宗教2世問題について
2月9日放送EテレのハートネットTVで宗教2世の問題について取り扱われていたので、感想などを書きます。
私も番組で主に取り扱われていた『エホバの証人』(以下JWと略記)という宗教団体2世の当事者だからです。
2月16日には再放送もあり一週間以内ならTVerというアプリを使えば無料で観られるようなので、興味を持たれた方はぜひ観て欲しいです。
番組では4人の元信者の体験が語られていました。
3人は恐らくJWで、その内の2人は2世の元信者。1人は育てていた親側(1世)の元信者という構成でした。もう1人の方は統一教会の2世の方だそうです(統一教会に関して私は全くの無知ですので、ご教授いただければ幸いです)。
番組としては良く出来ていたと思います。
現存している宗教側に配慮しつつも、元2世の気持ちをかなり率直に拾い上げていたのではないでしょうか。
やはりずっと悩み苦しんできた人間の言葉には力があるな、ということを感じました。テンプレの言葉ではなく、自分の気持ちを正確に語ることを模索してきた人たち特有の強い言葉だと感じました。
番組内でも言及されていましたが、2世元信者の多くが30代以上になりSNSの発達によって互いに連携できるようになったことが、こうして多少なりとも社会問題として提起されるきっかけとなったわけで、そういった意味では良い傾向になってきているのかな、と思います。
ただ本当に幾重にも絡まりあった厄介な問題だな、ということを改めて強く感じました。
一つ目は番組内で立正大学の教授も話していましたが、社会的な問題なのか家庭内の問題なのかが曖昧とされてきた、という点です。
今までは家庭内の問題とされてきたために他者が口を挟むことが難しかったのです。
2世の子供は(少なくとも私の経験的にJW2世は)外から見て分かりやすく問題を抱えている子供には見えにくいです。教師たちから見ると、行事等に参加しないなどの特殊な面はありますが「控え目で礼儀正しく、模範的な生徒」という印象の子供たちがとても多いと思います。
生まれた時から大人に混じって聖書研究に参加してきた彼らは、大人との接し方も分かっており礼儀正しく、言語能力の獲得も早いため、勉強もある程度出来る子供たちが多いです。私の時代には教師の側もJW慣れしており、JWの子供ならば大丈夫だと信頼されていました。
少なくとも非行や不登校といった分かりやすく問題を抱えている子供たちとは、全く違うカテゴリーの子供として認識されていたでしょう。
もちろんゆくゆくは教団から離れてゆく子供たちがいることは教師の側も理解していても、信教の自由もあり家庭内の問題であるため、そこに積極的に介入することは不可能だったでしょう。
では社会的な問題として、教師以外の大人が介入する可能性があったのかというと、それは教師の介入以上に難しいことです。
2世問題は広義の虐待だと私は思いますが、より一般的にイメージされる暴力や性的な虐待と違ってそのダメージが分かりにくい。
人格形成が全てその内部で成されるため、問題は非常に根深いものだと思いますが、分かりやすい虐待と違って何らかの外部の大人が積極的に介入することは現実的に考えて難しいでしょう。無論2世の子供本人が誰か外部の大人に助けを求めるなどは、より難易度の高いことです。
二つ目は、親子間でこの問題が起きているがゆえに、当人たちも問題があったことを認めたがらないという点です。被害者である2世の側も自分の唯一の親を憎しみたくないという思いが強い……番組を見ていて私が最も強く感じたのはこの点です。これも社会的に顕在化するまでに時間が掛かってきた要因の一つだと思います。
最初に体験を語った『ゴンさん(仮名)』は、“母親を喜ばせるために教義を信じたかった“と語っています。また母親が亡くなった際には「ちょっと安堵している自分も居て……やっと母の呪縛から解放された。もう母を喜ばせるために無理をしなくていいんだ」と語っています。
また『宗教2世ホットライン』という宗教2世のためのサイトを運営している『かなさん(仮名)』は、大学を卒業し親元を離れたにも関わらず、信仰を捨てたことを未だに親に告げられずにいる……とのことです。また「生まれ変わるとしたら同じ宗教のもとには生まれたくないけど、同じお父さんお母さんのもとには生まれたいな」とも語っています。
どう考えても辛い体験を数多くしてきたであろう彼女が、その主要な原因である親のことをそう語るのが私にとっては衝撃的でした。もちろん彼女の両親は実際に人格者なのかもしれませんが、それでも親のことをそう語るのはやはり「自分の親を憎しみたくない」という考えが(当人も気付かぬ内に)全ての前提になっているのではないか、ということを思いました。
『かずえさん(仮名)』は親の側だった方です。この組織の内にいることが子供にとって一番の幸せになると思い、嫌がる子供を引きずるように集会に連れて行ったとのことです。そこには子供に幸せになって欲しいという愛が間違いなくあったでしょう。そこを否定するつもりはありませんが、それゆえにより厄介です。かずえさんのお子さんは「(子供として)自分は本当に捨てて欲しかった」と語ったそうですが、私もこれに全く同意します。私も何か施設のような場所で育つ子供に憧れたものです。
以上見てきたように、親子どちらにも愛情があることが問題を非常に厄介にしています。どんな親であっても子供にとっては自分を誕生せしめた唯一の親です。それゆえに憎しみたくない、親の期待に副いたい……実際その気持ちだけで、今も信じていない宗教のもとで生活している2世信者も多くいるでしょう。
三つ目は、実態は家庭ごとに異なる面が強い、という点です。
(JWに関しては)子育ての方針は組織の公式なものとして打ち出され、集会の討議のテーマなどにもされますが、実際の細かい部分に関しては親の裁量にかなり委ねられています。そのため「(同じJWの家庭で育った幼馴染の)ケンちゃんの家では良いのに、何でウチはだめなの?」ということがしばしば起こります。
つまり家庭ごとに教育の方針やその熱量にはかなりの差があるのです。
時期もあります。私が育てられてきた30年近く前と、現在の組織の教育方針とではかなり変わってきている部分があるでしょう。
従って同じ2世と言えど、そこに対する思いは一枚岩ではない、という面が強いように思います。これも問題が顕在化してくるのに時間がかかった要因の一つかと思います。
また今までは組織から離れた2世についてばかり言及してきましたが、当然今も本気で教義を信仰している2世も存在します。また信仰に懐疑的でありながら、そこにしか人間関係がないために組織に留まっている2世も多いと思います。
JWだけでもこれだけ多様な2世が存在しますから、当然他の宗教2世も含めるとその実態はより多様でしょう。それもまた「宗教2世問題」として顕在化してくるのに時間のかかった要因の一つだと思います。
「一人の人間として、自らの人生を、自らの足で、歩み出そうとしている」
という言葉で番組は締めくくられます。
この言葉選びがとても秀逸だと思いました。
30代~40代の大人が未だ「歩み出そうとしている」段階なのです。「歩み出している」段階には達していないのです。
もちろん先述した通り宗教2世の実態も様々ですから、とっくに「自分の人生を歩みだしている」と言える2世も多いでしょう。ただ私自身は「歩み出そうとしている」段階に留まっているように思うので、とてもこの表現に惹かれました。
外部の人にとっては宗教2世の何がそこまで問題なのか?理解しがたい部分があると思います。
「たしかに子供の頃は大変かもしれないけど、大人になって自分の人生を選べるようになれば、そんなに大した問題でもないだろ?」と思う方も多いかもしれません。
この部分をどうすれば伝えることが出来るか考えたのですが、やはり私自身の体験を語ってみようと思います。
長くなってしまったので、また稿を改めて書きます。
(了)
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