85話 痴態と醜態と愚行と悪酔いと……助けて!?
「あー、すっきりしたー。……て、二人とも何やってるんですか!!」
なんていうタイミングで戻ってくるんだ後輩!!
いやナイスタイミングと言えばナイスタイミングなのかもしれないが、一番最悪でもある。
だってこんなの勘違いする以外何物でもない光景だよ!?
俺だったらそっと開けたリビングの扉をもう一度閉めるところだよ!?
「え、先輩って先輩のこと狙ってたの? え、どっちの先輩がどっちの先輩を狙ってたの? ん? どゆこと? 私トイレに戻った方がいい?」
ほら混乱してるじゃん。最早自分が言ってる先輩の意味が分からなくなって混乱してるじゃん。かたくなにならずにそろそろ名前で呼んでくれてもいいんですけど?
それと戻らないで。今戻られると本当に暴走した先輩をだれにも止められなくなるから。
だが後輩が戻ってきたことによって、先輩もちょっとは冷静になるだろう。
さすがに先輩も俺と間違いを犯そうとしているなんて後輩に勘違いはされたくないだろうからな。
「ちょうどいいところに来た! いまこいつの服を脱がしているところなんだ! 手伝ってくれ!」
先輩むしろ救助要請してるんですけど!?
なんで冷静になってやめるどころか、手助け求めちゃってるの!?
「え……えー、どういう状況?」
ほらさすがの後輩ちゃんも困惑ですよ。大混乱ですよ。
そらそうだよね。トイレから戻ったら俺の上に先輩が馬乗りになってて、一緒に俺の服をひん剥けって指示されるんだよね。
ほんと意味わかんないよね。なんかごめんね? 俺むしろ被害者だけど。
それより先輩、そろそろ異常行動をしてるって自覚してるんじゃないですか? だから俺から離れて。
いやー! 待って、ズボンに手をかけないで!
「……よく分かんないですけど分かりました! お手伝いします!!」
何を理解したのか後輩は困惑した表情のままそう宣言すると、俺と先輩の方に近づいてくる。
なんでそこで先輩の方に天秤が傾くの!?
バカなの!? バカ通り越して頭空っぽなの!?
意気揚々と近づいてこないで!
さすがに二人がかりだと俺も抵抗しきれないから!
「頼む……助けてくれ……」
俺の口から漏れ出た決死のヘルプは今まで生きてきた中で、自分自身でも聞いたことが無いほどに悲壮感が漂っていた。
後輩の足が止まり、にやけていた表情が真顔になる。
「……あー、先輩? 九条さん本気で嫌がってるみたいなんで、やめてあげてください」
どうやら後輩は俺と先輩がじゃれているわけではないことに、ようやく気付いてくれたらしい。
部屋に入った時点で、俺の必死さに気付いてほしかったんだけどね。
しかし後輩の説得もむなしく先輩の動きは止まらない。
俺はすでに上半身裸にされている状態である。
「先輩! よく考えたら私九条さんの全裸とか全く興味ありませんし、そもそも視界にいれたくないです! 願い下げです!」
いや、まあそりゃそうだろうけどさ。そんな嫌悪感全開で言われるとちょっとは傷つくからね?
いや俺を助けようとしての発言だから別にいいんだけどね。
「先輩と先輩が致しているところを眺めるなんてもっとごめんです!! 先輩AVの見過ぎですよ!!」
おい、最後の言葉はいったいどっちの先輩に対して言ったんだ。
どさくさに紛れて、俺のことけなしてるんじゃないだろうな。
「バカ野郎! 私はそんな不純な動機で九条を脱がしているんじゃない! もっと純粋な心で、私は九条のことを思って脱がしているんだ!!」
なぜか怒られる後輩。そして先輩の肩を掴んだ後輩の手はいとも簡単に払いのけられ、後輩はよろめく。
後輩も結構飲んでるもんなぁ。足元おぼつかないよね。
なんかもう無我の境地なのかもしれない。
やけに冷静に物事考えられるようになってきたよ。
「どの口が言ってるんですか! こんな状況を見て誰がどう純粋にとらえるんですか! どっからどう見ても、冴えない後輩に筆おろしをしようとして襲い掛かっているビッチな美人な先輩の図にしか見えませんよ!!」
よく言った後輩! あとお前も例えがAVの見過ぎだ!
「びっ!? 君こそ薄汚れた心でしか物事を見れないから、そういう見方しかできないんだ! 詳しくは言えないが私は純粋なんだ! もっと心をきれいにして出直して来い! あと筆おろしってなんだ!?」
先輩はちょっと黙って! あと本当に純粋だな!
「ほら、先輩涙目じゃないですか。はーなーれーてーくーだーさーいー」
「嫌だ! 私は絶対九条から離れないぞ!」
先輩は最早俺に覆いかぶさるように身を寄せてきていて、その後ろから全力で後輩が先輩の肩を引っ張っている。
……なんかすごい客観的にみると一人の男を二人の美人が奪い合っている光景に見えなくもないよね。
その美人が後輩と先輩っていうのが残念すぎてならないんだけど。
しかも内容がそんな昼ドラみたいな状況じゃなくて、女装させたい先輩とよく分からないけど事態を収拾したい後輩だもん。
さらには他人事じゃなくて俺当事者だしね。
うん、全然ときめかないしむしろ早く何とかしろよ二人でいちゃいちゃすんなとまで思う。
正直1.5人分くらいの体重が俺にのしかかっていて、めちゃくちゃ重いし。
というか先輩めちゃくちゃ力強いよね。
俺も先輩をどかそうと力入れてるし、後輩も顔真っ赤にして引っ張ってるのに全然離れない。ヒル並みにくっついてるんだけど。
「わかりました! 先輩!」
後輩は何かを思いついたのか先輩から離れると、どこか吹っ切れたように乱れた髪をかきあげる。
「分かってくれたか!」
そして後輩が理解してくれたと勘違いした先輩が顔を勢い良く振り上げ、後輩の方に満面の笑みを見せる。
後輩がそのチャンスを逃すはずもなく、いつの間にか手に持っていたアルコール強めのストロング何とかの缶の口を先輩の口に押し当て、一気に傾けた。
「んっ!? んぐ!」
「こうするしかないんです。許してください先輩! そしてすべて忘れてください!」
先輩の喉がぐびぐびと動き、アルコールがその身体に注入されていっているのが見てわかる。
いや、大丈夫? さすがに急性アルコール中毒とかで倒れられても困るからね?
口の端からこぼしながらもなんとか後輩の猛攻を耐えきり、彼女を見つめる先輩の目は明らかに座っていた。
「そうか……わかった。そういうことなら、お望み通りまずはお前から脱がしてやろう!」
そしてターゲットが俺から後輩へと変わった。
先輩は俺のことなど忘れたのか、俺の腹に思いっきり体重をかけたのちに、俺から離れると後輩の方に勢いよく迫っていく。
今の最後の攻撃が何気に一番ダメージ食らってる。今うごいたら俺リバースしちゃう。
……すまん後輩。何とか逃げ切ってくれ。
「なんでそうなるんですか!! 先輩の思考回路九条さんと同じレベルじゃないですか!」
後輩も酒を片手に必死に逃げるが、暴走した先輩から逃げることはできない。
あっという間に後輩に追いつくとお返しと言わんばかりに、後輩の口に酒を流し込む。
もう先輩俺を脱がそうとした本来の目的忘れてるよね?
それに飲み方が学生なんですよ。もっと大人な感じで呑みましょうよ。
どうせ呑むなら。
何とか貞操は守られ、落ち着きを取り戻した俺は、やけに冷静な頭で二人の猛攻を眺めていた。
いやほんと居酒屋に行かなくてよかったのかもしれない。
あの二人の痴態を公然の場で見せることなんてできるはずがない。
そこからは見るも無残な猛獣どもの惨めな争いが繰り広げられていた。
なぜか酒の飲ませ合い合戦へと発展し、もう何をしゃべっているのか俺では聞き取れないレベルの、というか記憶に残したくない会話を繰り広げていた。
ありがとう後輩。お前の尊い犠牲のおかげで俺の中の何かは守られたよ。
今度なんか奢るわ。十円ガムでいいかな?
なんやかんや楽しそうに飲んでいる二人を冷たい目で眺めながら、俺は乱雑に脱がされた服を一枚一枚己の身につけるのであった。
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