第2話 家族の日常
誰もが『ギフト』と呼ばれる能力が使えるようになって約九十年。未だ解明していないことが多いギフトを研究する目的で、様々な機関が造られた。エデンガーデンもその一つにあたる。
日本主体で造られたエデンガーデンは空中都市と呼ばれ、太平洋の中央に浮かぶ巨大な人工島。そのため都市へ入るためには各国から出ている専用の飛行機が必要となる。
そしてエデンガーデンの最も特徴的なことは、十二に分かれた区域それぞれにギフトを学ぶことができる教育機関が大小合わせて十二校あるということ。
世界を見渡してもギフトを学ぶことのできる機関はエデンガーデンにしかないため、各国からの入学希望者が絶えない。
そんな特性もあり、エデンガーデンの住人の半分以上を学生が占めている。さらに、その区域の統治も学生に一任されていた。
*
北東部に位置する第一区。
僕たちはそこに建てられた学生寮の一室で家族三人一緒に暮らしている。
三人の中の僕の立ち位置は、実家に居た頃から二人のお世話係。そんな僕の一日の始まりは、朝食と昼食のお弁当を作るところから始まる。
鍋の中で味噌汁がぐつぐつと煮立つ頃、片手に持ったオタマで少し
(……よし。これぐらいかな)
いつもの味に近くなったことを確認し、火を止め、用意した三つのお椀に盛り付けて食卓へと運ぶ。食卓の上にはすでに炊きたてのご飯と、焼き鮭、そして味海苔が用意されている。
少し簡単だけど、朝食の準備はできた。
お弁当も朝食を作り上げる前にすでに作り終えてたので、ようやく一息つける。
着ていたエプロンを脱ぎながら、僕は部屋で寝ているであろう二人に向けて声をかけた。
「冬華ねぇ! 琉夏ー! ご飯の用意できたよーっ」
声をかけて数分後、リビングのドアを開け、のそのそと重い足取りで顔を見せたのは妹の琉夏。
セミロングで美しい濡羽色の髪に所々ぴょこんぴょこんと可愛らしい寝ぐせが付いていた。
「おふぁよぅ……ごじゃいます……、にぃさん」
琉夏はあくびをかみ殺しながら、しょぼしょぼとする瞳をごしごしと擦る。そして食卓の椅子に座った。
「おはよう、琉夏。昨日はよく眠れた?」
「……ええ。はい」
まだ完全には起きていないようで、琉夏は返事を繰り返す。
そんな琉夏に僕は苦笑しながら、リビングのテーブルに置いてある櫛を持って琉夏の背中に回りこんだ。そして琉夏の髪を優しく掴む。
「に、兄さんっ!?」
突然のことに驚いて目が覚めたのか、琉夏は勢いよく振り向いた。
「冬華ねぇが起きてくるまで、寝ぐせ直そうかなって。嫌だった?」
「い、いいいい嫌じゃありませんっ。むしろかかってこいですっ」
琉夏は何故か「ふんす!」と気合を入れるように鼻息を荒くした。
「続けていい?」
「つ、続けちゃって下さいっ」
僕はもう一度琉夏の髪を優しく包み込むように掴むと、櫛を使って髪をとかし始める。
なるべく頭皮に刺激を与えないように、初めは毛先から。そして中間、最後に根本をとかす。寝ぐせのついた所は集中的に櫛を通す。
「んっ……」
くすぐったいのか、櫛を通す度に琉夏の身体がぴくっと反応する。
やがて琉夏の髪がさらさらとしていることもあり、あまり時間もかからずとかし終えた。
「よし、ばっちり」
「あ、ありがとうございます、兄さん」
琉夏は髪を触られたことが恥ずかしかったのか、俯きながら小さくお礼を呟く。
「どういたしまして。それにしても冬華ねぇ、遅いね」
「……はい。まだ時間はありますが、私が起こしてきましょうか?」
「んー……。いや、僕が行くよ。琉夏はご飯食べてていいよ」
「分かりました。……気を付けて下さいね、兄さん」
琉夏はじとっとした目を向ける。
(言わんとしてることは分かるけど)
冬華ねぇの寝相は実家に居た頃から悪い。それに少し困った癖もある。
琉夏の疑惑の目に僕は苦笑で返すと、なかなか起きてこないもう一人の家族を起こすため部屋へと向かった。
一番奥の部屋。
可愛らしく『冬華の部屋』と書かれた木製のネームプレートがかけてある扉をノックして声をかけた。
「冬華ねぇー。朝だよー」
しーんと静まり返った廊下に、微かに冬華ねぇの心地よさそうな寝息が聞こえる。
(ははっ。冬華ねぇもいつも通りで安心するよ)
僕は少し
実家から持ってきたであろう選りすぐりのぬいぐるみが何個か置いてあり、女の子っぽい可愛らしい部屋。その奥のベッドの上で、冬華ねぇはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめながらすやすやと寝息を立てていた。
そのあまりにも気持ちよさそうな寝顔を見ると、起こすことに多少の罪悪感が芽生えてしまう。しかし今日はどうしても遅刻できない理由があるため、僕は心を鬼にして冬華ねぇの肩を揺らした。
「起きてー冬華ねぇっ。今日は入学式だよっ」
「ん……? んぅー……」
「——ちょっ」
冬華ねぇがごろんと寝返りを打った拍子に、寝間着が崩れる。すると、あろうことか緩んでいた第二ボタンが外れたのだ。
寝間着の隙間から冬華ねぇのぷるんとした胸元がはだける――!
「は、早く起きて、冬華ねぇっ!」
「んぅぅぅー……。はれ? 識くんだぁー……」
冬華ねぇは覚醒しきっていないぽーっとした表情で僕を見つけると、おもむろに手を伸ばしてきた。そして僕の袖を掴むと、寝ぼけているとは思えないほど強い力でぐいっと引っ張られた。
僕は受け身も取れず冬華ねぇへ向けて倒れ込む。
「うわ――っ」
ぽよんっ。
冬華ねぇの胸に顔を
クッションのように柔らかすぎずほどよく弾力がある胸は、むにゅうっと形を変え僕の頬にぴったりと張り付く。
鼻腔いっぱいに冬華ねぇの香りが広がり、さらに柔肌から直に体温が伝わり、僕の心臓が急に暴れだした。
「と、ととと冬華ねぇっ。何してるのっ」
「むぎゅー」
冬華ねぇは僕の頭をぎゅっと抱え込んだ。
さらに頬に胸を押し付けられ、僕の顔は沸騰しそうなほど熱くなる。
これが冬華ねぇの困った癖。寝ぼけた冬華ねぇは誰でも抱き着くのだ。
(こ、こんな所を琉夏に見られたら――)
僕は何とか冬華ねぇの腕から逃れようとがむしゃらにもがく。しかし、がっちりとロックしてある冬華ねぇの腕の中から中々抜けられない。
むしろ動いたせいで押し付けられた胸が自在に形を変え、より感触が伝わってきた。もがけばもがくほど自分の首が締まっていくような感覚。そんな時――。
「ひゃんっ」
冬華ねぇは不意にひときわ高くどこか色っぽい悲鳴を上げた。
そしてとろんと
「えっちだよぉ、識くん」
「……へ?」
少し冷静になって周りを見回すと――見つけた。見つけてしまった。
僕の鼻先に
「——」
僕は声にならない悲鳴を上げた。
そしてそんな僕たちを怒るのは決まってもう一人の家族。
「んなッ、なななな、なん――」
いつの間にかドアの前に立っている琉夏は、顔を真っ赤に染め口をぱくぱくとさせていた。
そして怒りが頂点に達したのか、琉夏は身体をぷるぷると震わせ、声を上げた。
「朝から何してるんですかっ、兄さんのスケベーッ!!」
ばちーんっ!!
昨日に引き続き、琉夏の平手打ちが僕の頬を叩いた。
琉夏に微かに残っていた優しさなのか、
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