130話 まだ入れるからってこんなのどうやって……あ、ちょっと待って押さないで!!

「トカイコワイ……バスコワイ……」


「なんでそんな突然エセ外国人みたいに片言になってるんですか」


 列車走行で後輩に連れられ、その流れのまま乗ったバスで悪夢を見た。

 人が入れる隙間なんてないんじゃないかってくらいのぎゅうぎゅう詰めの状態のバスに放り込まれたのだ。


 そこから目的地までずっと人と密着しながら、それでも周りの人に接触しないようにと最大限の気を使いながら、ようやく目的地であるバス停につき解放された。


「世間一般的には今日は平日なんじゃないの……」


「世間一般的には今日は冬休みです。だからこうして私と先輩も遠路はるばる京都という地に足をつけてるんじゃないですか」


 そうでしたね。すいません。

 どうして後輩はこんなにもぴんぴんしてるんだろうか。


 普段からあんな詰め詰めの状態を味わっているわけでもないだろうに、ずいぶんと余裕そうだ。

 それがまたそれとなく腹立つ。俺はこんなにも消耗しているというのに。


「それに今日はまだましな方ですよ。先輩のところ謎にスペース空いてたじゃないですか。もっとひどいときは人に接触しないようになんて考えられないくらいすし詰め状態ですから」


 あ、それはうちのレイさんのおかげですね。

 俺にしがみついているレイが常に冷気を放っているおかげか、レイに重なるようにして人が立つことはなかった。


 みんな彼女の姿は見えていないはずなのに、なぜかそこを避けるようにして立っていた。

 まあレイに重なった瞬間、猛烈な悪寒に襲われるから当然と言えば当然なのかもしれないけど。

 幽霊で人には見えないのに存在感を放っているって、それは幽霊としてだ異常なんだろうか。


「そもそも一本目で乗れたのがラッキーでしたね。三本は見送らないといけないと思ってました」


 乗れないことを考えないといけないバスっていったいどういう状況。

 ここは本当に日本ですか。


「ずいぶんとお詳しいんですね」


「当然です! この京都という大地には私の彼氏がたくさんいますからね! 定期的に会いに来ないと!」


 あんまり大声でめったなことを言うんじゃありません。

 あなたの性癖を知らない人が聞いたら、ただの遊び人宣言をどや顔かつ大声でしている変人だからね?


 まあそうじゃなくても変人なんだけど。

 なんだよ、彼氏がたくさんいるって。人生楽しそうだな。 

 後輩は元気はつらつとしているが、俺の後ろを歩くレイはすっかり静かになってしまっている。


 もしかしたらレイもあまりの人の多さに酔ってしまったのかもしれない。

 今だってショッピングモールに行った時の人の多さとは比べ物にならないくらいだもんな。


「さ、いつまでもグロッキーになってないで! つきましたよ、清水寺!」


 後ろのレイに気を取られすぎて全く前を見ていなかった。

 先頭を歩く後輩が指さした方向に目を向けると真っ赤な正門が俺たちを出迎えてくれた。

 そしてその奥ではこれまた赤い三重塔の姿が見える。


「へー結構色鮮やか」


 なんというか清水寺って色で言うと茶色っていうイメージしかなかったんだよな。

 それなのにいきなりこんな赤い正門で出迎えられると、イメージと違いすぎてびっくりする。


「どうしても清水寺っていうと清水の舞台がある本堂が有名ですもんね。驚くのも無理ないです。ぐふふ」


 なぜか誇らしげにしながら語る後輩の後ろを続いて正門をくぐると、すぐにまた門が目の前に現れた。


「これは西門って言って浄土をイメージしているらしいですよ」


 へー、浄土って天国みたいなもんだっけ。 

 天国行くときにはこんな赤い立派な門で出迎えてくれるってことなのかな。


 それなら確かに死んだ後でもテンション上がりそう。清水寺で見たのと同じだ!  

 みたいな感じで。

 天国でふと思ったが、レイはお寺とか神社とかそういうの大丈夫なんだろうか。


 幽霊的にはそういうところってなんか苦手なイメージあるけど。

 俺は後輩からちょっと離れてレイに声をかける。


「レイ、大丈夫か? なんともないか?」


「? たのしい」


 そうですか。それはよかった。

 レイは俺の質問の意図が分からなかったのか、首をかしげながらそう返してきた。


 視線は俺の後ろにある西門に集中している。初めて見るのかな。

 まあ体調とかなんともないならいいんだけどさ。


「先輩、何してるんですか? 行きますよ」


 そういいながら後輩は俺を待つつもりなどないらしく、どんどん先に進んでいってしまっている。

 それにしてもその首にかけている一眼レフは一体どこから取り出したのだろうか。


 見た目だけはいい後輩が一眼レフを持っていると最近はやりのカメラ女子とやらには見えなくもないんだけど、彼女に近づくと聞こえてくる「ぐふふ」やら「げへへ」という下卑た笑いとともに、とてもではないが人には見せられない表情をしているのが全てを台無しにしている。

 とりあえずよだれは拭いた方がいいと思うけど。


 俺はそんな後輩の知り合いだと思われないように、彼女から一定の距離を保ちながら本堂に向かうことにした。

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