84話 そんな不可視の地雷を察知して避けなさいという方が無理な話
「ふふふー、どこにいくんだい?」
キャラ崩壊した先輩が俺のもとに迫ってくる。
俺の逃げ場は少ない。どれだけ後ずさってももう後ろに迫るのは壁のみ。
先輩は四つん這いのまま俺にどんどんにじり寄ってくる。
その顔に貼り付けたような笑みに恐怖を覚える。
……めちゃくちゃめんどくさい酔っ払いじゃんこの人!
「待ってください。話せばわかりますって。人間話し合いが必要なんですよ。コミュニケーション取りましょ。コミュニケーション」
「ああ、私はぜひとも君を完璧な美少女にしてみせるよ」
会話が成り立たない。コミュニケーション以前の問題だ。
今の先輩はただただ欲望のままに行動する化身に成り果ててしまっている。
そもそも服を用意する前に俺を脱がすなんて、それはいろいろと順番がおかしくないだろうか。
「もう逃げられないねえ?」
先輩の笑みがますます濃くなってくる。
もうなんかここまで来たらあきらめの境地に立って、どうにでもなれと思わなくもないが、さすがにそういうわけにはいかない。
俺はこんなところで服をひん剥かれるわけにはいかないんだ!
俺にも守りたいものはある。隠したいことはある!
「か、彼氏に知られたら怒られますよ!」
「かれ……し……?」
どうやらよく分からないけど効果は抜群だったようだ。
俺の発言を機に動きを止めた先輩は、まるでロボットのようにぎこちなく首をかしげる。
そして言葉の意味を理解し始めたのかみるみるうちに先輩の表情が真顔へと戻っていき、そして四つん這いの状態からなぜか正座へとフォーメーションを変えていった。
「はぁ。君も勘違いしているようだな」
勘違い? 俺は何か間違えたことを言っただろうか。
だって前も食堂で犬派か猫派で、彼氏と喧嘩的な青春を繰り広げたってのろけてたじゃないですか。
「よく会社でも間違われるが、私に彼氏なんてものは生まれてこの方できたことはない!」
なぜか語気を荒げて、こちらに唾を飛ばさん勢いで物申す先輩。
まあそんな先輩の様子よりも俺は今先輩が言ったことの方が衝撃的すぎるんですけど。
「犬派とか猫派とかっていうのは……」
「ん? 何の話だ? ……ああ、前話したことか。確かにそんな話もしたな。あれは猫を飼っていて、スマホで犬の動画を見ていたら猫がやたら不機嫌になって口をきいてくれなくなったから、どうしたものかと思って相談したんだ。対人間を想定したことではない」
なんだそれ。めちゃくちゃ紛らわしいじゃん。
ということは何? 犬の動画見てたら飼い猫がめちゃくちゃ不機嫌になったから相談したってこと?
そんなこと察しろっていう方が難しいだろ。
先輩は容姿も整っていて、そして暴走しなければ性格も普通にできた女性って感じだ。
そんな女性に彼氏がいないと考える方が無理があるんじゃないかな。
それにこれまでに一度も? まじで?
「私の気も知らないで、社内の連中はすごいイケメンと付き合ってそうとか、やれ私が暴走した時彼氏はどういう対処をしているのかとか、かと思えばデートはどういうところに行くのかとか、私に彼氏がいる前提で話してくる。私の気も知らないで!!」
先輩の表情が鬼気迫っている。
あれ、もしかしなくても俺これ地雷踏んだ?
「彼氏の作り方? どうやったらいい人と出会えるか? 養ってくれる男はどこにいるか?そんなにほいほい出会えるものなら、私が知りたいくらいだよ!」
とうとう涙を流し始めながら、悔しそうに床を殴り始める先輩。
かと思えば勢いよく顔をあげて、テーブルに置いていた飲みかけの酎ハイを手に取れ、一気に飲み干す。
え、どうしよう。なんか俺が悪いことしているような気がしてきちゃった。
「私は!!」「れっきとした!!」「年季の入った!!」
「処女なんだ!!」
もう俺先輩の顔が見れない。
すごい眼光でこっち見てるんだろうけど、俺申し訳なくて見れねえよ。
ごめんなさい。人を見かけで判断しちゃいけないって学校で教わったのに、めちゃくちゃ見た目で判断してました。
まさか先輩がそんなに悩んでたなんて知りませんでした。
とりあえず時たま本当にわけのわからないタイミングで、暴走するのをやめたらすぐ彼氏できそうですけど、どうですかね。
「わかったら脱げ!!」
そういうところだよ!! しまった油断した。
前後の脈略が無さすぎる突発的な先輩の行動を予測できるはずもなく、とびかかるように襲い掛かってきた先輩にあっけなくつかまり、そして押し倒される。
処女とかそういう話の後にこんな馬乗りになられたら、俺別のこと気にしないといけないんですけど!
大丈夫? 俺の貞操は守られる!?
そんなことを考えている間にも先輩は泣きながら俺の服を脱がさんと手をかけていく。
まずいまずいまずい。このままだと本当にまずいことになる!!
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