81話 混沌はさらなる混沌を生み、それはやがて壮大な混沌へとつながるのだ。

「ちょっと先輩。失礼しますね」


「あ、ああ」


 とりあえず俺は後輩の対面に座っていた位置から移動して、後輩と先輩の間に入るように奴の隣へと移動する。


「な、何ですか先輩。なんだか目が怖いですよ? え、私襲われちゃいます? だめですよ! 先輩が見てるじゃないですか! 公然わいせつ罪で訴えられて、多額の賠償金を払わなきゃいけなくなりますよ! 先輩が借金まみれになっても私は支えることができません! なぜなら私にお金がないから! それに」


建持望たてもちのぞみ


「うえ? は、はい?」


 まくしたてるようにわけのわからないことを言っていた後輩だが、俺の一言でうろたえるように目をきょろきょろさせて、黙り込んだ。


「しばいていいよね?」

「いいと思う」


 よし、先輩の許可が出たぞ。覚悟しろー。最高何連続たたけるか。

 後輩の頭でモグラたたき合戦だー!!


「わーー!! 待ってください! ステイ! シャラップ! シットダウン! 冗談です。冗談ですってばあ!!」


 さすがに本気で身の危険を感じたのか、後輩は自分の頭やら体やらを腕で隠しながら俺から遠ざかり、必死の弁解をしてみせる。


 そうだよな。冗談だよな。まさかそんなしょうもない理由で、俺の貴重な休日をつぶしたわけもないよな。

 もっと深刻な相談で俺の家に来たんだよな? そうだよね? そうだといえ。


 いや、危ない所だった。つい暴力事件に発展するところだった。

 自宅で暴力事件勃発なんて冗談じゃないからな。

 俺の方が勘弁してほしい。


 あと先輩。私はわかってたぞみたいな顔して頷きながら酒飲むのやめてくれます?

 というかそろそろ缶を手から離してください? 異常なペースで飲んでますよね。

 俺介抱しませんからね。


「うー、初めて名前を呼んでくれたと思ったら、この仕打ち。ひどいですよ」


 後輩は泣いているようなしぐさを見せるが、あまりにもわざとらしすぎる。

 そもそもそんな理由であれば家に来る必要がないだろ。


 なにが一人暮らしの男の部屋が気になるだ。

 多分後輩が社内でそんなことをのたまえば、一瞬で彼女の本性を知らない男たちがホイホイ寄ってくるだろう。


 だから対象が俺である必要はない。俺である意味がない。

 後輩見た目だけはいいからな。

 しゃべらなければ愛想いい子ちゃんの可愛い系美人だからな。


「無言の圧力をかけてくるのやめてくれます?」


 別に圧力なんてかけてないよ? 俺はちゃんと目と目を見て話すのが大事だと思っているから、後輩とこうして向き合って顔をちゃんと見てお話をしているだけ。


 先輩の方見ても、もうこの人ただののんべいと化してるし。

 顔色が変わらない余計に怖い。どこが限界なのか、見た目だけだったら全然余裕そうなんだよ。

 ほんとリバースだけは勘弁してください。


「そもそも先輩。勘違いしないでほしいんですけど、私は先輩だからこうしてほいほい家まで来てるんですからね。成り行きとして酔っぱらい先輩も一緒についてきましたけど、私は一人でも多分先輩の家に来てましたよ」


 突然後輩は片手に缶を持ったまま説教するようにたらたらと言葉を羅列し始める。

 若干舌が回ってないような気もするけど……もしかして酔ってる?


「先輩。聞いてますか!?」


「聞いてます!」


 あ、先輩。多分今のは先輩じゃなくて俺に対して言ってるんだと思います。

 だからわざわざ手をあげて存在を主張しなくても大丈夫ですよ。

 黙って飲むか食べるかしててください。


「このカレーはまずいって話だよな!」


 まずいって言っちゃった!

 どさくさに紛れてこの先輩思いっきり本音口に出しちゃったよ。

 いや先輩も酔ってるじゃん。ゆらゆら揺れてる場合じゃないのよ。


「うちの会社に独身貴族の一人暮らし男性なんてたくさんいるわけですよ。でもですよ! 考えてみてください。こんな容姿完璧愛想もいい美人が『おうちに行きたいなあ』なんて言ったら、世の一般男性はなんて思うと思います? はい、先輩回答をどうぞ!」


「かれーらいす!」


「そうれす! 『お、ワンちゃんあるんじゃね?』て思われるんれすよ! ねえよ! そんなつもりで声かけないし、そもそも会社の人に気軽に『おうち行きたいなあ』なんて言えるわけないんですよ! だから先輩は貴重なんです! 気軽に突撃隣の晩御飯できる貴重な人材なんです! わかります?」


「こんなカレーが作れる君は逆に天才だ! わが社に必要な存在なのら!」


 誰か助けて。前も後ろもうるさい。もう何言ってんのかわかんない

 考えられないし、考えたくない。


 なんで俺を挟んで成り立ってない会話を繰り広げるの。

 後輩の目がどんどん座ってきてるんだけど。

 先輩の方は最早見るのが怖い。


 しかも俺も一口しか飲んでない酒がまわり始めてなんかすげえぐらぐらする。

 これ、後輩が揺れてんの? それとも俺の視界が揺れてんの?


 というかですね。好き勝手言ってくれてますけどね。俺も男なわけよ?

 見た目はいい後輩がもし本当に一人で、しかも酒が入った状態で家にいたらどうなるかなんてわからなくない?


 一つ屋根の下に男と女。二人とも酔っ払い。いい歳した男女が放置されたら、後はどうなるかわかるよね? 想像つくよね? 


 ……想像……あれ? 全然そんなことになってる想像ができない。


「俺も男だからな。バーストするかもしれないじゃん」


「しないですよ。何言ってるんですか」


 いやお前が俺の何を知ってるんだよ。

 急に冷静になられるとこっちが困るんだけど。


 俺がすごい恥ずかしいこと言ってるみたいじゃん。

 あれ、もしかしなくても俺本当に今恥ずかしいこと言ってる?


「ぬ、重」


 突然背中にのしかかってくる重厚感。

 レイが背中に乗ってくるときには感じない柔らかい何かやその数倍の重さが俺の背中を襲う。


「先輩! 失礼れすよ! 先輩も乙女なんだから重たいとか言わないでください!」


 いや重いものは重いんだもん。しょうがないじゃん。俺素直なんだからさ。

 後輩の言い分を察するに酒に負けた先輩が俺の背中に倒れてきたのだろう。


 なんだろう。普通なら興奮するようなシチュエーションなのに、どうして何も感じないんだろう。

 あれ、俺大丈夫?


「うっ……」


「あ、先輩が吐きそう!」


 それは待て! やめろ!!


 俺は後輩が指を指している方向を見ることなく、先輩を押しのけ近くのビニール袋とガムテープを手に持つと先輩の顔面にビニール袋を押し付ける。

 そしてそのまま先輩のぷにぷにとした頬にガムテープを張り付けた。


「間に合った!!」


「先輩、もう少し優しく介抱して!! そんなリバースの処理の仕方見たことありませんよ!!」


「さとるうるさい!!」


 扉を大きく開け放ち叫んだレイの声と先輩のリバース音はほとんど同時に、部屋の中に響き渡った。


 あー。もうカオスだよ。



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