第3話 ノワールさんとの会話

 ブラッグスさんについて歩いていくこと、およそ30分ほど、距離にして僕がいた場所から1~3キロほど歩いた所にブラッグスさんが住んでいるという家についた。


 それにしても、どうしてブラッグスさんはここから、僕のいた位置を正確に把握できたのだろう?。


 それに、ブラッグスさんは高齢に見えるのに闇の中で、やや早足に、よろめきもせずに家まで歩いて帰って行った。


 魔法使いというのは、体力がないイメージだったが、ブラッグスさんは特別なのだろうか?


 ブラッグスさんの家は森に囲まれており、その家は家と言うよりも屋敷という方が相応しいほど大きな物だったが、その屋敷全体は古びており所々朽ちているようだった。


 僕が何も知らずに、この屋敷の前に迷い込んでいたら怪しげな魔物でも棲み着いているのではないかと勘違いしていたかもしれない。


 ブラッグスさんは開け放したままの鉄柵の門を通り、広い庭を抜けると玄関のドアを開けて僕を室内へと招き入れた。


 暗くてよく見えなかったけど、庭には様々な種類の植物が植えられているようだった。


 室内も外観に違たがわず、あちこち古びていて色々な所が傷んでいるようだった。


「まずは、疲れたじゃろうから、ラウンジで休んでいなさい」


 そう言うとブラッグスさんは、僕を広々としたラウンジへと案内した。


「この建物はな、昔戦争が起きる前に保養地のホテルとして使われていた物なんじゃ。今では訪れる者もなくなり、捨てられたようにしてあったのを儂わしがタダ同然で買い取ったのじゃ」

 ブラッグスさんは、僕が質問しようとしたことを先回りするように言った。


 僕がラウンジの中を見回すと、驚いたことに大きな長椅子の上に20代半ばくらいの年齢に見える美しい女性が寝そべりながら、微笑んで僕たちを見ていた。


 女性は一種の完全さを思わせるような、美しい顔をしており瞳は漆黒のように黒く、肌は日に焼けたように褐色で、腰まで伸びていると思われる緩くウェーブがかった髪も瞳同様漆黒のように黒く、細身の体は黒い服で包まれていた。


「こんばんは、グレゴリー。お邪魔しているわよ」


 女性は驚く僕を横目にブラッグスさんに声をかけた。


「なんじゃ、来ておったのか」


「そりゃ、グレゴリーが討伐依頼以外で、お客様を家に招くんだもん。どんな人か気になってね」


 そう言うと女性は悪戯っぽく微笑みながら僕を見た。


「こんばんは、坊や。名前を教えてもらえるかしら?」


「アルバート・シルヴィアです」

 僕は、目の前の美しい女性に見とれて緊張しながら答えた。なんだか今日は緊張してばかりだ。


「そう、よろしくねアルバート。私の名前はノワールよ。それで今日はどうしたの?」


「あの、その」

 僕はどこから話していいかわからずに、少し頭が混乱した。


「森の中で道に迷っていたんじゃよ。儂が家で“魔力探知”をしておったら、この子の存在が引っ掛かってな。放っておくわけにもいかんから連れてきたんじゃ」


「あなた、よくその子を怖がらせずに家に連れてこられたわね。前に街に行ったときなんか、知らない子供があなたの姿を見て怖がって泣き出しちゃったじゃない」ノワールさんはそう言うと笑い出した。


「む。確かに儂の外見にはほんの少しだけ他人から、怖がられる要素があるかもしれないのは認めるが、この通りアルバート・シルヴィアは儂を信用して付いてきてくれたぞ」


「本当にー? 脅かして無理矢理連れて来たんじゃないでしょうね? アルバートも闇魔法使いの家に連れてこられて、魔法の人体実験の材料にされるかもとか思わなかった?」


 僕は必死になって首を横に振り、ブラッグスさんの方を見た。


「いや、違うぞ。今のはノワールの冗談じゃ! 儂は魔法の人体実験などはせんぞ」ブラッグスさんは必死になって弁解する。


「慌てるところが、ますます怪しいわね」


「何を言うか! いつも年寄りをからかいおって」


 それから、しばらくの間ブラッグスさんとノワールさんは、じゃれあうように言い合いをしていたが、ノワールさんは常に微笑んでいて、ブラッグスさんを手の中で転がしているみたいだった。


 二人の話が途切れたところで、僕は思いきってブラッグスさんに声をかけた。


「あの、こちらの女性はどちら様でしょうか」

 僕にはノワールさんが高貴な地位にいる女性に見えて、もしかしたら、お忍びで来ている貴族のお姫様か何かかもしれないと不安抱いたのだ。


 もし、そうなら不敬なことを働けば僕の首なんか、すぐにはねられてしまうだろう。


「こやつは、何者でもない。ただの儂の古い腐れ縁の知り合いじゃ。だから、お主もこやつに特別な気遣いは無用じゃぞ」ブラッグスさんは僕の心配を見抜いたように言った。


「あら、つれないこというのねグレゴリー。長い間苦楽を共にした仲じゃない。それにアルバート、女性には優しく接しないといけないわよ」


 古い腐れ縁? 長い間苦楽を共に? どう見てもブラッグスさんとノワールさんは年齢が著しくかけ離れて見えるけど、どういうことなんだろうか? もしかしたらノワールさんは噂に聞くダークエルフという種族ではないだろうか、それならばこの人間離れした美貌にも納得がいく。でも、噂と違ってノワールさんの耳は普通の人間と変わらないように見えるし、どういことなんだろう。それとも、ハーフダークエルフというやつなのだろうか?


「それでは、そろそろ食事の支度でもしてこようかな。アルバート・シルヴィア、お主は食事ができるまでここで休んでいなさい。ノワールのことは、あまり相手にせんでも良いぞ」


「あの、僕もお手伝いします」


「良い良い、お主は疲れておるようじゃし、無理はさせられん。客のつもりで待っておれ。それに仕込みはもう済んでおるし、すぐにできるぞ」


「ついでに、私の分のご飯もお願いねー」


「お主はもう少し慎みを覚えろ」

 そう言うと、ブラッグスさんはラウンジを出て行き、そこには僕とノワールさんだけが残された。


 長椅子に寝転がっていたノワールさんは体を起こして、座り直し、両足を組むとその太ももに肘をついて顔を支えて優しげな表情を浮かべながら僕を見つめていた。


「緊張しているのね? 大丈夫よ取って食べたりはしないから」


 ノワールさんを正視できずに、うつむいて座っていた僕にノワールさんは、そう声をかけてくれた。


「何か、暇潰しにお話でもしましょう。実は私もグレゴリー以外の人と話をするのは久しぶりなの。これじゃグレゴリーのことをとやかく言えないわね」


 そう言うとノワールさんは、まだ優しげな表情を浮かべたまま微笑んだ。


「え、あの」


 情けないことに僕はそんなノワールさんの言葉にも緊張してしまい上手く言葉を発することができなかった。


「フフッ、それじゃあ何か私に聞きたいこととかある?」


「あの、その、じゃあ、ブラッグスさんっていう人はどんな人なんですか?」

 僕は思いきって聞いてみた。


「グレゴリーに興味があるの?」


「はい」


「初対面の私の言葉なんてあなたの参考になるかしら。でも個人的な意見を言えばいい人だと思うし、いい友人だと思っているわ」


「でも、街ではブラッグスさんはすごく怖い人だって噂になってます」


「そういう噂があることは私も知ってるわ。でもどうしてだと思う? やっぱり闇魔術師ってイメージが悪いからかしら?」


「はい、それはあると思います」

 僕は正直に答えた。ノワールさんには何でも正直に自分の意見を言ってもいいような不思議な雰囲気が感じられたからだ。


「目付きが鋭くてが怖そうだからかしら?」


「はい、それもあると思います」


「それにあの頬の傷も怖そうだからかしら?」


「はい」


「その上、あの“クェックェックェッ”て笑う癖が不気味がられてるのかしら?」


「はい」


「フフッ、要するに顔全体が怖そうに見えるのね。それに全身から漂うような雰囲気が周りの人間を怖がらせているのかもね」


「それに、街ではグレゴリーさんが安い報酬で魔物討伐を引き受けるのは、お金のためではなくて魔物を殺戮すること自体に喜びを覚えているからだと言う人もいます」


「あらっ、グレゴリーが安い金額で魔物討伐を引き受けているのは、純粋に善意からきている行為なのに、ひどい言われようね。グレゴリーに見合う正当な金額で彼を魔物討伐に雇おうとしたら、あの街の年間の総予算なんかすぐに消えてしまうわ」


「その上、ブラッグスさんは街外れのこの屋敷に籠って何やら怪しげな研究をしているという噂もあります」


「怪しげな研究ね。その成果ならあなたもすぐに目にすることができるから楽しみにしていなさい」

 そう言うとノワールさんはまたフフッと悪戯っぽく微笑んだ。


「じゃあ、ブラッグスさんは本当はいい人なんですね?」


「さあ、私が個人的にそう思っているだけ。でも実際に彼を悪魔のように思って恐れ、忌み嫌い、憎んでいる人も大勢いるわ。それも、あなたが想像している以上に大勢ね」


「どうしてですか?」


「4年前までこの皇国と隣国の帝国の対立を中心にした世界的な大戦があったことはあなたも知ってるわね?」


「はい」


「その戦争には数えきれないくらい大勢の人が巻き込まれたわ。戦争に巻き込まれた人たちにも色々なことがあった。そして、グレゴリーもその一人。戦争に巻き込まれて色々なことがあったのよ。私が言えるのはここまでね」


「そうなんですか」

 僕は、その言葉を聞いて皇国に徴兵されて戦死したという母の語っていた父親のことを思い出した。


「久しぶりにグレゴリー以外の人と話したから余計なことまで言っちゃったかもね。またグレゴリーに怒られるかもしれないわ」

 ノワールさんの方を見ると、柔らかな物腰の中にこの話題はこれで終わり、といったような無言のアピールをしているようだった。


 そこへ、ラウンジのドアを開けて入ってきたブラッグスさんが「食事の準備ができたぞ。食堂に集まれ」と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る