第7話 暗黒神召還
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本文
”魔力感知”という魔法がある。
これは、魔法を発動させる際に、発生させる魔力を感知するための魔法だ。
師匠が言うには、闇の中で戦うことが多い闇魔法使いにとっては、相手が魔法を発動させたのを認識するために、“魔力探知”と並んで重要な魔法なのだそうだ。
それにしても、師匠はかなり遠くにいたはずなのに僕が“闇の盾”を使用したということを知っているということは、“魔力感知”で僕の行動を認識していたということになる。
師匠の“魔力探知”と“魔力感知”は一体どれくらいの距離をカバーできるのだろう?
それは、ともかく正直に僕は師匠に僕に絡んできた三人組との間にあった、イザコザについて話し、その際に“闇の盾”を使用したことも話した。
師匠は「そうか」と、一言言うと「とりあえず売れ残った野菜を荷車に積んで家に帰るぞ。話は家に帰ってからじゃ」と言った。
僕が荷車を引いて屋敷に帰って、野菜を台所に置くと師匠は「庭についてこい」と言うので僕は、それに従って庭に出た。
夕闇が色濃く影を落とした庭で、僕と師匠はある程度の距離を置いて対峙した。
「何でもよいぞ。お主の好きな魔法を儂にかけてくるがよい」
師匠はそう言った。
僕はうなずくと、“闇の刃”を師匠に向けて放った。何しろ相手は師匠なのだ。もしも、僕が本気を出して魔法攻撃をしかけても傷一つつけられないはずた。
案の定、僕が放った“闇の刃”は師匠が作り出した“闇の盾”に弾かれてしまった。
「ほれ、もっと儂を殺すくらいのつもりで、本気で来い」
師匠が、そう言ったので僕はあらん限りの魔力を使って、師匠に向かって“闇の刃”や“闇の槍”や“闇の矢”を放った。
だが、師匠の前で物質化された“闇の盾”は、僕の魔法攻撃をことごとく防いだ。
「もう限界か?」
「はい」
「ならば、今度はこっちの番じゃ。“闇の盾”を作れ」
師匠にそう言われて僕は、言われるままに闇を物質化させ“闇の盾”を作り出した。
「“闇の刃”」
師匠がそう言うと、師匠が物質化させた闇は刃の形となり、僕に向かって切りかかってきて、僕が作り出した“闇の盾”を易々やすやすと切り裂き、ぼくの鼻先をかすめた。
「儂とお主との実力差は理解したか?」
「はい」と、僕は答えたが僕と師匠の魔法の実力差なんて最初から歴然としている。
「じゃが、まだまだこれからじゃ」
すると今度は、闇が僕の全身にまといつき、その闇が僕の体を拘束して、僕は首から下が身動き一つできない状態になった。
「体を動かしてみよ」
僕は、その言葉に従い体を動かそうとしたが、僕の力や魔力では体にまとわりついた闇はびくともしなかった。
突然、師匠の放った“闇の刃”が僕の首筋ギリギリのところまで来た。
「どうじゃ、これで儂はいつでもお主を殺せる」
僕は、何も言えなかった。
「人間は殺されないためなら、大概のことをする生き物じゃ。たまに例外はいるがのう。のう、自分より弱い者を暴力で押さえつけるという行為は、卑劣で唾棄すべき行いじゃと思わんか?」
僕は、唯一動かせる首から上の部分を使ってうなずいた。
「残念ながら、儂らが使う闇魔法は、そのほとんどか生きている物を殺すか、何かを壊すことにしか使えん。だからこそ自らを律し使いどころを弁わきまえなければならん」
「その使いどころは、どうやって判断すればいいのですか?」
「おのれの中にある闇と光に照らして考えるのじゃ。そうすれば、闇魔法を使うべきときは、自おのずから明らかになろう」
「師匠が、そうしているようにですか?」
「儂か? 儂は違う。儂は一度、光を失った人間じゃ。そして、今は再び光を取り戻そうと、あがいているに過ぎん。その成れの果てが、この有り様じゃ。お前には儂のようにはなってほしくはないのじゃ」
そう言って師匠は悲しげに一度目を伏せた。
「それで、どうじゃアルバート? お主が今日、魔法を使ったのは適切であったか? おのれの中にある闇と光に照らして考えてみよ」
僕は今日、三人組相手に“闇の盾”を使ったことを思い出した。あのうちの一人は、僕たちが作った野菜を踏み潰そうとしていたし、その後も僕に殴りかかってきた。
僕が、闇魔法を使ったのは全て自衛のためだ。そう思って僕は「はい」という言葉とともにうなずいた。
「ふむ。どうやら、嘘はついていないようじゃのう。ならば良い」
その師匠の言葉とともに僕を取り巻いていた闇は薄れ、僕は自分の体を自由に動かせるようになった。
「じゃが、これだけは覚えておけアルバート。自分が殺そうと判断した時は躊躇なく殺せ。さもないと、お前が殺されるぞ。そして、お前が大切に思っている人も殺され、お前が大切にしている物も奪われ、焼かれることになる」
「殺すべき時とは、どうやって判断すれば良いのでしょうか?」
「その時になれば、わかることじゃ。それまでは、できるだけ心の中の闇と光に照らして物事を判断する術すべを学ぶことじゃ」
「はい」
「これも、いい機会じゃ。お主に闇魔法の危険性を教えるために、究極の闇魔法の一つを見せてやろう」
師匠が、そう言うと周囲の影や闇が急速に、師匠の足元に集まり、巨大な円を形作った。
「何をされるのですか?」
「暗黒神を召喚する。これはそのための異空間とこちらの世界を繋ぐための門ゲートじゃ」
師匠は足元の円形の闇に向かって、呪文の詠唱を始めた。そういえば、師匠が魔法を使うために呪文を唱えるのを見たのは、これが初めてかもしれない。それほどまでに強大な魔法なのだろう。
僕は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
突然、周囲が闇に包まれ、そばに立っていたはずの師匠の姿が見えなくなった。それどころか自分の手さえも見えず、数センチ先ですらも見えない完全な闇の中に僕は置かれていた。まるで、全てが闇に同化してしまったようだった。
不意に巨大な闇が収束するようにして、闇が晴れると、師匠が門と言っていた円形の闇があった場所には、ノワールさんが立っていた。
「こんばんはー。呼ばれたからやって来たわよ」
「えっ」と言って僕は絶句した。
「こりゃ、ノワール。儂がアルバートと一緒にいるときに、お主を召喚したときは、もっと怖そうな姿で現れろと言っておいたじゃろうが」
「いやよー。あの姿になるの面倒くさいし、可愛くないんだもん」
「可愛いとか、そういう問題ではない。お主がその姿で現れたら、儂の威厳がなくなるじゃろうが!」
「威厳とか、そういうのはもう、今さらどうでもいいでしょ」
「全く何のために儂があれほど、大きな門を開けたと思っておるんじゃ」
師匠とノワールさんが、またいつものように、言い合いを始めた。僕もまたいつものように、それを眺めながら、いつものように言い合いが途切れたタイミングで師匠に声をかけた。
「師匠。よろしいでしょうか」
「なんじゃ」
「師匠は、暗黒神を召喚したはずですよね?」
「そうじゃ」
「それなのになぜ、ノワールさんがここに現れたのでしょうか?」
「それは、私が暗黒神だからに決まってるからじゃない」
「は?」
考えが追いつかない。
僕は、意味がわからず助けを求めるように師匠の方を見た。
「そうじゃ。実はノワールは暗黒神なのじゃ。ノワールという名前もこやつが数多あまた持つ名前の一つに過ぎん。姿形も今の姿が基本形じゃが、他にも様々な姿に変わることができる。何しろ闇には本来、形自体がないからのう」
「あの、その」
「何よアルバート、疑ってるの? 私たちが初めて会った日に、あなたの供物と引き換えに、闇魔法の素質を授けてあげたでしょ。あれが、暗黒神の力よ」
あー、あれはそういうことだったのか。
「他にも色々なことができるわ。基本的には殺すことと壊すことだけど、笑ったり、怒ったり、悲しんだり、楽しんだり、食べたり、眠ったり、歌ったり、踊ったりもできるわ」
ノワールさんはそう言ってから、いつもの黒い服のスカートを、ふわりと軽く舞い上げながら、その場で軽く一回転した。
「それに、何よりも大切なこと、誰かを愛することができるわ」
ノワールさんは、微笑みながら言った。
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