戦いについて

 子供の頃から戦いというものが好きだった。

 こう書くと危険思想の持主か、ヤバイ奴と思われるかもしれないが、そういう訳ではない(と自分では思っている)。

 もう少し言葉を変えてみると、運の要素の少ない勝負事が好きなのだと思う。

 自分との精神的な闘い……みたいな話は今回は除く。

 

 歴史を好きになった第一の要因は、やはり戦争の面白さだったと思う。

 一見不利な状況を、武力や知略によって覆す……ということに何よりも爽快感を感じたし、見方が熟してくるとそれ以外の局面にも面白味を感じるようになった。

 例えば織田信長である。

 桶狭間以後の信長の戦いは不利な状況を覆すというものとは真逆の、如何に相手よりも多くの兵を戦場に集めるか、会戦時に如何に有利な状況を作れているか……ということを基本戦略として行われた。

 よく聞くのが「武田信玄や上杉謙信がもう少し長命だったら、あるいは毛利や島津といった大名がもう少し京に近ければ信長の天下は危うかった」というような意見である。これは幻想に過ぎない、と私は思っている。(もちろん歴史マニアからの反論はいくらでもあるだろう。)

 信長は、軍団の仕組みやそれを支える政策の部分から他の大名とは違っていた。織田家の兵は他国と比べ弱兵だったらしいが、多数の兵でより長期間戦場に出ることが出来たため最終的には勝利を収めた。

 つまり戦争に勝利するためには、戦場での戦術の巧みさだけではなく、それだけの根本的な準備をしなければならないのだ……ということを知った時、より歴史というものが面白くなった。


 戦いの面白さを感じるのは、何も歴史上のことだけではない。戦いは現代にも依然として存在する。

 ただ……流石の私も現代の実際の戦争をワクワクして見守るということは出来ない。戦略よりも兵器の差になってしまったとか、アメリカを中心とした強者が弱者をいたぶる構図になってしまったというのもあるかもしれないが……戦争の悲惨さがリアルに見えてくるようになると、それを楽しめるほど自分も非人道的ではないというか、戦争はすべきではないという当たり前の結論に落ち着く。

 当然歴史上の戦争もどんなに英雄を持ち上げてみたところで、多数の人間による殺し合いをしてきたわけで、そこに面白味を見出すというのも後世の身勝手な見方なのは間違いないだろう。


 という訳で現代の戦いの楽しみは実際の戦争ではなく、別の場に求められることになる。

 一つは当然フィクションの戦いだ。まあ歴史上の戦争もガチガチの正史に基づいたものを楽しんでいるという人は稀だろうから、二次創作的なフィクションと捉えることも可能だろうが、もっと一般的なものはマンガ・アニメ・小説(ラノベ)等に見られるフィクションの戦いだ。

 膨大な数と種類の戦いがそこには含まれている。

 主人公が如何に強くなってゆくかに焦点を当てたもの、如何に仲間と協力するかに焦点を当てたもの、善悪を問うもの、内面的な葛藤、どんどん新たな能力が出てくるもの……色々な種類のものがあると思う。


 その中で一つ挙げるとするならば、岩明均という漫画家の作品の戦いが私は好きだ。同氏は『寄生獣』『ヒストリエ』などで知られる日本を代表する漫画家だ。テーマ性の深さや人間描写、独特の間を用いたコマ割などが特徴だが、私が特に好きなのが戦闘シーンである。

『寄生獣』の戦闘シーンはグロテスクで残酷な描写ばかりが印象に残るかもしれないが、ミギーと新一はとても多様な戦い方をしている。彼我の戦力を分析し、相手の弱点を如何に突いて勝機を見出すか……ということが実に考え抜かれている。戦闘シーンが数多くある作品だが、同じパターンでの戦闘はほとんど行われていないと思う。

 ファンタジーともいえる『寄生獣』とは違い『ヒストリエ』になると、歴史上の人物を扱った作品だけにその戦闘もよりリアルだ。幾重にも計略を巡らし、少人数でボアの村を守った戦いが私は特に好きだ。知的で好奇心旺盛、人情家だが冷酷無比……という主人公エウメネスはとても魅力的だ。


 先述したようにフィクションの世界では戦闘が溢れている。いつの時代もファンタジーバトル作品が途切れたことはないだろう。単に「より非日常世界を感じたい」として戦闘シーンが描かれている部分もあるのかもしれないが、多くの人がやはり心のどこかで戦いを求めているのだと思う。

『寄生獣』の殺人鬼、浦上の言葉を借りるならば「人間てなもともとお互いを殺したがっている生き物」ということになるだろうか。……いや、もちろん残酷性も心の奥底にはあるのだろうが、そこを顕在化させられて楽しめる人間というのは少数派だと思う。単純に痛快さ・正しさの象徴として戦いが求められている場面が多いのだと思う。

 まあもちろんファンタジーバトルにおける戦闘などは、単純明快で分かりやすいものが良いのかもしれなくて、だからこそ私の好きな理屈っぽい戦闘は少ないのだろう。


 実はこうしたフィクション以外にも現代の戦いはある。

 例えばゲームである。テレビゲーム・ビデオゲームなどもそうだろう。

 最近だとプロゲーマーの誕生が話題になったり、オンラインのFPS(プレイヤーは一人のキャラクターを操作し、主に戦場で生き残りを競うようなアクションゲーム)なども人気だ。

 しかし私は、将棋という地味で古典的なゲームをあえて挙げたい。

 日本の将棋に似たゲームは世界各国に古くからある。これはやはり戦争を模して考案されたゲームなのだろう。平等な戦力で純粋に戦略のみを競い合いたい……という要望が作り出したゲームなのだと思う。

 将棋を興味を持って観られるのは、棋士が本当に凄い頭脳の持ち主だということに尽きる。ルールと多少の定石が分かってくると、トッププロの凄さがより浮き彫りになる。なぜその読みになるのか?なぜそこまで読めるのか?素人にはまるで意味が分からない。

 棋士の先生方はあからさまに知的で温厚な方ばかりだが、水面下には非常に熱い闘志が流れている。トップ棋士のタイトルマッチなどは一局で数キロ体重が落ちる……という話も聞く。頭脳戦だが、体力面も重要な要素になってくるのだ。棋士も40代に入るともう下り坂……と言われるのはそれだけ体力面が重要になってくるからだ。


「いや、将棋だとかゲームなんかのしゃらくさいモンは戦いじゃねえ!血と汗を流してこそ男の戦いだろう!」

 という意見の人もいるだろう。私もそうした意見を理解出来なくはない。そういう人にとってはスポーツや格闘技こそが現代における戦い、ということになるだろう。

 私が好きなのはMMA(総合格闘技)とサッカーである。

 MMAとは、1VS1でほとんど何でもアリで戦う格闘技だ(完全に何でもアリではなく、細かなルールはもちろんある)。

 やっぱり男はどうしようもなくそういったものに惹かれる。男の強さは年収だ!とか、いやそうじゃない人格だ!……とかごちゃごちゃした議論を抜きにして「(動物として)誰が一番強いんだ?」という疑問から何歳になっても逃れられない。実生活とは違いリング上での勝敗はとてもシンプルだ。そこで文字通り命を懸けて殴り合っている人間を、私はとても尊いものだと感じる。

 ここで好みが別れるのは、ボクシングのようなより限定されたルールが良いか?より何でもアリのルールが良いか?という点だ。私が何でもアリに近いMMAが好きなのは、戦略性が働く余地がより大きくなるからだ。先日のRIZINでの堀口恭司と朝倉海の一戦は、実に戦略が勝負を分けた名勝負だったと思う。


 戦略という点では、チームスポーツであるサッカーの方がより語りやすいかもしれない。

 例えば、もっと直接的に身体がぶつかり合うラグビーやアメフトに比べると、サッカーはそれほど「戦うスポーツ」というイメージではないかもしれない。しかしそれらのスポーツはある程度の体格という才能に恵まれていないと参加出来ない。もちろんどんなスポーツもある程度の身体能力がなくては、高いレベルに到達することは出来ないだろうが、サッカーはわりと多様な能力を持った選手を許容する。(現代サッカーはその幅が狭まっているのも確かだが。)

 ボールを扱う技術、スプリントの強度や回数、走る巧さ、90分間のスタミナ、アイデア、体躯の強さ、相手を読む力、仲間の意図を汲む想像力…………サッカーに必要な能力を挙げ出すとキリがない。小柄な選手がドリブルで相手を何人も躱わしていったり、足も遅く身体も弱い選手が技術と頭の良さでチームの司令塔になっているのは、とてもロマンがある。

 またサッカーにはチーム戦術というのが明確に存在するし、ナショナルチームだとそこには民族性や伝統的なメンタリティといったものが透けて見える。

「サッカーこそが一番戦争に近いな」と高校生くらいの時に思ったことを未だにどこかで信じているので、このような自説を展開することになったのだろう。あとは競技人口が世界でも一番多い、というのも私がサッカーを贔屓するポイントだ。


 結局なぜ戦いにこうも惹かれるのか?という疑問に答えるのは難しい。

 色々な経験や、取り入れてきた知識、はたまた生まれ持った身体性なども関係しているだろうし、恐らく男性と女性とでは捉え方も異なる。

 これからも合法的な範囲内で戦いを楽しんでいきたいと思う。






 (了)

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