interlude &α
『ええ、先ほどのニュースの続報です。繰り返します』
『今朝午前四時、市場が開く前の倉庫に銃で撃ち抜かれた男女の遺体があったとの警察発表ですが、どうやら他殺ではなく、無理心中だということです』
『警察は当初、この事件を他殺と報道していましたが、先ほど、ええ。はい。いまから警視庁で記者会見が開かれるようです。まずはそちらの様子を。繋がりますか?』
***
「うまくいったね」
「町をひとつ沈めようとしたんだ。犯罪者として名を残されるより、無理心中で死んだことにするぐらいがちょうどいい」
「そうだね。わるい奴だったし」
「わるい奴、か」
「どうしたの?」
「俺が、わるい奴だったら。お前は、どうする?」
「アルファは、いい人よ」
「質問を変えよう。ベータ」
「うん?」
「あのとき。なぜ自分のこめかみに銃を当てた。車に向かって、何を話していた」
「それより、あなたが答えるのが先よ」
「なにを」
「なんで、車の外にいたの。私を、殺しに来てくれてたの?」
「なんの話だ」
「こたえて。重要な、ことだから」
「無線は車じゃなくてもできる。俺の携帯端末には、無線の機能がある」
「うそ」
「右の胸ポケット」
「あった」
「サイドボタンを5回」
無線の呼び出し音。
「ほんとだ」
「次は俺の」
「まだ。なんで、車の外で、無線をしたの。答えを聞いてない」
「お前が、撃ったから」
「それは」
「俺が撃つはずのものを、お前が撃った。それが気になって、無線で連絡を取るのを第一にした」
「それだけ?」
「それだけだ。他には何もない」
「そっか」
「俺の番だ」
「自分のこめかみに、銃を当てたのは、死ぬため。車の中に囁いたのは、あなたへの愛の言葉」
「なぜ」
「組織が崩壊して、三年が経った。私が、用済みになったから」
「なぜ、用済みだと思う」
「組織を裏切ったから」
「裏切っていたのか」
「うん。組織が襲われてるって聞いてから、すぐに。裏切った」
「知らなかったな」
「あれ。おかしいな。裏切りを知ってて、三年経ったら私を殺すんだと、思ってた。あのとき、あなたは組織にいなかったし」
「いや。いたんだ。あの場所に」
「組織が襲われたときに?」
「ああ」
「あなたはどこにもいなかった。最初に確認したから。それはうそ」
「組織を襲ったのは、俺だからな。見つかるはずがない」
「うそ」
「本当だ。殺した。わるくない奴も。みんな。殺した。俺は、わるい奴だよ」
「なんで」
「お前を、人質に取られたから。お前が、いや。違うな。それだといい奴みたいな感じに」
「アルファ。あなたはいい人よ」
「俺は。殺したんだよ。組織のすべて。いい奴もわるい奴もみんな。殺した。そのときはじめて、俺は、自分がわるい奴だって知った」
「なんで、三年間も任務を続けたの。組織を壊したのがあなたなら」
「お前に会うのが、こわくなった。わるい奴が。殺して。奪って。消すような。わるい奴が。お前に会うのが。怖い。怖かった」
「そんな、くだらない」
「くだらない?」
「くだらないわ。そんな、くだらない理由で、私と、三年も。会ってくれなかったの」
「俺は、ベータの前では、いい奴で、いたかったんだ」
「くだらない」
「さっきから」
「くだらないわ。ハードボイルドの職業が無職かどうかと同じぐらい、くだらない」
「なにを」
「ハードボイルドに、そんな感傷は、いらないの。あなたは、いい人なの。何人殺しても、どんなわるいことをしても。あなたは」
「歴史もののハードボイルドだって」
「読んだわ。知ってる。全部。知ってるの」
「そうか。知らないのは俺だけか」
「私たちも、組織がないんだから。無職よ。同じ」
「ハードボイルドじゃあ、ないな」
「そんなことはないわ」
「仕事はあるが、無職だ」
「あるわ。仕事なら。私を抱いて」
「撃たれた肩が痛むんだが」
「掠っただけよ。なによ。私が下手だって言うの?」
「下手だろ。俺はちゃんと銃に当てたのに」
「私も人差し指が痛くなってきた」
「うそつけ。ちゃんと銃は左に弾けただろうが」
「なんでそんなに上手いのよ」
「致命的なぐらい才能があるからな」
「じゃあ、なんで。それだけの才能があって、なんで私に、会ってくれないのよ。三年よ。あなたに殺されるのを夢見て。三年も。ここまで。来たのに」
「すまなかった」
「抱きなさいよ。その腕で。私を」
「これでいいか」
「びっくりすること、言ってあげようか?」
「いや、いい」
「聞きなさい」
「わかったよ」
「あなたが殺したと思ってる、わるくない人たち、生きてるわよ」
「うそをつくな。全員確かに」
「最後のひとり、通信担当にいたるまで。生かしました。私の組織への裏切りは、それです」
「なぜ」
「こうやって、あなたに抱かれるため」
「意味がわからん」
「あなたの腕に抱かれるときに、綺麗な身体でいるため」
「あの二人を撃ったのは」
「綺麗な銃で、私を撃ってもらいたいから」
「そこまでして、なぜ」
「あなたが、私にとって、すべてなの。あなたが殺してくれるなら、私はよろこんで死ぬ。そのための三年だった」
「俺は」
「そう。あなたは、私を三年放置した。意味の判らない罪悪感で。それが、あなたの犯した罪よ」
「どうやって償えばいい」
「無職なあなたに、仕事を与えます」
「仕事か」
「私を毎日抱きなさい」
「こうやってか?」
「そう。毎日。これからずっと。死ぬまで」
「大変だな」
「抱かれる度に、私が、あなたの罪を数えてあげる」
「お前の仕事が、それか」
「いいえ」
「お前は無職なのか」
「いいえ。私は、あなたに抱かれるために、身体を、綺麗にし続けるわ。それが私の、仕事だから。アルファ」
「なんだ、ベータ」
「キスして」
キス。慣れていて、それでいてどこか、物足りない感じがした。何か、欠けている。
三年前も、こんなキスだっただろうか。
「三年ぶりだから、うまくキスできないね」
「月。覚えてるか」
「こんな感じだった。なんかこう、ちょっとだけ、足りないの」
「もう一度だ。仕事だからな」
「ええ。何回でも。満足するまでが仕事よ」
次のキスは、うまくいった。
窓からは、太陽が差し込んでいる。
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