詩集
三崎伸太郎
詩を書いてみる
詩 08・05・2020
バラ
一束のバラ、二日目に一つのバラが花瓶の中で首を垂れ
花は、葉の影にしおれた。
私は、首をつまむ。
咲く
枯れる
ゴミ箱の中で光を失う花
引き抜く。
とげが指を刺し
ナプキンで血を拭いた。
開けた中にバラ
咲いたバラ。
手の中で
真っ赤な血のバラ
私は考えて
眺めた
失礼しました。
深く考えもせずに捨て。
大輪の
赤と淡いピンクは微かに匂い
風に揺れた
花は
バラ
**********
幸福 10・14・2020
「幸福」になってみたい。幸福、歯の浮くような言葉です。でも、成ってみたい。そして、人形のように微笑んでいたい。
借金や苛酷な労働を忘れ、静かにしていたい。学歴もなく地位さえもない、幸福な空間に、時を数えてみたい。
好きな人形を抱きしめて、あなたを人間にしてあげる、と魔法使いのような言葉をそっとささやく。人形に肌の暖かさ、軽いと息を聞いた。
「幸福」、に、なってみたい。
喧嘩した相手、憎んだ相手、嫌な相手を気にせず、軽く微笑んでいたい。恋愛にやぶれても、仕事を失っても、真正面から微笑んでいた。
私は魔法使いではない、お金は天から降ってこない。いやでも働いてみる、でも、幸福になってみたい。人形を抱いて泣くより、軽く微笑んでいたいのです。
昼の太陽と朝の月、夜空の星と夜の月、人家にともる灯の、気だるさ。
幸福です、か。
私は奥歯を噛みしめて両手を北極星に合わせた。
「幸福」になってみたいのです、と、つぶやいてみた。
*****古い詩をノートから引っ張り出した
*雨 (アメリカ、ロスアンゼルスのリトル東京にて)
夕暮れの雨は、リトル東京周辺に降る
ビザもなく
パスポートも持たず
アメリカに来た二宮金次郎氏は、新しいビルディングの前に
栄養状態の良い体躯をして
何やら思索中
雨は最近やたらと降る
カリフォルニアは砂漠の地、日照りに泣いた農民の地
号泣は
うすわらいを浮かべた
二宮金次郎氏の肩に背に
何となく・・・。
だが私は見逃さない
サンペドロを下ると
夕暮れの雨にふるえる身体を・・・。
酒ビンだけが母親で
酒ビンだけが神様と
誰の口から出た言葉やら
さて、皆様
コンピューターを駆使する文化人の皆様
酒ビンはやたらと転がるものではなかろうがコンピユーターで解決できない人間の悲しさは
銅像の青さびのように絶え間なく出てくるものだ
雨が光り
虚空の目が路地の奥に潜み
そこに無意味な気持ちがたたずむ以上
二宮金次郎氏と
新しいビルディングのコントラストの裏には
常にかくされた文化の汚物がのたうち回っていると言える。
雨はリトル東京周辺に降り、やがて教会の鐘がなる
今日もまた、悔いもせず
夕暮れがすべてを覆い隠してゆく
*詩
オレの眼前の
空間に
ミシリ!と音を立て
亀裂が走る
脱出だ、脱出だ
光の無い世界へ
オレは真っ先に
飛び込んで行った
人々の恐れた
暗い
途方もなく大きい世界に
*春の詩
春になったからペンを持つ
怠惰な冬にムチ入れて
ペンを持たせて春を書く
憧れは二十歳の時に
あせりは三十の時に
絶望はそれ以来
春になったから思い出す
悔しいことを酒にして
空のコップを眺めつつ
春の
あの日を思い出す
あれは二十歳の時に
いやいやそれ以前に
私の魂に宿っていた
春になれば
希望の芽は萌え
私は小躍りして、遠方に目をやった
今は、さて
春に限らず
惰性で生きる
にごった目をして、虚空を見
ビールの泡音に耳を傾け
春の日の
ただそれだけに
吐息する
*夏
犬が
ながながと・・・
欠伸する
引きちぎって、ほほに投げつけられた光
カリフォルニア
夏
犬が
ながながと、ながながと
小便する
砂地にしみいる水
片足を上げた
ロス・アンゼルス
リトル東京
苦し紛れの自己主張
犬の欠伸
小便は
さらさらと
さらさらと・・・
すべてを忘れる音でした
*メイン・ストリート
晴れ
八月
路上に砕けた光
教会の前の旅人は静か・・・
路上の人に未来なく
過去は
八月の微かな陽炎の中に、静か・・・
教会の鐘の音は
権力の壁にむなしく
遠くで赤子の泣くような、悲しさ
母は八月の光
乳首を含ませた児のすがたが陽炎に映る
今日も晴れ
明日も晴れ
路上に砕けた光のむなしさ
あなたは、誰の子供だったのか?
誰が、あなたの不幸を願ったのか?
静かな旅人の背に
八月の光が微かに揺れている
*秋
瑠璃晴天の秋の空
遠くに
遠くに
小さな
小さな
落し物
秋の日の
秋の日の・・・
哀しさの
思いは
遠くに
遠くに
そっと、小さく
*朝
朝がどの辺から来るのか分っている
あの薄暗い夜というカーテンを押し広げ
舞台の端から顔を出す
色の白い女――それが朝
聞きなれない小鳥の声や
見なれない朝もやの色
水晶のようにひえびえとした
月や大気
私には分っている
朝という不吉な反省の時が
色の白い女に化けることを
そして私は魅せられている
朝の女の立姿に
時を忘れ、自分を忘れ
何もかも忘れて――見ている
微動すらしないシルエットのような木々や
それをとりまく大気
朝の女
私は
ふと、それらを動かしてみようと試みる
絹糸のような吐息を
そんな光景にはきかける
異次元への魅惑をおさえきれないまま
終局を迎えるには耐えれない
不吉な反省の時が私を窮地におとし入れ
覚悟が胸にすわるまで
私はただ・・・遠い昔の幻想を演じる舞台小屋で
行動という確かな演技を
痴呆者のようにくりかえす
*泣くな影法師
春だから 春だから
影法師が陽だまりに
ころころ ころころ
たわむれる
よかったね
この冬を生きていて
よかったね
暖かいと なんだか希望も
持てるじゃないか
春だから 春だから
固いコンクリートも暖かい
影法師 影法師
よかったね
優しさも
少しは分るじゃないか
この世の中も
すてたもんじゃない
影法師
ころころころと陽だまりに
ふと おふくろを
思い出した
よかったね
よかったね
*老人よ! あなた達の見る夢は何?
路上を見つめる老人よ
そこに何が見えますか
身動きもせず
息づかいさえも聞こえない程
静かなあなたは
何を思っているのですか
優しい母の乳房の夢
ミルクのニオイを
あなたの臭覚に呼び起こし
それで、あなたの目に涙が浮かんでいるのですか
寝言で
ストロベリー ストロベリー
というあなたは
この社会をその手で切り開いた
乳房をにぎりしめる幼子の手が
老人よ、あなたの手に変わり
その間に、夢も流れた
私は、あなたの涙を拭かない
その涙にストロベリーが映っています
こわしたくありません
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