129話 後輩が弁慶なら実質俺は牛若丸ってこと? そんなに褒めるなよ、照れるだろ。

「来ちゃった……着いちゃったよ、京都……」


 駅から出るや否や隣に立つ後輩が全身で落胆をアピールするように肩からうなだれている。

 いや新幹線に乗った時点で京都はともかく大阪に着いちゃうのは確定だったじゃん。


 地下鉄乗った時点である程度諦めつくでしょ。

 そしてお前は新幹線の中でのりのりで駅弁食べてたんだからうなだれる権利はない。

 駅弁の匂いでちょっと酔った俺の気持ちを考えろ。


「ま、あきらめろ」


「諦めろって言ってる本人が私をここまで引っ張り出してきたんですよね!? 分かってます!? まあ新幹線に乗った時点で8割方あきらめてはいたんですけど……」


 新幹線乗って逆に諦めない2割は何?

 新幹線から飛び降りて家まで戻るつもりだったの?

 死んじゃうよ?



 時の流れというのは早いもので、といっても一週間くらいしかたってないけどあれから何とか準備を終わらせた俺たちは、最後まで無駄な抵抗を見せた後輩を引きずって、そして今京都の大地に足を踏み入れている。


 なんというか気分の問題かもしれないけど、すでに観光地の匂いがする気がする。

 観光地の匂いがどんなものか分からないけど、まあテンションが上がっているのは事実だ。


 もちろんレイも一緒だ。

 初めての新幹線で魂を持っていかれてしまったのか、それとも全くの見知らぬ土地で緊張してしまっているのか無表情のまま俺の服の裾をつかむようにして、すぐ後ろに立っている。

 もしかしたら後輩の圧に押されてしまっているのかもしれない。


「お前のせいだぞ」


「先輩の頭の中で私はどういう扱いになって、どうして私が責められているのか説明を求めてもいいですか」


 お前は俺の可愛い可愛いレイを脅かす危険な存在だ。

 だからお前のせいだといった。俺は何もおかしなことは言っていない。


 レイの様子は少し心配ではあるけど、表情の変化は乏しくても周りをきょろきょろしていて興味はあるようだ。


 見知らぬ土地への緊張が解ければすぐにいつもの調子に戻るだろ。

 まあこっちの方がおとなしくていいのかもしれないけど、せっかくの旅行だ。

 レイも含めて楽しまなければ意味がない。


「じゃあ18時にここ集合で。解散」


「……は?」


 俺は後輩にそう告げると、レイがついてきていることを確認して駅から離れるように歩き始める。


 なぜか後輩は口をぽかんと開けて呆けている様子だったけど、何かおかしなことを言っただろうか。


 ま、あいつのことを気にしても仕方ない。せっかくの京都だ。

 後輩が教えてくれたルートを参考にして回ろうか。


 まずはどこから行こうか。

 レイは行きたいところとかあるのかな。


「待て待て待て待て!! 待ってください!!」


 すごい形相で後輩が俺の目の前に立ちはだかり、そしてこちらを睨みつけてくる。

 何やってるんだこいつは。旅行のテンションだからって、いくら何でも走り回ってはしゃぐ歳でもないだろ。

 もう少し大人としての節度をもってだな……。


「いやいやいや『何やってんの、こいつ?』みたいな顔で見てきてますけど、それはこっちのセリフですからね!?」


 表情だけで俺の考えていることを正確に読み取られてしまう。

 なぜだろう。後輩と言葉を交わさず以心伝心しても全くうれしくない。


 どうせなら俺はレイと以心伝心したい。

 そう思い、レイの方を見るが相変わらず彼女は無表情のままじーっと俺の背中を見つめている。


 しばらくそんな彼女の表情を見つめ続ける。

 ……うん、まったくわからん。


「何目そらしてるんですか。おい、こっち向け」


 うるさいな。俺は今忙しいんだよ。 

 お前に俺の考えが読めたんだ。俺がレイの考えていることを読めないはずがない!


 ……あ、上目遣いで首をかしげてくるの超かわいい。

 思わず目が合ったレイと見つめ合っていると、急に頭をつかまれ強制的に顔の向きを変えられる。


 痛い痛い痛い、やめろ。話しかけてくれればそっち向くから。

 無理やり俺の頭を動かすのはやめろ。首捻挫する。痛い痛い。


「……よみがえったのか、弁慶」


「誰が弁慶じゃい」


 いや今のお前の顔は般若を超えて弁慶だったよ。まあ弁慶の顔ぱっと出てこないけど、京都だけにね。


「どこ行こうとしてるんですか」


 どこって観光に決まってるじゃん。

 京都に来てスーパー寄って家に帰るわけないじゃん。


「まさか私と別行動しようとしてます?」


 当たり前じゃん。

 後輩に用があるのは実質夜だけだ。

 いや別に変な意味じゃなくて、やばい旅館だったときの道連れとして連れてきただけで、昼まで一緒に行動を共にしようとは思っていない。


「なに、その当たり前じゃんみたいな顔。めっちゃ腹立つんですけど! ほぼ無理やり連れてきたんですから、私の観光に付き合ってもらいますからね!」


 えー、無理やりとか言ってるけど、お前新幹線の中で駅弁食べながら観光ブックに載ってる金閣寺に頬ずりしてたじゃん。

 むしろノリノリだったじゃん。俺らより楽しそうだったよ。新幹線の中で。


「そんなすねた顔してないで! 行きますよ!! 時間は有限です!」


 問答無用で腕をつかまれ、ずんずんと歩き始めた後輩に俺は逆らうことができず引っ張られていく。

 いや抵抗はしたよ?


 でもこいつ無駄に力強いんだもん。あざできるわ。

 それと後輩から出ている弁慶並み、いや恐らくそれ以上の覇気に逆らう勇気は俺にはなかった。


 レイ、俺がヘタレでごめんよ。俺は今の状態の後輩に逆らうことはできない。


 そうして俺を引っ張る後輩、後輩に引きずられる俺、そしてその背中をつかみついてくるレイという、何とも奇妙な観光が始まった。


 この列車行軍なに?

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