憧れの田舎

台風も去り、隠れていた蝉が夏を謳歌するように鳴き出した。夏だなぁ。こういうものを書いていると、子供の頃の事をよく思い出す。


小学生の時は、私は学校で友人たちから「田舎に帰って、おじいちゃんたちに会った」という話を心底羨ましく聞いていた。田舎で川遊びしたとか、山にキャンプに行ったとか、私にとっては甘美なフレーズだった。


私には田舎が無い。父は東京の人で、母も3駅くらい隣の出身。おじいちゃんの家で川遊びもキャンプも出来ないのだ。私は夏休みごろになると、「何でうちには田舎がないの?」「近くで結婚するからつまらないじゃん」「みんなお父さんやお母さんの田舎に帰ったって言ってて楽しそうだよ。良いな〜」などといって親を困らせていた。そういう家なので、両親は夏休みは旅行に連れて行ってくれていた。でも、私が言いたいのはそういう事では無かった。「おじいちゃんちで川遊び」とは違うのだ。


小学3年の夏休み。私は初めて父の実家に一人で泊まりに行くことになった。父が実家に事情を話して手筈を整えてくれたそうだ。祖父はその時にはもう亡くなっていたので、私にとっては「おばあちゃんち」。友人達はみんなリュック背負って行くと聞いていたので、私も近い祖母の家に憧れのリュック姿で行った。子供のわがまま丸出しで大人たちはみんな楽しそうに笑っていた。


「おばあちゃんち」に着くと、無口なおじさんと、チャキチャキの江戸っ子みたいな威勢のいいおばさん、浪人生の従姉妹のお姉さんと高一のお姉ちゃんがいた。子育てがほぼ終わったおばさんはすごく楽しそうに、私を町内の色々なところに連れて行ってくれる。おばさんの自転車の後ろに乗っていると近所の人が「あれ、見かけない子だね」と言うと「うん。隠し子なのよ!」と笑いながら自転車を漕いで行く。お風呂もおばさんと入った。初めて親以外と入るお風呂はちょっと恥ずかしい。どこを見て良いやら、戸惑った。寝る時もおばさんと一緒だった。寝かしつけに、隣で添い寝して腕のあたりを優しくポンポンと叩いてくれていた。私は「赤ちゃんじゃないんだけどなぁ」と思っていたけど、子供心にそれは言ってはいけないんじゃないかと思ってそのままにした。拒否してはいけないと。おばさんはきっとお姉さんたちの小さい頃を思い出していたのだろう。


次の日、浪人生のお姉さんがマックの割引券をくれた。「芳江と行っておいで〜」と。勉強しないといけないのに煩かったのだろう。今、思えば悪い事をしたなぁと思う。私は高校生のお姉ちゃんと近所のショッピングモールに行った。今のショッピングモールとはちょっと違って屋根のある商店街のような所だ。お手玉のセットを買ってもらってはしゃいだ事を憶えている。和柄のちりめん生地の可愛らしい色とりどりのお手玉が5つ。また、そのお姉ちゃんのお手玉の上手いこと上手いこと。5個くらいをいっぺんに投げてお手玉をやって見せてくれた。私もやってみたが、上手くいかない。2個が限界だった。その後、お姉さんに貰ったマックの割引券でハンバーガーセットの昼食を取った。

夕方、家に誰もいなくなった。薄暗い居間でおばあちゃんと二人でお絵描きをした。当時、『あさりちゃん』の絵をよく描いていて、その時もそれを描いた事を憶えている。


最終日、無口なおじさんと威勢のいいおばさんと井の頭公園に行った。休みの日のおじさんはいつもクレープシャツにステテコ姿で一日中家にいて、じっと黙ってお酒を飲んでいるような人だったが、その時は綺麗な半袖にズボンを履いてお洒落していた。おじさんが休日に外出するのは実に珍しい事らしい。おばさんだったか、父だったかが言っていた。レストランでハンバーグステーキをご馳走になり、手漕ぎボートに3人で乗って楽しい時を過ごした。


今は祖母も浪人生だった従姉妹のお姉さんも他界してしまった。夏になるとあの子供時代の三日間を懐かしく思い出す。昨日のことのように私の脳裏に焼き付いている。それは鮮明で、楽しい夏の思い出だ。




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