第三章 妹・襲来

93話 幽霊とのわくわく! どきどき! 洗い物講座!

「違う違う、こうシュッパッって感じでやるんだよ」


「しゅぱっ」


「どぅぅぅぅわあああぶない!!」


ブッブー。


 包丁が宙を舞う。 

 そしてそのまま刃先を下に向け重力に従いシンクに勢いよく突き刺さる。


 そう、俺は今レイに洗い物を伝授している。

 ちなみに包丁が舞うのはこれで3回目だ。


 もう刃こぼれどころの話じゃないし、こんなの命がいくつあっても足りない。

 どうして刃をスポンジで覆うだけで、そのまま包丁が宙に飛んで行ってしまうのか。


 刃物を見たら投げないといけない、そんな暗殺者的ルールがレイの中であるのだろうか。

 俺自身の命の心配などよそに、レイは楽しそうにけらけらと笑いながら泡だらけの両手を天高く振り上げている。


 振り上げているってことはもう確信犯だよね?

 もうわざとやってるってことでいいかな?


ブーブッブー。


 まだまだ先は長い。 

 とりあえず包丁はこのまま放置して、難易度としてはベリーイージーな箸に挑戦してもらおう。

 洗い物で挑戦って意味が分からないけど。


「じゃあ箸ね。これは端っこをもってシュッって感じでスポンジを動かす」


「しゅっ?」


 レイは俺に手渡された箸を持ったまま首をかしげている。

 洗い物の説明って思っていたよりも難しい。


 今まで洗い物を論理だててやったことがないから、どうしても感覚的な擬音が混ざってしまう。

 大丈夫、きっとレイならわかってくれるさ。


 そう思いながら説明している結果、なぜか泡立った食器や包丁が宙に舞っているわけだが。


ブブー。


 さっきからスマホの通知がうるさい。

 こういう時に連続で来る連絡なんていい思い出がない。

 大体常識をどこか遠いところに置いてきた非常識な後輩くらいからしか連絡は来ない。


「しゅっ」


「なんっで!?」


 スマホを取り出そうとポケットに手を突っ込んだ瞬間、何を思ったのかレイは箸をとうとうスポンジに通すことなく、俺のほうに突き出してきた。

 しかも笑顔で。


 なんなの。実は俺にうらみでもあるの。今完全に俺の眼球めがけてきたよね。

 レイの身長がもう少し高かったら、俺の眼球お陀仏になってたからね。

 レイの身長が低くてよかったー。


「もういっかい!」


「だからなんで!?」


 何かを察したのか、微量の冷気を放ちながらレイは箸で突き攻撃を繰り出してきた。

 しかも今度はちょっとジャンプしながら。


 完全に俺を盲目にしようとしてやがる。

 大丈夫、レイに対してはもう十分盲目だから。


 こんなことしても許してるんだから、物理的に俺の目をつぶそうとしないで!

 危ないので箸は没収する。


 包丁ではなく、少し危険度が下がった箸で狙ってくるあたりやっぱり確信犯だと思うんだよな。

 しかしここまで洗い物という行為を知らないとは思わなかった。


 いや、あの『深紅の惨劇事件』を何度も繰り返されたら何とかしてあげなきゃって思うじゃん?


 でもいざ教えようと思ったら俺は不死身の再生能力を手に入れなければならない。

 そんなファンタジー的能力現代社会にはないからね?

 ということはレイには洗い物を教えてあげられないということになってしまう。


「つかれた」


 そうだよね。午前中ずっとシンクの前に立ってるんだから、疲れたよね。

 よし。今日はここまでだ。これ以上やると俺の寿命はマイナスまで縮んでしまう。


「手、泡まみれだぞ」


 シンクに刺さっている包丁は見て見ぬをしたまま、水道をひねる。

 レイは素直に手を伸ばすとそのまま手を水で濡らして、泡を落としていた。


ブッブー。


 そういえばなんか連絡が来てたんだっけか。

 命の危機にさらされていてすっかり忘れてしまっていた。

 俺はようやくスマホを取り出すとチャットアプリを開く。


『先輩。来週の土曜日に』

「うん、これは見なくていいやつ」


 思った通り、連絡してきたのは非常識後輩だったようだ。

 やっぱり見なくてよかったんじゃないか。


 ……ん?

 後輩のチャット画面を開いて既読スルーしても、通知の数が残ったままになっている。


 ニュースとかお知らせとかはすべて既読にしてるから……誰だ?

 俺は首をかしげながら、チャット欄を見る。


 レイもそんな俺の真似をしているのか首を大きく曲げながら、俺のスマホ画面をのぞこうとピョンピョンはねている。


「ゲッ」


「げっ」


『へい、バカ兄貴元気してる?』


 思わず開いてしまったチャット画面をそっと閉じる。

 これは見なかったことにしよう。それがいい。

 チャットなんて馬鹿な後輩からしか来ていなかった。そういうことにしよう。


ブブー。


 どうやらそういうことにはしてくれないらしい。

 俺はため息をつきあきらめたように、再びチャット画面を開く。


 レイもため息をつきながら、外国人ばりの両手を挙げて首を振っている。

 俺そんなにオーバーリアクションしてないからね? というか、俺の真似するの好きなの?

 いや、可愛いからいいんですけど。


『おい、無視するな。返事しろ』


 どうやら俺がしている行動は相手に筒抜けだったらしい。


『まあいいや。今度そっち行く用事があってさ。ついでにバカにいの家に行くから。よろしく』


 ……何も返せない。俺にとってそれは死の宣告そのもののように思えた。


『かわいい妹がわざわざ家に出向くんだから、しっかりおもてなししてね。お兄ちゃん♡』


 そんなメッセージを最後にチャットは途切れる。

 いや向こうから一方的に話をされただけだから会話になってないんだけど。


 ……まじか。


 思わずその場に膝から崩れ落ちる。

 最近家に訪問イベントが多すぎるんじゃないですかね?


 ……レイ。マネするのはいいけど俺と重なるように膝をつくのはやめて。

 中身が見えるんじゃないかと思って、普通に怖いから。




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