第21話 幕開け

今回の交渉材料に持ち出された一日中美礼の指示に従う日は、とりあえず、劇本番の後に設定してくれた。


「じゃあそういうことで、よろしくね。」


「ああ…」


「またね、涼ちゃん。」


「なあ、美礼、満足か。」


「ん?約束を取り付けたこと?もちろん満足よ?」  


美礼は用意された笑みを貼り付けて答えた。          


 涼は、新しいおもちゃを買ってもらう約束を取り付けた子どものように、嬉々とした様子で去っていく美礼を無言で眺めることしかできなかった。


 この涼と美礼の会話の直後、美礼が持っていた、例の事件のフル動画がツイッター上の済南高校に関係のある複数の個人アカウントを発信源に一気に拡散された。







「まさか、あんな真実があったなんて、ごめんなさい。波島さん。」


「い、いえ、水城さんは柚香のことを思って言っていたことなので… 柚香を信じてあげられなかったのは私だし… 柚香と下田君に謝ります。」


「ええ、そうした方がいいと思うわ。でも、白仲さんはともかく、下田君には謝罪だけしたら、普段は関わらない方が彼のためかも、トラウマになっていたら可哀想だわ。」


「わ、わかりました。ありがとうございます。」


「弟さんは元気かしら」


「は、はい。あの病院のことなんですが…」


「任せて。大丈夫よ。あなたがちゃんとしていれば。ね。」


「…は、はい。失礼します。」


波島は安堵と不安が織り交ざった表情で、その場を後にした。




「頭の悪い子は本当にいいおもちゃになるわぁ、弱みを握ってちらつかせれば、なおさらね。」


美礼は不敵な笑みを浮かべて呟いた。




学祭前日の夜、風呂から上がった俺は、白仲とLIMEでやりとりをしている。


〖ツイッターみた? なんでもっと早く動画が上がらなかったのってのはあるけど、下田君の間違った情報がこれで回らなくなるから良かった。私は何もできなかったけど…〗


〖自分に利益がないのに白仲は皆に訴えてくれた、それだけで十分だよ。ありがとう。〗


〖これで、加害者のあの人たち含め、学校からの処分も変わるだろうね。〗


〖まあ、そうだな、そんなことより、劇は大丈夫か?〗


〖うん、大丈夫。下田君と事が解決しないままだったら、乗り切れなかっただろうけど。〗


〖ならよかった。〗


〖少しクラスメイトに対しての憤りはあるけどね…私のことを心配して言ってくれた人達もおおかったから、そこは割り切るようにする。〗


〖そうしてくれると助かる。最近いろいろありすぎて忘れそうになってるかもしれんが、白仲と俺の関係は、白仲の存在を知らしめて人気者になることがゴールだ。そのためにクラスメイトとの関係はできるだけ崩したくない。〗


〖相田君の存在だけはネックだったけど、なぜか急に転校決まったらしいから、大丈夫そう。〗


おおう、ちょっと脅しすぎたか? それとも、あいつの仕業か…


〖明日は頑張れ。応援してる。〗


〖うん。ありがと。〗








学祭当日、俺は朝から、事件の真相を知ったクラスメイトへの対応に追われていた。


「俺は、白仲さんも君のことも信用せずに、事実を決めつけていた、申し訳なかった。」


「俺もだ。まじすまんかった。」


「私も、柚香も下田君も傷つけた、ごめんなさい。」


「相田は転校したのってさ…これが関係してんのかな…」


素直に謝罪してきたのは、白仲と普段から一緒にいることの多い、波島や八島とその取り巻きだった。


普段、聞こえるか聞こえないくらいかぐらいの声で、俺のことを陰キャ扱いしてバカにしてくるような一部の連中は、特に我関せずといった感じで、見て見ぬふりをしていた。

あいつらがTwitterで、俺を馬鹿にした引用コメント付きで最初の動画を拡散していたのは知っているが。


「あの事件のことはどうでもいい。たまたま遭遇して巻き込まれただけだ。そんなことより、お前らが自信満々で企画した劇は大丈夫なんだろうな。このクラス所属の人間として、ドン滑りだけは勘弁してほしいものだが。」


「それは問題ない。白仲さんが用意してくれた衣装も、高校生の劇のクオリティを遥かに超えた完璧で美しい衣装だし、何より、みんなで練習を頑張ったんだ。本番を楽しみにしといてくれ。なあ、みんな!」


こいつ、衣装褒めちぎっているけど俺のこと口説いてんのか。

後、俺も照明で少しだけ飛び入り参加するんだが…


とりあえず八島を煽ったら、クラスが何となく劇に向けてまとまりだしたので、少し安心した。



朝のやりとりを終えた後、一度HRを挟んだ後、全校生徒が体育館に集められ、学祭のステージプログラムが開始された。

他クラスの、ダンスステージやコメディ満載(身内ノリ)のステージが終了していき、いよいよ、俺らのクラスの出番になった。


俺は照明係として、森田と一緒にステージを見下ろせる場所で諸々の準備をしながら、ようやく訪れる、白仲柚香校内ヒロイン化計画の最終フェーズの瞬間を待っていた。


期間としては大してことはないが、長い道のりに感じたな…


コツコツと白仲が努力した結果がここで一気に実を結ぶと俺は確信している。

クラスメイトとの関係の再構築、分かりやすい清楚系美女へと整えてもらった容姿、言葉遣い、姿勢、仕草。

さらに、今回の事件、白仲柚香の知名度アップと悲劇のヒロイン要素を加えるという意味では、結果的に良い方向に作用していると考えられる。



全ての準備は整った。

さあ、後はお前次第だ。白仲柚香。


全校生徒と大勢の観客が見守る中、ステージの幕が上がった。

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