第16話 「これがナラ君の使ったタオルです」「嗅ぐなよ。いいか、嗅ぐなよ」
続けざまに二試合を終え、颯太と竜二は直史がいる体育館の端に行く。
一試合目にちらりと見た時には篠がいたのに、いつの間にかいなくなっていた。
「おっつー」
直史がひらひらと手を振って出迎えた。
「篠先輩は?」
「お? いたの見た? あれ、委員会の用事ちょっと抜け出させてもらってたらしくって、また戻ってった。応援してたよ」
「なあ俺は? 篠先輩、俺のシュート格好いいって言ってた?」
「さあ。言ってたんじゃね?」
「マッスー冷たい!」
(いないのか)
竜二と直史が騒ぐのを横目に、颯太は首にかけていたタオルで汗を拭った。
嗅ぐつもりは無かったのに、篠の匂いがふわりと香る。自分の汗のにおいと混じって、ひどく胸をざわつかせた。
「お、篠先輩。今、委員会の仕事、終わったって」
「は?」
直史が突然、篠のことを口にする。
なんでそんなことがわかるのかと訝しんだ颯太に、直史がスマホを見せつける。
「じゃーん! これなーんだ」
直史のスマホの画面には、「Shino」という名前のプロフィール欄が表示されていた。アイコンには、この数ヶ月で見慣れてしまった、天使の顔もある。
颯太は絶句した。
(俺もまだ、知らないのに?)
試合中一度だってそんな予兆は無かったのに、急に足に力が入らなくなった。ふらついた体を、体育館の壁が支えた。
「あー!? いいな、直史! お前いつの間に!」
「はっはっは。さっき写真撮ってってお願いされてただろ」
竜二と直史の声が、どこか遠くに聞こえる。
自分が一番親しいと思ってたからか、ただただ衝撃を受けた。言葉にしがたい感情が胸で暴れて、一言も発することが出来ない。
「あ、可愛い。見てこれ」
ピロリン、と鳴ったスマホを確認した直史が、颯太にもう一度画面を見せる。
「えー! めっちゃ可愛いじゃん」
(そんなこと、俺だって思ってる)
竜二がはしゃいだ声をあげる。
見せられたのは、クラスはちまきをリボンカチューシャのように結んだ、篠の写真だった。友達とおそろいで、ツーショットを撮ったらしい。白い吹き出しの中の文面を読むと、颯太の写真の礼をせがまれた篠が送ったものだった。
颯太は絶句した。
絶句。
――絶句。
***
「ナラ君ー!」
篠と次に会ったのは、午後になってからだった。野球場へと続く小道で声をかけられ、颯太は立ち止まった。
竜二と直史は、先に行くと言って野球場に応援に向かった。
「やっと会えた」
「そうっすね」
篠ははちまきを、もう首にかけていた。先ほどの画像を思い出し、可愛いと思うのとは別の感情が生まれ、戸惑う。
「さっき、ナラ君の試合少し見られたよ。勝ったんだってね。おめでとう」
「明日も頑張ります」
「頑張ってね」
心底嬉しそうに、篠がにこにこと笑う。
「あ、タオルを――」
突然思い出し、颯太は首にぶら下げていたタオルを手に取った。首から離す時、自分の汗のにおいがして、ピタリと動きを止める。
「……は、洗って返します」
「いいよ。そんなたいしたもんじゃないし、うちにも洗濯機くらいあるから」
たいした物だろう。と思いつつ、颯太はタオルを渡した。篠はにこにこと、タオルを受け取る。
「タオルごめんね。女物だったけど、恥ずかしくなかった?」
「そうだったんすか? 全然わかりませんでした。ふわふわしてて気持ちよかったですよ」
「そう、よかった」
ふふっと笑う篠を、颯太はじっと見つめた。
「?」
じっと見つめたからか、篠は不思議がり、小首を傾げて颯太を見つめ返す。
颯太の言葉を待っている篠に背を押され、口を開いた。
「……あの」
「うん」
(なんでマスに、L1NE教えたんすか)
聞こうと思った言葉は、中々声にならなかった。
颯太は低く唸ると、頭をガシガシと掻く。
「……なんでもないっす」
「? そう?」
篠は颯太の顔を見て、ふふっと笑った。
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