。



「ギギィ!」



機械兵が爪を振るった。

確実に相手を仕留めんと、その殺意の切っ先を突き立てた。



「………今!」



その瞬間、相手は体制を屈め、機械兵の爪は空を切った。

当の相手はサッカーのスライディングのように、機械兵の下に回り込んむ。



「………ギッ!?」



直ぐ様、照準を真下の相手にやる機械兵だが、もう何もかもが手遅れだ。



「食らえええーっ!!」



ぶぅんと振った刃の一撃が、無防備なボディ向けて叩き込まれた。


ばきぃ、という装甲の砕ける音と、

がきん、という金属質のメインフレームにぶつかる音が響いた。


機械兵は最初に自分がしたように、弾き飛ばされ、壁に叩き付けられた。



「ギギギギギ………!?」



ひしゃげたボディから火花を散らし、フラフラと歩く機械兵。

モノアイが、狂ったようにチカチカと点滅している。



「よし、手応えアリ!」



目に見える致命傷に、ガッツポーズを取る。


これほどのダメージを受けたなら、機械兵の戦闘続行はもはや不可能だろう。


次の一撃で仕留めてやろうと、剣を構える。

だが。



「ギギギ………ピピピピピピ!」



突如、機械兵から響く電子音。

モノアイが激しく点滅し、その電子頭脳に刻まれたプログラムが起動する。



『まずい!「インベイドベム」になるつもりです!』

「させるかぁっ!」



そうはさせまいと斬りかかるが、それよりも機械兵がプログラムを起動するのが早かった。


そのか細い貧弱な身体が、内側から溢れ出した無数のコードにより肥大化し、剣の一撃を弾く。


廃ビルを埋め尽くすようにコードが溢れ、機械兵はその姿を変えてゆく。

そして………。





………………





ズドン。


電車の座席でウトウトしていた春香は、突如電車を襲った巨大な揺れにより叩き起こされた。



『ただ今、安全のため、徐行運転に切り替えております、ご乗車のお客さまは………』



混乱に陥る車内。

崎ほどまでのやつれきった雰囲気が嘘のように、ざわざわと騒ぎが起こっている。


地震かとも思ったが、携帯電話にあるはずの地震を知らせるアプリは、起動すらしていない。


なら、一体これは何なのか。



「あれは何だ!?」



客の一人が、窓の外を指差して叫んだ。


一斉に、車内の人々の視線が窓の外に集中する。

春香も、窓の外に視線をやる。

そして、彼女の視界に入り込んできた物は………。



『グオオオオ………ンン』



………まず目に入ったのは、その大きさ。

街の中に佇むそれは、50mほどあるだろうか?

ビル一つ分の大きさがあった。


黒く頑丈そうなボディには、所々赤いラインが血管のように走っている。


両腕には手のひらが無く、剣か鎌を思わせる刃物のような長い爪が延びている。


頭部には顔と思われるような物は見えず、その代わりに顔全体を覆う赤いモノアイが、夜の闇に爛々と輝いている。


全体的に昆虫と機械を合体させたような、ビル一つ分の大きさを持つ何かが、グググと街中に佇む。


そこにあったのは、それこそ春香の勤め先で作っているアニメや特撮のような光景。



「………何よ、これ」



驚愕と困惑から、言葉を漏らす春香。

その眼前で、街に現れた巨影………「インベイドベム・アーマイゼ」が、

電車の走る高架橋を目指しているかのように、その歩を進めた。





………………





ズウン、ズウン、ズウン。


半壊した廃墟の中で、彼は自身に背を向けて街を破壊するアーマイゼをただ見ているしかできない。


自身の剣で相手をするには、あれは大きすぎる。



「あいつ………街を襲うつもりか?!」



だが、あれがそのまま街に入ればどうなるか。

それを思うと、とてもじゃないがじっとしては居られない。


あれに、優先的に街を破壊するプログラムが組み込まれており、それを放置すればどうなるかは、身をもって知っている。



『………その可能性は大きいでしょう』

「じゃあ止めないと!」

『シャルル様!』



飛び出そうとする彼を、彼に仕えるモノは、通信機を挟んだような機械的な音声で呼び止める。



『………“セイグリッター“を出すおつもりですか?』



セイグリッター。その名前に、彼は一瞬迷う。

だが。



「………もう、奴等に滅ぼされる星を見たくないんだ!」



振り返らず、彼は飛び出す。


アーマイゼを止める為。


何より、アーマイゼによって引き起こされる破壊と悲劇を、なんとしても阻止するために。





………………





キキィーッ!


甲高いブレーキ音を立てて、電車が停止する。

眼前の異常事態を前に、停止させるべきだと運転手が判断したからだ。


その前には、街を破壊しながら突き進むアーマイゼが、すぐそこまで迫っていた。



「逃げろ!」

「助けてぇっ!」



電車の扉が開き、人々は先程まで疲れきっていたのが嘘のように、次々と扉から線路上へ飛び出してゆく。


アーマイゼは歩みを止める事なく、高架橋へと一歩一歩迫ってくる。


車を踏み潰して炎上させ、目の前にあるビルを破壊して進むその巨体。

高架橋など、ひとたまりもないだろう。



「な、何がどうなってんの………?!」



春香もまた、開いた扉から飛び出して、アーマイゼの迫る場所から逃げようとする


だが。



「ああっ!?」



突如、春香はバランスを崩し、倒れる。

彼女が履いているヒールは、線路の上を走るためには出来ていなかった。

ヒールが折れ、彼女の身体は、線路の砂利(バラスト)の上に叩き付ける。



「いつっ………!」



身体に走る痛みに歪む春香の顔。

だが、運命は彼女に更なる悲劇を与えんとしていた。



『グオオオオ………』



顔を見上げると、アーマイゼと目が合った。


高架橋を破壊せんと迫るアーマイゼは、もうすぐ側まで来ていた。



「こな………こ………こない、で………」



今すぐ立ち上がり、逃げなければ。

しかし眼前に迫る巨大な恐怖は、彼女の身体を震え上がらせ、その自由を奪う。


蛇に睨まれたカエルのように、春香の身体は固まっていた。



「い………嫌だ………!」



怯え、震える春香。

その願いを無視し、迫るアーマイゼ。


高架橋の前まで来たアーマイゼは、その腕の巨大な爪を、大きく振り上げた。

高架橋を破壊するつもりだ。


もう、春香に逃げ道はない。



春香は目を閉じ、最後の時を待った。


ああ、私は死ぬんだな。

私にはお似合いの死に方だな。

きっと、葬式すらしてくれないだろうな。


そんな考えが、彼女の脳裏を走馬灯のように走る。


そしてアーマイゼが大きく振り上げた爪は、肉屋の肉切り包丁のように高架橋向けて叩き下ろされる。


ズオオと音をたて、高架橋はコンクリートの破片となり、崩れてゆく………。



………その時であった。

ビルの谷間を飛び越えて、一つの光が飛び出したのは。

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