「推し」について

以前もX(ツイッターですね)で似たようなことを書いたが、近年多用されている「推し」という言葉が私は好きではない。触れる度にやや気恥ずかしく感じると言った方が正確だろうか。

あまりに資本主義に利用され過ぎている、というのが主たる理由だ。


みんなで推し活しましょう!推しのいない生活なんて寂しくないですか? こんな時代ですけど推しさえ見つければあなたの冴えない毎日もキラキラと輝くんです! 推しだけは常に尊く裏切らないんです! あなたも自分にとっての最高の推しを見つけて、コンサートに行ったりグッズを買って応援してゆきましょう!


近年「推し」という言葉がやたらと利用されている背景には、こうした資本主義がありありと透けて見える。




もちろんそこには様々な事情があるだろう。

近頃の若者は色々と欲がない。結婚や異性との交遊にもあまり興味を示さず物欲もほとんどない。酒も飲まず、車や高価な時計にも興味を示さず、服も安いもので満足してしまう。挙句友達付き合いもほとんどせず、自室でサブスクの動画を見漁るだけで満足してしまう……という風によく批判される。

まあこの手の指摘は本質的には的外れというか順序が逆で、こうした傾向のほとんどは、金の若者離れが原因だと私は思っている。

若者たちは、先に産まれたというだけで構造的に上に立つ老人たちに搾取されて、その中でも何とか生きていく楽しみを自分で見つけて、他人や社会にほとんど迷惑も掛けずに生きていっているのにその姿勢すらも批判されるのか……と絶望を通り越して笑っていることだろう。


……おっと、話題が逸れた。

まあそんな事情があって若者たちはあまり金を使わない。だが若者たちの消費が冷え込めばそれだけ日本経済は停滞する。

というわけでそうした傾向を是正して消費を喚起するために「推し」という概念が持ち出されてきた、というのは想像に難くない。


私がこのように利用される「推し」という言葉に批判的なのは、根本的な資本主義に対する反感ももちろんあるのだが、元々アイドルに興味が深かったという点もあるだろう。

2008年ごろにたまたまテレビでAKB48を目にして以降、地上地下問わず様々な女性アイドル文化を見てきた。だが私が煮え切らないのは、生粋のドルオタと言えるほどの熱量でどこか特定のグループや個人を推した経験が無いところだ。しかしむしろそれゆえに熱狂するドルオタに対する憧れが強くある。


狭義の(資本主義に利用される前の)「推し」という概念について私は正確に語れるわけではないのだが、「推しメン」という言葉が用いられるようになったのは繊細な経緯があるように見える。

「好き」という言葉はあまりに多義的だ。

特定のアイドルが好きなことは、食べ物に対する好きとは全然違うし、交際を望んでいる異性に向けた好きとも違う。グループ全体を好きになるのと、その中で特定の1人を強く応援していこうという強い意志を表す好きとはまた全然違ったものである。

「推し」という言葉はこの特殊な「好き」を表現するために発生してきた言葉なのだと思う。


ネットで軽く調べたところ「推し」という言葉はやはりAKBあたりから広くドルオタ内で使われるようになってきたようだ。AKBといえばイメージするのは大人数グループであることや、メンバー同士の人気を競い合う総選挙だ。

大人数のメンバーの中から特定の1人(無論推しが1人でないオタクも沢山いるが)を世に出すために……その子が最も輝ける場所に立てるように押し上げることが「推す」という行為に込められた願いなのだろう。

このような経緯を踏まえて考えると「推し」という言葉はかなり的確な言葉だと改めて思う。


そして資本主義下に持ち出された「推し」は、当然のことながら非常に多様な概念に変容してゆく。

週2回必ず現場に足を運ぶ地下アイドルのオタクも、好きな漫画家の新刊は必ず買う読者も、ライブには一度も行ったことがないけれどYouTubeでチッケムを毎日見ているaespaのファンも、五条悟の死を嘆き悲しみ復活を希求する読者も、猫の中でもメインクーンこそが至高だと思っているメインクーン信者も……等しく推しているということになる(余談かもしれないが、2次元のキャラクターに対してまで「推し」という概念を適用し始めたあたりが最も資本主義を感じる)。


ともかく、元来はオタクたちの微妙で繊細な強い好意を表すものだった「推し」という概念が、こうしてより普遍的な欲望である資本主義に利用される中で、意味を変容させられ殺されてきたという構図なのは間違いないと思う。

まあこれはオタク文化に限ったことではないだろう。ギャル語もJK語も日経トレンディの流行語に選ばれた時点で死語となるというのはよく聞く話だ。

それもまた普遍的な物事の推移でありそこに善し悪しは無い。 




さてこの稿は社会文化論を展開してゆくものではないので、再び私の個人的な話に戻ってゆく。

先述したように私は女性アイドル文化を十年以上興味深く見てきたわけだが、あまり明確な推しがいたことはない。

もちろんその時期その時期で好きなメンバーやグループはいるのだが、これこれこういう部分が好き……ということがほとんど言語化出来てしまうのだ。常に他のメンバー、または他のグループとの比較に於いて理性的・打算的に好き、と見ているということだ。一目見た瞬間に他が全く映らなくなるほどの出会いとは無縁だった。というか単に私はそういう性格なのだろう。


じゃあお前はこんだけ散々アイドルのことを語っておいて結局推しの1人もいないまま死んでゆくのか? と問われると恐らくそうなのだが、でも本当に推しのような存在が1人もいないのか? ともう一度考え直してみると思い付いたことがある。


お前の推しはアイドルではなくむしろ格闘家なのではないか? ということだ。

アイドルはそのシステムだったり、番組だったり、楽曲だったりの方に最初の興味を惹かれることがほとんどだった。

格闘家は付随するそうしたものがあまりないように見える。彼らはほぼほぼ裸で勝負している(文字通りの意味でも)。……もちろん実際には多方面から計算されたストーリー作りや演出が大きくあるのだが。


というわけで少し振り返ってみる。

キックよりも総合格闘技の方が好きだった私の最初の推しは、戦うフリーターこと所英男ところひでおだ。2005年たまたまテレビで彼の試合を見て以降、一気に彼から目が離せなくなった。時代の寵児だった山本KIDにも強くもちろん注目していた。

その後一時期日本の総合格闘技はメディアから消えるが、復活したRIZINを牽引してきたのが朝倉兄弟であることは間違いないだろう。私は朝倉兄弟も好きだが最近の推しは金原正徳かねはらまさのりというベテランファイターと平本蓮ひらもとれんという若手のファイターだ。


金原正徳は山本KIDを倒した唯一の日本人…ということで名前は認識していたのだが、きちんと知るようになったのは最近だ。実際の試合を見るより先に解説動画を見てその論理的な語り口に興味を持った。そして実際の試合では40歳を超えた今も圧倒的に強い。

近い世代として「おじさんだってまだまだやれるんだぞ!」という所を見せて欲しいという気持ちもあるし、衰えゆく身体能力を技術と経験で上回ることでMMAという競技の奥深さを体現して見せて欲しい、というような気持ちもある。


もう1人の平本蓮はK-1からMMAに転向してきた若手で、SNSで過激な挑発を繰り返すトラブルメイカーだ。転向直後は大口を叩いたにも関わらず連敗スタートとなり、私も「ケッ、大口叩いて挑発しといた割にはあっさり負けてるんかい。ダッサ!」と冷笑していたのだが、ふとある時きちんと試合を見てみたら、とても打撃が綺麗なことに目を惹かれた。

そして弥益ドミネーター戦(彼も私の推しの1人だ)で勝利を掴むと一気に私は彼の虜になった。

繰り返される大口も挑発も、自分にプレッシャーを掛けて追い込むためであり、また試合の注目を集める為のパフォーマンスでもある。その裏では死ぬ気で真面目に練習をしてきたのだ!……そんな風に私の中でストーリーが書き換えられたというわけだ。

いつもは荒くれているヤンキーが雨の日にダンボールに捨てられていた子猫を拾った……みたいな単純な構図ではあるのだが、まあ格闘技にあまり複雑なストーリーは必要ないということでもあるだろう。




他にも何人か好きなファイターはいる。海外にも好きな選手はいるが、やはり身近な日本人選手の方が感情移入しやすいだろう。


ただし必ずしも最も強い格闘家を最も好きになるわけではない、というのが論旨としては最も重要な点だろう。

結局私は格闘技に於いてその人の人間性の本質が見たいのであり、それが最も見えるような気がするから格闘技というものに感動するのだ。

試合に臨む選手たちの精神状態は我々にはちょっと想像が難しい。何か月も前からその試合に向けた練習を重ね、過酷な減量を乗り越え、いよいよ臨んだ晴れ舞台でわずか1分足らずで負けることもあるのだ。これほど残酷なことも他に中々ないだろう。試合直後のインタビューは負けた方にとっては辛いものだと思うが、間違いなくファンにとっては重要なポイントだ。今後も是非見たいものだ。



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